玻璃の音
森沢依久乃
序
重かった。
身に纏う白無垢も。民の視線も。これから収まる当主の座も。たった十六の私には、重くて重くて堪らない。
それでも。母はいない。姉はいない。《姫》の私しかもういない。
閉じていた目を開き、私は首を少しだけ横に傾けた。
そこには黒い袴を身に着けた男がいた。青みがかった銀の髪は整えられ、端正な
しかし、その美しさには一点だけ染みがある。目だ。髪と同じ色の目。そこには昏い感情が澱んでいる。それでも男は、私の視線に気づくとその目をゆっくりと細めてくれる。
「波璃姫様」
男――フユツキ様は私の名前を呼ぶと囁くような声で告げる。
「今より私は夫として……姫のお傍で姫を守り、支えとなることを、誓いましょう」
優しい声音。彼は今年で三十一にもなるはずだが、小娘の私に慇懃な態度を崩さない。……否。これは一線を引いているのだ。私は《姫》で、彼は《将》であると。
ゆえに、私に触れもしないのだ。
「……ええ、宜しくお願い申し上げます、フユツキ様」
私は彼と同じように丁寧な口調で返答する。微笑を貼り付けて、楚々とした仕草で。これが《姫》としての態度だと、思うから。
これでいい。これでいいはずだ。
私は《姫》で、彼は私に仕える《将》。それ故、今宵契りを交わす。
この事実を崩してはならない。
何故なら――
この人は、姉を愛し、姉に愛された人なのだから。
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