夢を見る自由
今度のルルーは夢を見ていた。
夢の中でルルーは、何処かいつかの檻の中にいた。
側にはねえ様がいた。
ルルーはねえ様の膝を枕にして、甘えていた。そうしていることが、ルルーにとって一番幸せな時間だった。
ねえ様はルルーの頭を撫でながら、優しく語りかけてくれる。
「いい? この世界には私たち人と、彼らみたいな悪魔しかいないの。だからね……」
全てを聞き終わる前に、目が覚めた。
ルルーはベットの上にいた。ただし今度はズボンじゃなくてちゃんと毛布を羽織っていた。
見上げる天井は、初めに寝かされていた部屋のだった。
結局ルルーは自由な外でなく、用意された部屋で、夢の中に逃げたのだった。
目玉だけを動かし窓を見ると、外はまだ暗くて、まだ夜だった。
……喉が乾いた。
思い、ルルーが体を起こすと、オセロの姿が視界に入った。
見張られてる、とルルーは身構えたが、聴こえてきたのは静かな寝息だった。
オセロは例の鉄棒を右の肩に立て掛け、前屈みの姿勢で椅子に座っていた。瞼を閉じて、器用に寝ていた。
何でこんなところで、椅子なんかに座って寝てるんだろう? と思い、考えて、寝るはずのベットにルルーがいたことに思い至った。
だからと言ってわざわざこんなとこで寝なくても、普通は私を退かすか、起こすか、添い寝でもすればいいのに、私なんかに譲ってる。それも、ご主人様でもないのに、だ。
……変わった男だ、とルルーは思う。
一瞬ルルーは、オセロが外から、デフォルトランドの外から来たのかも、と思った。
でも字も読めず、あんだけ暴るやつが外にいるとは、ないなと考え直した。
ルルーはオセロを起こさないよう、足音をたてないようにゆっくりと部屋を出て、一階へと下りた。
暖炉の火はもう消えていた。だから灯りは月明かりしかなかったが、それでも歩くのに不便はなかった。
水瓶はすぐに見つかった。それにスープも、鍋の中に残っていた。だけど食欲はなかった。
近くにあった木のコップで水をすくい、飲み干すと、端に勝手口が見えた。
ちゃんと閉まってなくて、風に扉が揺らめいていた。
その先は、外だった。
…………今なら逃げられる。
普通なら、逃げるだろう。
人ならば、お姫様ならば、まっとうならば、きっと逃げるだろう。
……だけども、ルルーは逃げられなかった。
一眠りしたルルーには、それが何でか、理由がわかった。
確かに、逃げたいと思ってるのは事実だ。
だけど一度も、挑戦したことはなかった。それは脅されてたからでもあり、自信がないからでもあり、失敗したねえ様がどんな目にあったかを知ってるからでもあった。
何よりも、一番の理由は、肝心の自由に価値が見いだせないからだった。
思えばルルーは物心ついた頃から誰かの持ち物で、自分の価値はいつでも誰かが決めていた。その価値の中には、ルルーという人間は含まれていない。そもそも物なんだから、誰かに所持してもらわなければゴミだ。
そう、自分を認識していた。
そう、自由になれば自分に価値がなくなる。
ひどい話で、間違っているとはわかっていても、ルルーはそれを受け入れていた。
だって、自分には何もない。そういう人生だ。
…………それでも、とルルーは思う。初めて思えた。
例え一歩でも、すぐに戻っても、自分の意思で外に出たのなら、いつの日にか、価値が持てるだろう。少なくとも、小さくとも、可能性が残るだろう。
上手く表現できない覚悟が、ルルーに芽生えていた。
ルルーはコップを握りしめた。そして勝手口に向かって一歩を踏み出した。
そこにはシャンデリア女とは違う恐怖があった。
だけど今夜は克服できていた。
私は、物じゃない。
そう確信するルルーは闇に包まれた。
放した木のコップが床に落ちた。
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