第3話
サルスベリの枝を花瓶に飾ろうと四苦八苦している女性堕天使の名は、ベルフェゴールという。花瓶と言ってもその花瓶にしようとしている入れ物には先ほどまでカエルの目玉の乾燥したものが詰められていたのだが。
ただそれが昔から花瓶だったとしても、こうした風流を求められる作業は苦手だ。
「ベルフェゴール」
声をかけたアルトラはひと枝のサルスベリに真剣になっている悪魔に笑い出しながら、お茶の支度が整ったことを告げた。
「今日はね、クッキーを焼いたの」
あまり食に関しては器用でないアルトラがはにかみながら言う。実験器具が無頓着に(ベルフェゴール曰く彼女だけがわかる配置で)並んでいる中からひょこっと顔を上げてベルフェゴールは気難しそうな顔を崩さず
「楽しみです」
と言った。
二人がほぼ必ず揃ってアフタヌーンティーを楽しむようになったのは、ある賭けがきっかけだった。
それはだいぶ前、
女性たちばかりの集まりで、ベルフェゴールは当然否に賭けた。大半の悪魔や地底の神々もそう賭けた。
ペルセポネーは「だって」と頬を幼い娘のように膨らます。
「わたくしも半分はひとのような存在ですもの、皆さん失礼ね。
それにサタン殿とリリス様なんて本当に素敵なご夫婦でしたし」
「リリス様は真実の愛を当然サタン様に捧げていたと思います、しかし。
しかしアダムの子らの半分は男です。
ひとの男というのはまこと誠実を知らぬ生き物」
と、これは盲目のベールゼブブの言。
ふとベルフェゴールは隣に座ったアルトラにどう思われますかと尋ねた。
「わたしはある方に賭ける」
倍率が良さそうですし、と付け加えてウインクしてくる娘に、ベルフェゴールは笑った。
賭けは、ベルフェゴールが地上に出てある男を誘惑し不倫をはたらかせようという方法で決着を見た。結果賭けに負けたベルフェゴールたちには、それぞれひとつずつアルトラとベルセポネーが「お願い」をした。可愛らしい賭けだった。
アルトラのベルフェゴールへのお願いはさらに可愛らしく、お茶の時間を共に過ごしてほしいというものだった。
「そんなことで宜しいのでしょうか?」
「勿論、わたし前からあなたとお話ししたかったんだもん!」
以来二人はお茶の時間を楽しみにしている親友だ。
親友。
その響きはベルフェゴールにはくすぐったい。
彼女は研究一辺倒の変わり者で、サタンを支える堕天使幹部の一人だ。幹部の中でも変わり者扱いをされ、仕事で信頼はあるが友と呼ばれにくい関係の築き方をしていた。
実際自分は変わり者だから仕方ないとも彼女は思っていた。研究に障りがなければなんでもいいと思っていた。
その世界を広げてくれたのがアルトラだ。
彼女は花の美しさや、友人たちとの会話や……友情のような愛情のような、そうしたあたたかなものを見せてくれた。まさか赤ん坊の頃を知っている娘がそんなふうに大きく穏やかな成長をしていると思わなかった。
ベルフェゴールは紅茶のカップで口元を隠してそっと微笑む。
アルトラは見た目は悪いチョコレートクッキーを頬張って、次は粉の量を調節するべきかと思案している。前に菓子は自分が用意します殿下、と言ったらアルトラは鼻にしわを寄せて
「その殿下もやめて。
いいの。
私が作りたいの」
と主張した。
細かな薬品を取り扱うのが得意なベルフェゴールは同じような作業の菓子作りも得意なのだが、アルトラはたまにしかその提案を受け入れない。それは少々不思議だが、粉っぽいクッキーを頬張る時間はとても好きだし、ベルフェゴールはなによりアルトラが微笑みたわいない話を聞かせてくれるのが嬉しい。
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