第4話 絵描きの素顔




 釣り人から告白されて5日が経った。

 私は彼に、返事は待って欲しいと伝え、今に至る。



「はぁ……」



 別に彼が嫌いなワケではない。むしろ好感を持っている。

 しかし、どうにも私の中でわだかまっている気持ちがある。

 その正体になんとなく気づいてはいるのだが、納得し難いというか何と言うか……



「はぁ……」



 二度目の溜息。

 今日は雨ということもあり、より一層気が滅入っている。


 まあ、唯一の救いは、この天候では彼らもあの場所に現れないということか。


 スマホのアドレス帳を開き、あの釣り人の名前を探す。

 そして何もせず画面を閉じる。こんなことを、もう10回以上繰り返していた。


 窓の外を覗く。いつもなら釣り人が来ている時間帯である。

 しかし、この天気じゃ流石に……



「……あれ?」



 いつもの定位置、そこに何故かあの絵描きが立っていた。

 雨の中、傘も差さずに。



「こんな雨の中、なんで……?」



 私はいてもたってもいられず、傘を持って慌てて部屋を飛び出した。



「絵描きさん!」



 絵描きは、窓から見た位置から一歩も動かず、呆然と佇んでいた。

 いつもと同じ、帽子にサングラスの不審者スタイルだったが、雨に濡れているせいか少し雰囲気が違って見える。



「……ども」



 いつもと同じ返事。

 しかし、今日はどことなく元気がなさそうな雰囲気がある。



「どうしたんですか? こんな雨の中……」


「……絵、完成したんで」



 そう言って絵描きは、腋に抱えたビニールの包みを渡してくる。



「え、完成って、これ、私に?」



 そう尋ねると、絵描きはコクリと頷く。

 私はそれを恐る恐る受け取り、包まれたビニールに滴った水滴をハンカチで拭き取る。

 確認すると、それはこの前見せて貰った、モデルとして私が写り込んでいる風景画だった。

 丁寧に、額縁なんかに入れてある……



「いいんですか? その、私なんかに……」


「……あなたを描いた、絵なんで」



 私を……

 それは、この絵のメインが、私ということなのだろうか。

 てっきり、風景画のついでに私が描き加えられたのだと思っていたけど……



「……それじゃ」



 そう言って、絵描きは雨ざらしのまま立ち去ろうとする。

 私は咄嗟に、彼の手を掴んで引き留めた。



「そんな状態じゃ、風邪ひいちゃいます。……ウチ、上がっていってください」





 ◇





 冷静になってみると、自分がとんでもないことをしでかしたことに対し、後悔し始める。



(何、普通に家にあげちゃってるのよ私ぃ!?)



 よく知りもしない男性を一人住まいの家にあげるなんて、うら若き乙女がしていい行動ではない。

 しかも、相手はサングラスに帽子、作務衣という不審者としか言いようがない出で立ちをしており、性格も決して社交的とは言えない寡黙男だ。

 こんな男を家に迎え入れるなんて、襲ってくれと言っているようなものである。



(……はっ!? まさか、私には潜在的にそんな願望が……ってないない!)



 動転しているせいか、脳内で一人ノリツッコミのようなことをしてしまった。

 こんなことではいけないと、私は深呼吸を数回繰り返す。

 すると、脳に酸素が行き渡ったのか、少しだけ落ち着いてきた気がする。



(さて、どうしたものか……)



 絵描きの彼は、現在シャワーを浴びてもらっている最中である。

 ほんの数メートルという距離に裸の男性がいると思うとソワソワするが、少なくともシャワーの音が聞こえている今のうちは安全だろう。


 まず、何から手を付けるか。

 襲われた時の対策として、包丁でも準備しておく?


 いやいや、それは流石に過剰防衛だろう。

 それに、これは甘い考えかも知れないけど、彼はそこまで強引なことはしてこないと思う。

 私があからさまな隙を見せなければ、襲ってはこないハズだ。


 襲われた時の対策はいいとして、彼がシャワーから出てきたらどうするか。

 彼の服は洗濯機にかけてるし、今の彼には着るものがない。

 まさか裸で出てくるようなことはないと思うが、何か着るものは用意しておいた方が良いだろう。



(パジャマ代わりにしている、ダボダボのスウェットなら着れる、かな?)



 彼の背は私より少し高いくらいだし、細見だから私の服でも問題ないように思う。

 問題は、そのダサダサなスウェットを見られるのが恥ずかしいくらいだ。


 ともかく、そうこしている間に彼が出てきてしまうかもしれないので、私は早々に着替えを用意する。

 パンツは流石に無いけど、別にノーパンでも問題ないよね?

 あ、私のスウェットに、直にアレが当たるのはちょっと嫌かも……


 そんなしょうもないことを考えながら、かがんで洗面所の脱衣籠に用意した服を置く。

 無言で服を用意されてても戸惑うだろうし、一応声もかけておこう。



「あの、絵描きさ――」



 私が声をかけようと浴室の方を向くと、タイミングが悪いことに彼が出てきてしまう。

 急に目の前に現れた異物・・にパニックになり、私は声も出せずに尻餅をついてしまった。

 慌てて手で視界を覆おうとするが、謎の好奇心が働いてつい隙間を作ってしまう。

 普段見ることのない、成人男性のアレを見てみたいという気持ち以上に、今まで見たことのない彼の素顔を見てみたかったからだ。


 そして私は、その隙間からアレと、彼の顔を覗き見た。



「…………え?」



 覗き見た、絵描きの初めての素顔。

 それは……



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