uterus
@holly_omochi
排卵
放課後、教室。阿藤ゆうかの周りには今日もたくさんの人が集まっている。
荷物を鞄にまとめて席を立つ。私に目を向ける人は誰もいない。そんなのはもうわかりきったことだった。
「ねぇ、ひな。いいの?」
幼い声が響く。それは間違えようもなく私、栗原ひなたに向けられたもの。だから当然、この教室の内の誰かが私を呼んだんじゃない。
私は自分のお腹をさする。そのまま何も言わずに教室をあとにした。
帰路、あの幼い声が悲しそうな声音で私に話しかける。
「ひな、よかったの?」
「何のこと」
私が聞き返すと声は黙り込んだ。言って良いのかどうか、迷っているらしい。沈黙は言葉よりも雄弁に心を語る。やがて放った言葉には、やっぱりためらいが見えていた。
「……ともだち、なんでしょ?」
その言葉に、私は息を飲んだ。あの阿藤ゆうかと私が友達。そう考えただけでなんとも言えないものがせぐり上がってきて、私は口を押さえた。
「ごめんなさい」
自分の部屋に入るや否や、幼い声は私にそう言った。それはとんでもないことをしてしまった後悔とか、嫌われてしまうっていう恐怖なんかで出来た言葉のような気がした。謝るっていうのはそういうことなのだから。
「謝るくらいなら、最初から言わなければ良いのに」
また黙り込む。このまま何も言わなくなるような気がしたから、私は自分のお腹をさすった。声はそこから聞こえてくる。私はそれを、『うー』と呼んでいた。
「……ごめんなさい」 応えない。うーは私の返事を待っている。でも応えない。この膠着はどこまで続くだろうと思ったけど、ひとつ嫌な感じがした。
ネットを見ると、それはもう始まっていた。誰かが上げた画像に写る大きな肉の塊、人の形の出来損ない。だから私はお腹の中のうーと一緒に、外へ出る。
「うー」
私が言うまでもなくうーはわかっている。逆だ。うーがいるから私にもそれがわかる。
「……うん」
私の中からべしゃりとそれが落ちる。それは瞬く間に肥大していって、その度に肉から金属に変質していく。そして今度は私がうーの中に帰る。それは私を飲み込んで大きな人の姿をとる。
私は黒と銀の、機械みたいな身体の子宮の中。私を孕んだそれは人の大きさを遥かに超えて、人と言うには不安定過ぎる。その姿を見る度に私は思った。
あぁ、うーは出来損ないの命なんだな。
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