寝物語

 ホテルにルルーを送り届けると、オセロとタクヤンはさっさと行ってしまった。それはそれでつまらないけど、去り際のタクヤンの顔は、傑作だった。


「何か良いことでもあったのですか?」


「あ、いえ」


 ルルーは、トラに話しかけられ、思い出し笑いしてた自分を急に恥ずかしくなった。


 今、部屋にはルルーとトラの二人きり。一人につき一人のコンシェルジュなのだからオセロの担当のネズミはいないのだろう。


 だからといって気を緩めて表情に考えが出てたのは不味い、とルルーは気合を入れ直した。


 そんなルルーを、トラが不思議そうな顔で見ていた。


 それに気付いて、ルルーは更に恥ずかしくなる。


「すみません」


「いえこちらこそ」


 ルルーとトラ、鉄の首輪をした者同士謙遜し合う。変な感じだった。


「……それであの、この後のご予定は?」


「あ、はい。彼が、オセロが戻ってくるまで少し休もうかと」


「わかりました。じゃあ灯りを消しますね」


「お願いします」


 答えて、ルルーがベットに入るのを見届けてから、トラはどこからか引っ張り出してきた脚立に登って、一つ一つを吹き消してゆく。


「全て消しますか?」


「いえ、一つは残しておいてください」


「わかりました」


 トラは最後の一つを残して脚立から降りた。


「それではお休みなさいませ」


 脚立を担いで、薄暗い向こうで、頭を下げて出て行こうとするトラに、ルルーは思い出した。


「あの」


「なんでしょうか?」


「いえ、約束よりも早くに戻ってきて、すみませんでした」


 ……ルルーの言葉に、返事は返ってこなかった。


 トラの表情は暗くて遠くて見えない。


 続く沈黙に、ルルーはだんだんと不安になってくる。それで、もう一言口にしようと思った矢先、トラは口を開いた。


「……よかったら、寝物語なんていかがでしょうか?」


「寝物語、ですか?」


「はい。眠くなるまでの暇つぶし、みたいなものです」


 それに、ルルーは興味が湧いた。


 お話は、ここ数日はサボってたけど、ルルーはオセロに話してばかりで、聞くのは本当に久しぶりだった。


「じゃあ、お願いします」


「わかりました」


 ルルーの答えに、トラは応えて脚立を置いて、枕元にやってきた。


 この感じは、ねえ様を思い出させた。


「ここらではそこそこ有名な話なんです」


 そう、トラは前置きしてから、話し始めた。


 『あるところにとてもとて心の優しい、お姫様がおりました。お姫様はみんなに優しく、みんなに愛されて、お姫様は幸せに暮らしていました……』


 トラの声は、流石にねえ様とは違っているけど、これはこれで、ルルーは好きだった。


 『……そんなあくる日、お姫様は家族と一緒に旅に出かけました。そして立ち寄った村で、お姫様は初めて奴隷を見たのでした。お姫様は、お姫様だったので、奴隷というものを知りませんでした。そして奴隷がどのような存在なのか、説明されてもよくわかりませんでした……』


 不意に、ルルーはトラの声音に何か、熱意というか、期待のようなものを感じた。だけど、それがなんなのかわからなかった。


『……お城に戻ってからもお姫様は奴隷のことが気になって気になって仕方ありません。それである日、お姫様はとうとう奴隷に変装してお城を飛び出してしまいました……』


 …………続くのは沈黙、それに、ルルーがトラを見ると、トラもルルーを見ていた。


 その眼差しは、この薄暗闇の中でも何かを待ってるのがわかった。


 だけど、ルルーはそれがなんなのかはわからなかった。


 ……続く沈黙に、トラはその瞼を閉じた。


「……すみません。続きを忘れてしまいました。よろしければまた別の、面白いお話しをしましょう」


「あ、大丈夫です。もう寝れそうなので」


「……そうですか。では、お休みなさい」


 そう言ってトラは、静かに、部屋を出て行った。


 その後ろ姿に、ルルーは失敗した感じがした。


 トラが何を期待してたのか、考えてもわからない。


 ルルーは瞼を閉じる。


 ぼんやりと、話してくれた寝物語を繰り返す。


 ……この話は、ハッピーエンドならいいなぁ、とルルーは思いながら、眠りに落ちていった。






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