それぞれのスタンス
ルルーが辛いのに四苦八苦しているうちに、オセロはあっという間に自分のパスタを平らげてしまった。それで待たせるのもアレだと必死に食べて、飲み込んっで、水をがぶ飲みしてから店を出た。
その時の、エルフのおじさんの申し訳なさそうな顔がルルーの印象に残った。
店を出て、オセロに連れられて町を歩く。
方向はホテルへ向かっていない。おそらくは言ってた野暮用を済ませるのだろう。
それでどこへ行くのか、ルルーはオセロに訊きたかったが、町の雰囲気がそれをさせなかった。
……この町には奴隷が多い。
すれ違う人に、そこここにその姿が確認できた。
その人が奴隷かどうかは首の鉄の輪を見なくともすぐにわかる。
ボロボロで、やせ細っていて、いつもの怯えていて、決して目線を上げようとしない。その全身全てが弱り果て、運命に逆らえない奴隷だと示していた。
……心情として、ルルーは彼ら側に、ねえ様と同じ側に立っているつもりだ。だから、いくらオセロとはいえ、首輪の無い、奴隷じゃない人間と親しく話す己の姿を見られて、彼らから奴隷じゃない、あっち側だと思われるのは嫌だった。
そういう風に、世間体みたいなのをちゃんと考えられるようになったのは、回復してきた兆しだろう、とルルーは思った。
そう思いながらオセロに続いて道を曲がると、道の真ん中に人が避けていくスペースがあった。
その中心に二人の人物が見える。
一人は、女の人だった。長い茶髪で、質素な服装と首輪から奴隷だとわかる。その人は、頭を抱え、地面に伏せて、震えていた。
そしてもう一人、でっぷり太った黄色い服の男がいた。ジャラジャラと宝石を身に付け、遠くからでも輝いて見える。そして指輪をはめた手で、女の人に黒革の鞭を振るっていた。
これが、奴隷の日常だった。
ピシャリ、鞭が打たれる度に女の人のくぐもった声が聞こえる。
鞭を打つのに、打たれるのに理由などない。気に入らない、あるいはただ打ちたいだけ、ご主人様の気分次第で虐待される、それが奴隷だった。
ただルルーは、その体に価値があるから、痛めつけられる経験は少ない。それでも、ねえ様をはじめ、同じ奴隷が傷つけられるのを見るのは辛くて、なのに傷つけてる方と一緒だと思われるのはもっと辛かった。
また、鞭が打たれる。
その光景を前に、周囲の反応は二種類にくっきりと別れていた。
一つは楽しむ眼差し。鞭を打つ方に感情移入して楽しむご主人様サイドだ。わざわざ立ち止まって見学する連中もいる。彼らは人を傷つけて喜ぶ、本当の悪魔だった。
そしてもう一つは、無視して関わらないようにする奴隷サイドだった。見えず、聞こえず、無いものとして淡々と命令をこなしている。そうしなければ巻き込まれ、自身も鞭を打たれる。その自衛行動を、ルルーは悪だとは思えなかった。
そんな光景を冷静に見えている自分が、ルルーは嫌いだった。
奴隷だと名乗りながらご主人様の方にいる。このずるい立ち位置は、本当に嫌いだった。
……ふと、思ってしまう。思ってしまった。
この光景を、オセロはどう見ているのだろう?
ずんずんと先行く姿は背中しか見えない。
その眼差しが、ご主人様サイドだとは思えない。だけど奴隷サイドであっても、それはなんだか嫌だった。
オセロなら、全く違う眼差しを向けてくれるはずだ、とルルーは勝手と知りながら期待した。
だから、足を進めた。
進むにつれ、期待よりも、不安の方が強くなった。オセロなら、本当の意味での無関心もありえるからだ。ルルーと契約したのはルルーが特別で、だからそれ以外は道端の石ぐらいにしか思ってないのかもしれない。それは、ありえるけど、なんだか嫌だった。
不安から、小走りに、オセロに追いついて、追い越して、そして振り返る。
ルルーは見上げたオセロの顔を、鞭が打った。
ペチン、といった感じで、頰に、正確には、当たった、という感じだった。
そしてオセロが真顔で見返す先で、固まってるのは鞭を持つ黄色い男だった。そのポーズから、打った後に振り上げた鞭の先端が、意図せずオセロに当たったらしい。
それに、打った黄色い男本人が一番驚いているようだった。
それに慌ててルルーが周りを見回せば、いつの間にか、ルルーもオセロも、空いているスペースの只中にいた。
そもそもこのスペース自体が、その振るわれてる鞭を避けてできたスペースで、その中に踏み込めば当然打たれる。当たる。それでもどちらが悪いのかと尋ねられたら、鞭を勝手に振るってる方だろう。
もっとも、ここでの善悪は力が決める。
それでどちらが力が強いのか、少なくとも黄色い男は比べたくないみたいだった。
ならばどうするか。
このアクシデントに、この黄色い男はどうするか、周囲が固唾を飲む前で、よりにもよってこいつは女の人のせいにした。
「お前のせいで!」
またも振り上げられた鞭の先端を、オセロは片手で難なく捕らえた。そして引っ張り、黄色い男をこちらに向かせる。
違うだろ? オセロの眼差しがそう言っていた。
それで、まともな世界なら、あるいはオセロが相手なら、謝れば許してくれただろう。だけどここはデフォルトランドで、だから謝るという文化はなくて、だから黄色い男が鞭を捨ててナイフを取り出し襲いかかるのは当然だった。
そして、それをオセロが返り討ちにするのは、ルルーにはもう慣れた風景だった。
でっぷりの腹を鉄棒で突かれて悶え転がる黄色い男、それに周囲の群衆は更なる暴力を期待している。
だけどオセロはもう、興味を失ったようだった。
それで立ち去ろうとするオセロを、袖を引っ張って引き止めたのはルルーだった。
なんだ? と見下ろすオセロを見ないで、ルルーが見つめるのは、鞭で打たれてた女の人だった。
……その眼差しに気付いて、察して、そして女の人は立ち塞がった。
その姿はまるでオセロから黄色い男を庇うように、奴隷がご主人様への忠義に立ち上がったかのようだ。
これで、恩は感じなくとも、もう鞭を振るう気になれないだろう。
見届けてから、ルルーは袖を離した。
……オセロは彼女に興味を示さなかった。
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