第3話 告白




 寡黙な絵描きと、気さくな釣り人。

 少しおかしな二人と出会ってから、もうすぐ半年になる。

 今では彼らと挨拶することは私の日課となり、窓を開けるのと同じくらいの意味を持つようになっていた。





「おはようございます!」


「……ども」



 この絵描きとの会話は相変わらずこれだけである。

 釣り人とは電話番号を交換するほどに交流を深めているのに、絵描きとは未だに一言二言しか会話をしたことがない。

 しかし、この挨拶するだけの関係を、私はなんだか心地よいと感じていた。



(あの気さくな釣り人とは違って、社交性は全くないのだけど、妙に親しみやすさを感じるのよね……。何故かしら?)



 そんなことを思いながら、私はいつも通り駅へ向かう道を進む。



「……あの」



 横切る瞬間、絵描きに呼び止められた。

 こんなことは初めてである。



「……何でしょうか?」



 私は少し警戒気味に返してしまう。

 最近は完全に引っ込んでいた警戒心が、思わず顔を出してしまったのだ。



「……これ」



 絵描きは自分の絵を指さす。

 見てくれ、ということだろうか?


 ……実は、私は彼の絵をちゃんと見たことがない。

 角度的な問題もあったが、最初の頃の癖で、なんとなく目線を合わせない習慣が身に付いてしまっていたからだ。


 私は恐る恐るといった感じで、絵を覗き込む。

 そこに描かれていたのは、この川と土手。そしてそこを歩く一人の女性。



「これ、もしかして、私ですか?」



 コクリ、と絵描きは頷く。



「……無断で、モデルにしてしまった」



 ああ、そういうことか。



「……ぷっ」



 思わず吹き出してしまった。



「……?」



 私の反応に、不思議そうに小首をかしげる絵描き。



「ご、ごめんなさい。でも、なんだかおかしくて……」



 全く、初めて二文字以上言葉を喋ったと思ったら、そんなことかと。

 一応絵にも肖像権はあるが、ここに描かれている私は後ろ姿なので、法律上許可はいらないと思われる。

 それなのにわざわざ謝ってくるなんて……、真面目なのだろうか。

 いや、これが普通なのかな? 私が都会に毒され過ぎているだけ?

 でも、何だろうこの感情は……

 何と言うか、妙に気分が良い気がする。



「……私なんかをモデルにして頂き、ありがとうございます。 完成したら、是非また見せて下さいね! それじゃあ、行ってきます!」


「……行ってらっしゃい」



 危ない危ない。思わず顔がにやけそうだった。

 そんなだらしない顔は、なんとなく見られたくなかった。



「~♪」





 ◇





「~♪」



 今日は仕事も調子が良かった。

 気分が乗ってると、色んなことでも良い結果が返ってくるのは気のせいかしら?



「今日はご機嫌ですね」


「あ、どうも。今日は釣れていますか?」


「……ぼちぼちです。所で、少しお話宜しいでしょうか?」



 ん? 急に改まって何だろう? メールじゃ駄目だったのかな?



「あの……」





 ――――その日、私は釣り人に告白された。




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