ネズミとトラ
オセロはルルーには話してないが、フォーチュンリバーには前にも何度も来ていた。
最初の目的はギャンブルだった。ルルーと出会う前から暇を持て余していたオセロにとって、ここのデスゲームは実に魅力的に聞こえた。
だが実際に来てみて、参加して、そんなことはなかった。
ここのデスゲームは、見るにはつまらなすぎて、やるには簡単すぎて、すぐに飽きた。
当然健康なので、医療にも興味なく、治療もありえない。
……残ったのは奴隷だった。
デスゲームでつまらないなりに小金を稼いだオセロも、人並みには女性に興味のあった。それで、恥ずかしい話だが、ガラにもなくそういう店で、ピンク色の目的のため、奴隷の女を三度借りた。
結果から言えば、その三度とも、ピンク色じゃなかった。
最初の女は男だった。
……………………思い出したくない。
次の女はカエルのようだった。
選んだ肖像画とは似ても似つかない、髪の色まで異なる姿に、正直萎えたが、一応女っぽかったし、料金は先払いした後で、引くに引けず、部屋まで行った。促されるままにオセロが鉄棒と鎧を外したところで今度もまた男に襲われた。ただし今度は殺意のある強盗で、そいつらをぶちのめすのはいつも通りに楽しめた。ぶちのめして、武器を奪って料金分は取り戻し、カエルも逃げ消えて万々歳だった。
……それでも、未練のあったオセロは、最後にもう一度だけ、ダメ元で借りることにした。
大金を投げ打って、若くて、綺麗で、奴隷になりたての女を借りた。
最後の女は確かに若くて、綺麗で、奴隷になりたてのようだったが、死んだような目をしていた。そして、今度は鎧を脱ぐ前に襲われた。
……まぁそれでも、結果的には一番楽しめた。
▼
オセロが昔を思い出しながらたどり着いたのは、橋の袂にある一等地のホテルだった。
元々はこの橋を守る検問所だったと聞いている。そびえる城塞は白いペンキで塗られ、金ピカのドアに赤絨毯が外まで伸びている。
『ホテル・スマイルスマイル』オセロが最後に女を借りたホテルで、オセロが知る限りでは唯一医者が借りれる場所でもあった。そして一応は信用できる場所でもあった。
それは客層がまともな世界と繋がってるのもあるが、それ以前に、ホテルは不特定多数の人間が利用する。それこそ大組織の幹部だったり、一個人だったり、あるいは一個人を装った大組織の幹部だったりする。客の一人一人がどことどう繋がってるかわからないなら、とりあえずは契約通りに行動しよう、というのが大抵のホテルだった。
最後に訪れた時からずいぶん経って、中は若干寂れてるようだが、それでも賑やかではあるな、と思いながらオセロは中へと入った。
途端、チリン、と音がした。
「ようこそ我が自慢のホテルへ! ご予約で?」
出迎えたのは、確かソンイールという名前の、コボルトだった。
本来小柄なコボルト種の中でソンイールは猫背なのにオセロと変わらぬ背丈と、超える肩幅、そして太い腕を持っていた。黄色く短い体毛と鋭い眼光を持っている。多少歳を重ねて白毛が増えて、今日は黒いスーツを着ているが、見間違えようがない。
そのソンイールは、やたらでかくて、爪の鋭い両手を揉みながら、にこやかに接客してる。
その様子、どうやら、オセロのことを覚えてないらしかった。
それは、まぁ、好都合だとオセロは思った。
「予約はしてない。満室か?」
「いえいえ、お部屋はご用意できますよ? それでお客様はお一人で?」
「二人だ。それとコンシェルジュに医者が欲しい」
オセロの言葉にソンイールの眉がぴくりと反応したのを見逃さなかった。
コンシェルジュは、ここで意味は見張りだった。
ホテルに泊まるとコンシェルジュと呼ばれる人間が客の人数分割り当てられ、身の回りの世話という名目でつきしたがい、その全ての動作を見張る。物を盗むな、家具を壊すな、従業員を殺すな、部屋の隅で用をたすな等々、無法地帯に慣れきった客たちに秩序を教えるのが仕事とも言えた。
そしてコンシェルジュは、奴隷でもあった。つまりは奴隷を借りると言っているのだ。
オセロは、その事を前に来て学んでいた。
「……お二人、ということでしたら、ネズミとトラのコンビは如何でしょう? 二人はこのホテル随一の人気者でして」
「じゃあそいつらで頼む」
ソンイールの言葉をオセロは切る。
「ではそのように。ですが、ホテルのシステムはご存知で?」
言われてオセロは黙って財布を取り出した。
「こちらにどうぞ」
ソンイールに案内され、オセロはフロントへと向かった。
▼
ルルーが知る限り、ホテルに限らず、このフォーチュンリバーは全て前払いだった。
何せここの最大の魅力はギャンブルだ。そして古今東西、ギャンブルに没頭する人間は、自分が負けるとは微塵も考えない。
今日の給料、明日の蓄え、昨日の借金、全てを賭ける。
それで負けた負け犬なんぞには命や誇りを叩き売っても高が知れてる。
だから持ってる内に、ツケなど認めず、払える内に払って貰うのがここの掟だった。
ルルーがオセロに背負われ、連れ込まれた部屋は、このホテルでは一番安い部屋らしかった。
それでも広い。馬が寝れそうなほど大きなベットにソファーが六席分、絵画や調度品もあって、奥にはセルフサービスのバーカウンターまである。天井のシャンデリアが煌々と光っていて、綺麗だ。奥にも部屋があって、どうやらトイレとお風呂らしい。なかなかに良い部屋だ。
この部屋を二日分、明日の昼までが、それがオセロの払える限度らしかった。
ルルーは所持金を思い出す。あの、契約した日に海賊たちから回収できた財布は少なくなかったし、ここまで来る間に出費はなかったはずだ。それでも二日で消えるのは、それだけ高級ということなんだろう。
申し訳ないと、思う反面、それが契約だ、ともルルーは思う。思いながら、オセロの背中から下りてベットへ倒れると、ドアがノックされた。
「開いてるぞ」
「失礼します」
オセロの返事にすぐ応えて、ドアを開けて入って来たのは、二人の少女だった。
そのうちの、どちらがトラかは一目でわかった。
歳は、ルルーよりも少し上だろう。オセロのような黒い髪に黒い瞳、褐色の肌に豊満な胸元には二本のねじれた螺旋のネックレスをしている。赤くゆったりとした服装は肌をほとんど隠してなくて、その露出した四肢には、縞模様のような傷跡が何本も走っていた。
もう一方、ネズミと思われる方も、特徴的だった。
こちらはルルーよりも年下だろう。明るい金髪に雪のような白い肌、細い手足によく似合う白いワンピースを着ている。その目には真っ黒で大きなサングラスを、手には白い杖を持っていた。それが、盲目の出で立ちだと、ルルーは知っていた。
当然、二人の首にはルルーと同じ、奴隷の証である鉄の首輪があった。
「ご注文に預かりました私めがトラ、こちらがネズミでございます」
ルルーの予想通りだったトラが親しみのある笑みを浮かべながら仰々しく挨拶し、表情乏しいネズミと揃って頭を下げた。
「この度は等ホテルをご利用頂きありがとうございます。医者をご要望とのことで、まずはご挨拶がわりに」
トラは頭を上げると、どこからか一本の細身のナイフを取り出して見せた。それをくねらせ、輝かせた後に、その刃を自分の手首に当てて見せた。
それで、ルルーは、わかってしまった。
医療とは普通、魔法魔術を用いるらしい。
でもここはデフォルトランド、字が読める奴が少数派の世界だ。そこで魔法とは滅多にお目にかかれない。しかもそれが医療、直接命に関わるとなれば、何よりも信用が問題になる。
だから、信用のために、自分で切って、自分で治して、回復魔法を実演して見せるのだ。
……それを、トラは縞模様になるまで繰り返してたんだろう。
それがどれほど大変なのか、ルルーには想像できなかったけど、切られる痛みは知ってるつもりだ。だから、辞めてと叫びたかった。
「いいよそういうの」
あっさりとオセロが言ってくれた。
「それよりもあいつ、さっさと治してくれ」
これにトラは一瞬瞬きして、すぐにナイフをしまった。
「では早速」
それで、治療が始まった。
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