六つの壺

 オセロがルルーを連れて来たのは河原、そこで繰り広げられている個人が元締めの青空賭博場だった。


 それぞれ地面に釘で張られた紐で区切られたブースに、各々が机を並べて、あるいは何か大掛かりな仕掛けを置いて、屋台の様にギャンブルを提供している。間の道に目立つように置かれた看板にはギャンブルの内容とオッズがデカデカと書いてあって、全体としては賑わっていたが、その密度は人気に応じてなのか、ばらつきがあった。


 賭け金さえあれば誰でも参加できるが、提供する方には誰もがなれるわけでない。ここを管理している橋のカジノに事前にショバ代と審判代、それに保証金を納めなければならない。ショバ代は土地を借りる代、審判代はギャンブルの結果を保護にしないという証代、そして保証金は客が勝った時に受けわたす報奨金を指す。


 オセロは一昔前、ここの常連だった。


 懐かしさを感じながらオセロは、あちこちで一喜一憂が起こる間を縫うように歩いて周り、そして人気のない一画に良さげな看板を見つけた。読める単語は蛇、壺、公認、命がけ、続く数字はオッズで、計算はできるが意味はあまりない。勝てば儲かる、それだけで十分だ。


 看板の後ろには丸い机の上に六つの壺、輪を描くように並べて置いてあった。壺はオセロの頭がすっぽり入るぐらいで、それぞれには木の蓋がしてあった。


「いらっしゃい」


 声をかけてきたのは頭にターバンを巻いた、しわくちゃのジジィだった。その横には白いシャツに赤いベストと蝶ネクタイの男が立っている。審判だと知ってる。


「一つ頼む」


 言ってオセロは財布から硬貨をジャラリと出して審判に渡す。


 ジジィが金額を数えて、審判が頷いて見せて、それでニタリと笑った。


「よーし兄ちゃん、一勝負だ。そんなゲームかは知ってるか?」


「一応」


「そーかい。それでもここでは一から説明するのが掟だ。我慢して聞いてくれや。ゲームは簡単だ。ここに六つの壺がある。うち三つには紐が入っていて、それを掴み出せば勝ちだ。倍率は一本で等倍、二本で五倍、三本全部で十倍だ。簡単だろ?  但し残り三つには生きのいぃー毒ヘビが入れてある。暫く餌をやってないから、手なんて入れたらすぐに噛みつかれるだろうな」


 幸いにも、ジジィから説明された内容はオセロの知ってる、以前やった時のままだった。ゲームはこれぐらいシンプルでないと何が何だかがわからなくなる。


 と、オセロは袖を引かれて振り返る。


 そこにいたルルーは不安げな眼差しをしていた。


「あぁ大丈夫だ。やるのは俺だよ」


「そうじゃなくて」


「まぁそうだよなぁ。こういうののエチケットとして当然、血清も用意してある。もちろん値段は高目だが、まぁ、お嬢ちゃんなら一晩でお釣りを出せるさ」


 ゲハハとジジィは笑う。


「なーに、この兄ちゃんが勝てば良いだけだ」


「そういう事だ」


 言ってオセロはルルーに鉄棒を渡して、空になった両手を軽く回した。


 これをやるのは本当に久しぶりだったが、やれる自信はオセロにはあった。


 その前でジジィが丸い机を掴み、壺を乗せたまま回転させた。


「さぁゲーム開始だ」


 まだジジィが笑った。


 ▼


 ……これは、オセロには思い出したくない思い出だ。


 アンドモアに連れていかれて、テロリストとしての訓練の中の一つが、これとほとんど同じだった。


 思い出したくはない思い出でも、役に立つなら利用するのがオセロだ。


 止まった机の上から壺を一つ、取って地面の上、足と足との間ぐらいにに置く。


 精神集中に一呼吸、これができるだけかなり楽だ。


 ……よし。


 オセロは息を止め、流れるように一気に動いた。


 先ずは左手で蓋を取り、すかさず右手を突っ込む。その指先に何が触れたか感じそれが何かと判断するより先、曲げた指に引っ掛け掻き出し、宙に上げた。


 残像が止まり、オセロの目線の高さで止まったのは蛇だった。


 ……これは、あそこでは訓練だった。


 流石にいきなり毒ヘビじゃあなかったが、それ以外のシチュエーションは同じだった。


 壺の中の蛇を捕まえ、そいつが反応する前に引き抜く。


 反射神経を鍛えると共に、どんな不利な状況でも恐怖を克服して最善を尽くせばなんとかなる、あるいはどんな有利でも反応が遅れれば引きずり出される、というのが訓練の目的だと教わったが、実際は賭けの対象と殴る理由を作るためのお遊びだった。


 それでもオセロは、誰よりも早く、攻略できるようになった。


 おかげで、なんて思いたくないが、それでもこうして蛇を捕まえられる。


 空中で畝る蛇の首を戻す右手で捕まえ押さえて、完了だった。


 蛇は怒って牙を剥く。が、首を掴めば噛まれない。


 これで壺は残り五つ、さっさと済ませよう。


「い、イカサマだ!」


 ジジィの大声にオセロは眉をひそめる。


「イカサマって、何がだよ?」


「そりゃあ、そのぉ」


 言葉が弱る元締めが審判を見ると、それに審判が答えた。


「これは壺の中が蛇か紐かを当てるゲームだ。だから勝手に壺を持って重さで中を確認する行為はイカサマと判断される」


「確認って、中蛇だったじゃねぇか」


「それはイカサマに失敗しただけで、イカサマがなかったという証拠にはならない」


 ……きっぱりと言い放つ審判に、オセロは納得してなかった。が、ここではそういうものなのだと、渋々でも納得するしかなかった。


「……わかったよ。机から降ろさなきゃいいんだろ?  次はそうするよ」


 オセロが答えるとジジィが審判に向かって無言で首を横に振った。


「残念ながらゲームはここまでだ」


「は?」


「ゲームをするかしないかの決定権は主催者側にある。その主催者はお前とはしないという宣言している。だからこれでお終いだ」


 ……審判に言われて、まただ、とオセロは思った。


 一昔前も、最後はこんな感じで、あれやこれやでゲームに負けたことにして、そして次がない。それでもやれるのは運が絡むのばっかりで、全然面白くない。


 それでもあれから時間も経ったし、忘れられて、思い出されるまでに路銀ぐらいは稼げるかと思ったが、見た所ここしか運が必要ないゲームはなかった。


 さてどうするか、考えるオセロの視界の端に、見覚えのあるベレー帽を捉えた。


「タクヤン!  情報屋タクヤン!  エージェントタクヤン! 」


 オセロ声にベレー帽を被った後ろ姿がビクリと跳ねて、それから足早に立ち去って行く。どうやら聞こえてないようだ。


 これはツキが回って来た。


 思い、追いかける前にオセロは手の蛇をジジィに投げ返し、ルルーから鉄棒を受け取り、その重さに押しつぶされてた体を助け起こして、急ぎタクヤンの後を追いかけた。


 ゲームは始まったばかりだった。






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