命がけの命乞い
「窓に鉄格子も付けてなかったとは、お前弛んでないか?」
囁くような冷たい声だった。
それを聞くのは、あの七三分けだった。
今更ながら、あの七三分けは名前をルビーニ・シトーと言う。ヘッドエイクファミリーのドンの三男坊で、幹部だった。主に武器の密売を担当していたが、今は新たなシマを開拓するべく派遣された尖兵だった。
ヘッドエイクファミリーは本を正せば先の大戦時に権力の届かなかった疎開地を支配して大きくなった、新興のマフィアファミリーだった。だが大戦終息後にその反動で力を大きく失っていた。
今後ファミリーが生き残るため、四方に手を伸ばしてた先の一つが、このデフォルトランドだった。同時に、他の組織と手を組むことでより広く、磐石になろうと目論んでいた。
その二つを、図らずもオセロが潰していた。
気絶してから半日後、七三分けことシトーは、最悪の状況になっていた。
「約束を守るのが、マフィアだろ?」
広い倉庫の中心にただ一人座らされているシトーは、汗が止まらなかった。
デスクワークばかりのシトーに肝っ玉などない。
しかも取り囲むのは普通の人間ではなかった。
青い肌に潰れた鼻、飛び出た牙は、彼らがオークである証だった。
彼らは皆、革の鎧を身に付け、背や腰に刀を帯びていた。頭の黒髪は共通して髷にしている。
当然、彼らはシトーの部下ではなかった。
「答えろよ」
冷たい言葉を吐くのは、正面のオークだった。
暗い肌に丸顔でつり上がった目、長めの髷を後ろに流している。茶色い毛皮を巻き付けた丸い体はさほど大きくなく、その肩越しには刀剣の握りが見えている。
このオークが手を組むはずだった相手、シルバーファング海賊団の船長、イルファだった。
そのイルファの顔を、シトーは見ることができなかった。
本来なら同盟を組み、盃を交わして仲間になるはずの相手だったのに、今では最悪な敵として前に座っていた。
「ですから、手なら打ちました。必ずや約束通りにアレを差し出せますよ」
シトーはここに座ってから同じ意味のことを繰り返していた。それしか命乞いの言葉を思い付けなかったのだ。
だがそれも、限界にきていると、嫌でも感じていた。
オークは人を喰わない、ただ殺すだけだ。
笑えないジョークが脳裏に浮かんで消えない。
「それは、聞き飽きたな」
言いながらイルファはゆで卵の殻を剥く。その足元は殻の小山ができていた。
「船長」
入ってきた男が声をかけ、イルファに駆け寄る。
イルファはゆで卵を頬張りながら耳打ちを聞いた。
その表情からシトーは何かを読み取ろうとしたが無駄だった。
「わかった」
食べ終わったイルファが応えると、男は囲う男らに加わった。
「ベタだが、いいニュースと悪いニュース、どっちが先がいい?」
イルファの問い掛けに、どちらも聞きたくない、がシトーの本音だった。
唾を飲み込みシトーは答える。
「悪いニュースから、お願いします」
「いいだろう」
イルファは笑う。
「悪いニュースは、だ。お前を生かしておく理由がなくなった」
言うなりイルファが顎をしゃくると、二人の男が進み出てシトーの両腕を掴んで立たせた。
「待ってください!」
「お前ら、まだだ。見せしめもかねて出港式の生け贄に使う。それまでは生かしておけ。空いてる檻あっただろ。そん中にでも入れとけ」
「待ってイルファさん待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って!」
足をばたつかせわめき散らしながら引き摺られてゆくシトーに、イルファは残忍な笑いを見せる。
「それからいいニュースだが、お前がなくした未来の宝、情報屋がちゃんと見つけてくれたよ」
騒ぐのに忙しくて、シトーはいいニュースの方を聞けなかった。
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