第3話
翌朝俺は消えかけた焚き火の前で目を覚ました。
昨夜は俺の綿密な人生設計を根底から覆されたショックから、ヤマザキの持っていた『下町の提督』と言う銘柄の焼酎を自棄飲みしたせいで寝付きは良かったのだが、今大問題を抱えてしまっている。
「ヤマザキィィ……フォォォ」
「うるさいニャ、猫は一日二十時間は寝ないと寝不足になるニャ」
身体中が死ぬ程痛い!瞬きしても全身が痛い!これは異世界の風土病か?爪の先まで痛い気がする。
「死ぬ……」
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『筋肉痛だニャ』
今俺は痛みに強くなる技能をポイント交換してもらったが、あくまで強くなるだけで無くなる訳では無い非常に中途な体調で地べたに座り込んでいる。
「筋肉痛?中学二年のマラソン大会以来筋肉痛なんてなった事はないぞ?」
『どれだけ運動して無いのかニャ?まあ、あれだけ身体能力向上系の技能を取りまくったんだからいい薬ニャ、日頃の運動不足を反省しながら痛みに耐えるといいニャ』
痛いんだけど、気を抜くともっと痛くなる。
地獄の様な痛みに耐える為俺達はこの場で三日を過ごした。
『筋肉痛で異世界スタートを三日も寝て過ごすヤツは初めて見たニャ、おかげでこの三日間僕の嗜好品が食い荒らされてしまったニャ』
「しょうがないだろ!マジで痛いんだから、それに精霊術師は魔力を与える代わりに精霊の力を借りれるんだから良いんだよ」
『精霊の力を物納するとは呆れるニャ、さっさと町まで行って食い荒らされた分を補給するニャ……カニカマ、チー鱈、ソーセージ。イカくん、タコワサ、ホッケの開き……』
「精霊とか言う割に持っている物は酒とツマミばかりだったよな?」
『嗜好品ニャ』
人里が近くなって来たせいなのか若干歩きやすくなって来た山道を、まだ少し痛む身体をかばいながらヤマザキと言い合いをしながら歩いていると、藪の向こう側でこちらを見ながら固まっている第一異世界人を発見した。
「あ、どうもこんにちは」
俺がヤマザキとの会話を慌てて中断してぺっこり頭を下げると第一異世界人がアタフタし始めて、ゴニョゴニョと挨拶らしき言葉を吐き捨てて逃げて行った。
「なあ、ヤマザキよ。俺の見た目は山の中で出くわすと一目散に逃げ出す風貌なのか?」
『そうだニャ、しいて言えば山を舐めた素人が一人で山菜採りに夢中になった挙句遭難した様な風貌だニャ』
「子猫だからって何を言っても許されると思うなよ!猫のヒゲを引っ張る技能と猫を風呂に入れる技能もポイント交換したんだからな!」
『歴史上類を見ないポイントの無駄遣いニャ!』
まあ人が居たって事は人里が近い証拠だ。ここはポジティブに良かった探しに徹することにしよう。
「お?なんか人が沢山いるぞ?町か?町なのか?」
『田舎者丸出しニャ……』
ここらで門番とのイザコザを起こしてセンセーショナルなデビューをと、考える程俺は冒険者では無いので普通にビクビクしながら町に向かう。
門番居ないじゃん……
「なあヤマザキ、門番とか居ないのか?」
『町の入り口にかニャ?』
「門番が居ないと悪人が入り放題だろ?」
『善人が入りにくくなるニャ、悪人が入り込んだら見つけた時点で捕まえれば良いだけの話ニャ』
いや、そうなんだけどさ、まあ良いか。
街並みはやはり建築技術がそれ程進んでいないせいか高い建物は少なくて、空が広い街並みである。建物の様式はレンガ造りの家が多くガラスも使われているっぽい。焼き物知識も無理か……。
町を歩く人達の服装は外国の民族衣装の様な人も居れば、着物や浴衣はては騎士甲冑を着込んでいる人までが歩いている。
雑貨屋の軒先には『冒険者御用達』と書かれたアウトドア用品からうまい棒までが軒先に並び、この世界で革命を起こす様な知識チートを披露するにはIT産業くらいしか無いなと思わせた。
フワフワした俺の知識チートなんかよりも異世界御用達のハローワーク『ギルド』に期待だな。新人イビリの悪徳ハンター。悪徳ハンターと癒着した受付嬢。そこを華麗に解決する大精霊術師。
「ふふふ……ハーレム待った無し」
『気持ち悪いニャ……』
ヤマザキの案内でたどり着いたギルドの門をくぐり抜け、美人受付嬢の前に歩み寄る。
「いらっしゃいませ、依頼の受付ですか?」
ニッコリと微笑む受付嬢。
「あのぉ、ハンターになりたいのですがこちらで登録とか出来るんでしょうか?」
「はい。こちらで受付致しますよ、こちらの用紙に必要項目を書いてもらえますか?」
受付嬢のお姉さんが差し出す登録用紙を見ると普通に日本語で書いてある。
住所、名前、連絡先、保証人。
保証人?!
「なあ、保証人て?」
俺はヤマザキに縋る様な目付きで助けを求めた。
『大精霊は保証人になれニャいな』
「保証人が居ない方は未記入で結構ですよ。その代わり運送運搬配達関連のお仕事は御遠慮願ってますが、その下の部分に同意のサインをして下さい」
「はい、すいません」
あまりにも丁寧な口調でこちらも若干卑屈になってしまう。
「なあ、このペットモンスターの登録って、お前でも良いのか?」
『大精霊に向かってペットモンスターとは失礼もはなはだしいニャ!カタイシは認識を改めるべきニャ!』
「そう言った態度はここでは改めるべき態度かと思われますが」
受付嬢さんにも怒られた。
「そんなに怒るなよ、ペットモンスターが駄目だったらどうすりゃ良いんだ?お前を俺と一緒に登録しなくても良いのか?これから先死ぬまで一緒なんだろ?」
『大精霊をギルドに登録って聞いた事が無いニャ』
「個人の登録に他人を巻き込むはいささか強引に過ぎると思いますが」
なんか受付嬢さんもご立腹らしいぞ、ここは素直に従っておこう。
「後はこちらに得意なジャンルの仕事内容とかを細かく書いてくれれば自己アピールにつながり指名依頼などのチャンスも回って来ますよ」
受付嬢さんが丁寧に登録のコツを教えてくれた。
若干眉がつり上がってますが……
『遭難と筋肉痛って書き込んでおけば良いニャ』
「んな事書けるか!一生仕事が回ってこんわ!」
用紙の上でゲラゲラとヤマザキが笑い転げた。
「そ、それでは未記入で結構ですので最後にこちらにハンタータイプだけでも記入頂けますか?」
受付嬢の指し示す項目に俺は迷わず『大精霊術師』と書き込む。
受付嬢は何か納得した様に頷いて用紙に受領サインを書き込むとハンターライセンスと言うこの世界での俺を証明する身分証を手に入れた。
この世界の人間になったのだと感慨に浸っていると受付嬢が優しく微笑んでこう告げた。
「これで手続きは完了です。それではお大事に」
お大事に?
「ありがとうございます」
俺とヤマザキはギルド施設を出てホッと一息つく様に笑いあった。
「なあヤマザキ、この世界では『お大事に』って言葉を言う時ってどんな時なんだ?」
『そりゃあ、病気の人を労ったりする時に良く言う言葉だニャ』
「今帰りしなに受付嬢さんが『お大事に』って言ってたんだけど、俺って病人に見えるのか?」
ヤマザキは暫し考え込むと彼なりの考えを淡々と話し始めた。
『それはカタイシが大精霊術師って名乗ったからだニャ』
ん?何か不都合な点があったかな?精霊術師は人気のある職業だと聞いていたのだが……
『春になって気候が温暖になって来るとニャ、植木鉢と会話をする奴とか酒を飲み過ぎて酒樽相手に愛を語る奴が出て来るニャ』
「ああ、確かに俺も見た事があるな」
『そう言った連中を『精霊術師』と言うニャ、隠語だけどニャ』
ああ、なるほど。俺もそう言う連中に見られていたと言う訳か……
「ヤマザキは大精霊になって顕現出来る能力を持ってるんだよな?あの大きな犬みたいに」
『顕現出来るけど顕現してるとは言ってないニャ』
「……」
『……』
「俺の独り言ワンマンショーじゃねーか!道理で山の中で出会った奴も逃げて行く訳だよ!今回だけさり気なく括弧の形式変えてんじゃねーよ!」
『ニャーハッハッハ!』
俺は大精霊の後ろ首を摘み上げギルド施設向かって走り出した。
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