ちょっと切ない二人の物語
雪野 ゆずり
ちょっと切ない二人の物語
「俺がお前の太陽になる!」
私が完全に闇に沈んだ日、あなたは私に向かってそう叫んだ。
夕日が光る屋上、そこには私とあなたしかいなかった。
もう、私には太陽なんて見えなかった。
「・・・ありがとう。」
私は、泣きながらそう言った。
でも、ごめん。私にはあなたに言えない『秘密』がある。絶対に知られたくない。それを知ったらあなたは怒るから。
これは、そんな私達のわずかな時間の物語。
最期にあなたに伝えたい想いを、ここに乗せて・・・。
あなたが私の太陽になってから、もう三年が経った。春休みも終わり、今日から高校二年生としての日々が始まる。
ここであなたに一つ、ヒントをあげる。実は昨日、病院に行って、お医者さんから『あと半年』と言われた。
何がとは言わない。でも、頭のいいあなたにはこれだけで分かってしまいそうで怖いな。
「りんごー!早く降りて来なさい!」
「はーい!」
お母さんの呼ぶ声。そっか、もうそんな時間なんだ。そう思って下に降りる。
「おはよう、りんご」
「おはよう、お母さん」
いつもの会話。なのに、少し寂しく思うのは私だけかな?
少しの寂しさを抱きながら、朝食を食べた。丁度終わったころに、いつもあなたは来るの。
「りんごー!」
「あら、咲くんじゃない?もう、そんな時間なのね。」
「うん、そうだね。」
そう言って席を立つと、いきなり目眩がした。とっさにお母さんが支えてくれる。
「大丈夫?」
お母さんが心配そうに見てくる。無理もないよね。でも、心配かけたくないな。そう思うと、無意識に笑顔を作ってた。
「大丈夫だよ。ありがとう!」
そうだよ。心配させたくない。私は元気なんだから。
「じゃ、行ってきまーす!」
「うん、いってらっしゃい、気をつけて。」
お母さんも笑顔で送り出してくれた。
玄関を開けると、いつもあなたがいる。そんなのもう慣れっこ。なのにいつもドキドキする。なんでだろう?
「りんご、おはよう。」
「咲、おはよう。いつもありがとね。」
これがいつもの会話。あなたとの会話はいつでも楽しくて、この時間が永遠に続けばいいと思ってしまう。
そうさせたのは、あなたなんだよ。
「ん?なんか元気ないな、どうした?」
ああ、いつも通り振る舞ってるつもりなのに、どうして気付いちゃうの?気付かないでほしかったな。
「なんでもないよ。ただ、今日から学校と思うと、少し憂鬱だなって。」
私がそう言うと、あなたは頷いた。
「だよな~!俺も憂鬱なんだよ。このままサボるか!」
そんな事言って、実は真面目な事を私は誰よりも知ってる。知ってるからこそ、そんなあなたの顔が見たい。
「いいね!サボってどっか遊びに行く?」
私がふざけてそう言うと、あなたは本気で考える。でも、その後すぐに首を横に振る。
「いや、やっぱダメだろ。仕方ないけど、学校行くしかなさそうだな。」
ほら、そう言ってカバンを持ち直す。
「まあ、そうだよね。うん、行こっか!」
そう言って私も持ち直す。なのに、今日は力が入らなくて、カバンを落としてしまった。
「お、おい!どうしたんだよ!」
私が慌てて拾うと、あなたは驚いて私に問う。
「な、なんか、力抜けちゃったみたい。」
笑顔でそう言って、私はごまかした。実は朝から立っているのも辛いくらいなんだ。
「えー!それ危ねーよ!ほら、俺持ってやるから、カバン貸せ。」
そう言って差し出される手。
「え!?い、いいよ、自分でもてるよ!」
そう言ったのにもかかわらず、あなたはカバンを持ってしまう。
「・・・あ!」
「いいから!あんま顔色よくねーし、無理して倒れても困る。・・・今日は午前中だけだし、1日荷物持ちくらいは出きるっての!」
そう言ってあなたはスタスタと行ってしまう。
「ちょ、待ってよ!」
急いで追いかけて隣を歩く。
ふとした瞬間の気遣い。その優しさに触れる度、あなたの事が好きになっていく。まるで、抗えない、引力が働いているみたいに・・・。
学校に着いてクラス発表の掲示板を見る。
「お、あったぞ、俺達の名前。」
「え?」
まだ、カバンを持ったままのあなたが、見つけた2つの名前は、並んでいた。
「同じ、クラス・・・。」
「みたいだな。」
そう言って笑いかけてくれるあなた。
「んじゃ、教室行くか!お前、疲れてるみたいだしな。」
そう言って、玄関に向かう。
「でも、本当に大丈夫か?顔色よくねーし、なんかフラフラしてるし・・・。なんなら保健室寄ってから行くか?」
そう言って、私の顔を覗き込んでくる。
「ありがとう。でも、大丈夫。座って休めばよくなるよ、多分。」
「・・・まあ、りんごがそう言うなら良いけどさ。」
そんな話をしているうちに教室に着いた。席もあなたと隣同士で、嬉しいはずなのに、その後、記憶が途切れた。
気付いたら保健室にいて、登校そうそう教室で倒れた事、始業式が終わってしまった事、あなたがすごく心配している事、待っている事を先生から教えてもらった。
教室に戻ると、ただ一人、あなただけが待ってた。
「りんご!」
そう言って駆け寄ってくるあなた。なのに私は目眩を起こしてまた倒れそうになった。すぐに支えてくれるあなたの腕が、すごくたくましかった。
「大丈夫かよ!だから、あれだけ言ったのに!」
そう言いながらあなたは、私の席まで誘導してくれて、座らせてくれた。
「ったく、あんま無理するなって言ってるだろ?辛い時は言えよな。」
「うん、ありがとう。心配かけてごめんね。」
それしか言えない。
「・・・まあ、今日は初日だし、頑張る気持ちもわからなくないから許すけどさ。」
あなたはそう言って優しく笑う。
「でも、これからは無理をしないように!わかったか?」
学校の先生みたいにあなたは言う。そんなおどけた振りをして、手が震えてるの、バレバレなんだから。
でも、そんな事、言わないよ。代わりに私は笑顔を作った。
「はい、わかりました!」
私がそう言うとあなたは「よろしい!」と言う。そして、どちらからともなく笑い出す。そうすると、少しずつ元気になってきた。
「さて、今日は先生が送ってくれるって言うし、そろそろ行こうぜ。俺、呼んでくるから。」
「あ、そうなんだ。うん、わかった。じゃあ、準備しとくね。」
「おう!」
そう言ってあなたは出て行く。足音が遠ざかって行く。結構急いでくれてるみたいで、走っていた。
「ありがとう。」
もう一度、本人のいない所で呟く。
ここでもう一つ、あなたにヒントをあげる。多分、この日が多分、思い出に残る最後の登校日。あの後、お母さんとお医者さんの二人に怒られたんだよね。
でも、その事は内緒。あなたには、元気な私だけ覚えて欲しいから。
あの日から、なんとか学校に通っていたけど、お医者さんに怒られて、私は病院にいた。最初は検査入院。それから名目が色々変わって、もう訳がわからない。
わかってる事は2つ。1つはもう学校には行けない事。これ以上の登校をお医者さんは認めてくれなかった。お母さんと一緒に退学届を提出したとき、先生はただ「頑張ったな。」とだけ言った。その日以来会ってない。
もう1つは、『あと半年』が『短くなった』事。お医者さんはしっかり教えてくれなかった。
コンコン
考え事をしてると控えめなノックの音。
「はーい。」
返事をするとすぐに入ってくるあなた。
「調子はどうだ?」
すぐそう聞きながら椅子を用意する。入院してから、あなたはずっとお見舞いに来てくれたよね。これはその中で実は一番元気だった日の話。
「今日は元気だよ。いつもありがとう。」
そう言うと、あなたはホッとしたのかため息を吐いた。
「良かった。いきなり退学したって聞かされるは、入院したって連絡入るは、最初はびっくりしたな~。」
そう、本当にいきなりだった。入院が決まったのが一週間前。それから色々準備して入院したのはほんの3日前。私でもびっくりしてる。だから、きっと、この日が大切なんだ。
「そうだよね、私もまだよくわかってないんだ。」
「おいおい、本人わかってないって、ちょっとヤバいだろ。・・・退院とかは決まってるのか?」
この日は入院してもう1ヶ月、そろそろ決まってもいい時期なはず。
でも・・・。
「うーん、まだ安定してないから無理らしいんだ。」
「ああ、そうなのか・・・。まあ、無理もよくないしな。決まったら教えろよ!」
「うん。」
ごめんなさい、この時私はまた嘘を吐いたの。本当はもう、退院なんて出来ない。もう、そこまで私の身体は悪くなってた。
「んじゃ、俺そろそろ行くわ。」
「うん、来てくれてありがとう。またね。」
「ああ、明日も来るわ。」
そう言って部屋を出るあなた。あなたの足音が聞こえなくなってから私は泣いた。
本当の事をあなたに伝えたい。あなたにこの想いを伝えたい。
なのに、全て邪魔をするものがある。本当は、このノートを書くことすら、限界になってた。でも、最後まで、書ききりたい。あなたに、私との思い出を、忘れてほしくないから。
あれから、また時間が過ぎた。多分、これが私が書けるあなたとの思い出の最後。だから、この日の事を忘れないでね。
季節は夏。もう、立つことすら出来ない私をあなたは車椅子に乗せて夏祭りに連れて行ってくれた。
「おお!賑わってるな!」
「そうだね~!」
この日も比較的調子が良かった。多分、神様が『楽しんでおいで』って言ってくれたんだと思う。
「大丈夫か?なんか、無理やり連れて来たみたいになってるけど・・・。」
「ううん、今日ら調子いいんだー!だから、全然大丈夫!」
そう言うとあなたは優しく笑う。
「まあ、ヤバくなったら言えよ。」
「うん、ありがとう!」
私がそう言うと、ゆっくりと車椅子を前に出してくれた。
「・・・なんか、やりたい事とか、欲しい物があったら言えよ?」
「やりたい事か~。そうだな~」
そう言いながら、私は周りを見た。
「あ・・・!」
「ん?どうした?」
「あ、その、あれ・・・」
そう言って私は射的の景品のくまのぬいぐるみを指差した。
「あれ、欲しいのか?」
そう言われて頷くと、あなたは「よし!」と言って、射的の屋台まで車椅子を押した。
「おじさん、一回!」
「はいよー!五発までね!」
そう言ってあなたはおじさんにお金を渡す。代わりにもらった球を銃に入れる。集中してるあなたの横顔に見とれてしまう。やっぱ、かっこいいな。
「よっしゃ!倒れた!」
そんな事を思っているとあなたはおじさんからぬいぐるみを受け取っている。
「すごい!咲、おめでとう!」
私がそう言うと、すぐにぬいぐるみを私に差し出すあなたに、ちょっとびっくりしたな。
「え?」
「やるよ。」
照れながらそう言うから、少しかわいいと思っちゃうじゃん。
「いいの?」
「俺が持ってても仕方ないだろ?」
そう言ってさらに押し付けてくるから、私は素直に受け取った。
「ありがとう!」
「いいって!さて、次どこ行くか!」
そう言ってまた車椅子をゆっくり押してくれる。
本当は、もう気づいてる。あなたがとこまで知ってしまってるか。だから、ぬいぐるみを渡してくれた手は震えてたんだよね。
「なあ、そろそろ、花火だよな?」
「うん、そうだね。」
今日のお出かけは、花火が終わるまで。もうすぐ、終わっちゃう。
「ちょっと遠いんだけど、穴場行かね?」
「うん、いいよ!」
私がそう返事すると、あなたはまた車椅子を押した。着いたのは、誰もいない、河川敷だった。
「わあ、本当に穴場だね!よく知ってたね!」
「小さい頃は、家族でここで見てたんだよ。」
「そうなんだー!」
そう言ってあなたは私の隣に椅子を用意して座った。
「なあ、りんご。病気って本当か?」
やっぱり、知ってたんだ。
「・・・誰から、聞いたの?」
でも、少し意地悪する。ごめんね。言いたく、ないの。
「お前の、お母さんから。」
「そっか・・・。」
お母さんから、か。じゃあ、もうごまかせないね。
「全部聞いた。もう、本当は長くないこととか、退院出来ないこととか。」
「うん、全部、本当の事。」
私がそう言うと、あなたは身体を強ばらせた。
「・・・いつから?」
「咲が、『太陽になる』って言ってくれた時から。」
「そんな、前から・・・。」
「ごめんね。」
でも、少し、言い訳させてね。
「隠してたの。咲の、悲しむ顔も、辛い顔も、無理する顔も、見たくなかったから。」
「・・・」
あなたは黙って聞いてくれた。
「全部、自分のため。自分が見たくないものを見ないように、咲に、嘘を吐いてた。」
そう、全部自分のために。あなたを、巻き込んだ。
「ごめんなさい。こんなの、嫌われて、当然だよね。・・・でも、嬉しかった。今日、夏祭りに誘ってくれて。ありがとう。もう・・・」
『思い残す事なんてない。』そう言おうとしたのに、あなたに抱きしめられて、言えなくなった。
「・・・咲?」
「・・・わけ、ない。」
「え?」
私が聞くと、あなたは続けた。
「嫌うわけないじゃん!俺、ずっとお前の、りんごの事、好きだったんだ!本当は、入学式の日に変だなって思った!ううん、その後も、ずっと。でも、見ない振りをしてた!いなくなるわけないって、そう信じて、お前に確認する事をしなかった!だから、だから・・・!」
それ以上は、聞けなかった。ううん、私が止めた。もう、お互いに言い訳するのなんて、嫌だから。
「ねえ、私のお願い、聞いてくれる?」
「・・・?」
私がそう言うと、あなたは真っ直ぐ私を見てくれた。私の病気の事を知った人は皆、私の事なんて見てくれないから、見てもらえて嬉しかったよ。
「明日、私のノートを受け取って欲しいの。」
「え・・・?」
ずっと書いてきたこのノートは、あなたに持っていて欲しいから。
そっと心の中で呟いた。
「・・・分かった。」
あなたは静かにそう言った。
「ありがとう。」
私がそう言った時、花火が上がった。
ここに、最後のお願いを書くね。
①このノートに書かれてる事を忘れないでね。
②このノートを見た時くらい、私の事思い出してね。
③幸せに、なってね。
今まで、ありがとう。さよなら。
久し振りに開いたノートは、俺を泣かせるくらいには破壊力があった。
夏祭りの次の日、病院に行くとりんごは静かに眠ってた。りんごの親に連絡されて、急いで行ったのに間に合わなかった。
しばらく泣いてると、りんごの親から一冊のノートを渡された。それが、りんごにもらって欲しいと言われたノートだって事はすぐに分かった。そのノートを見て、俺は泣いた。
りんごの葬式は、もう何年も前に終わってて、俺はもうすぐ三十になる。『幸せに、なってね。』ノートに書いてあった最後のりんごのお願いも、後一週間くらいで叶えられる。その前にもう一度ノートを読んでいたんだ。
「あれからもう、何年も経つんだな・・・」
ポツリと呟いても、誰も応えてはくれない。目を閉じると、今でもりんごの笑顔が浮かんでくる。いつの間にか溢れてきた涙を拭う。
「俺、本当にこれで、良かったのかな?」
今の相手はすごく好きだし、りんごと同じくらい大切だ。でも、未だに悩む。
『大丈夫だよ。』
「え?」
応える声があった。周りを見回しても誰もいない。でも、その声は、俺が待ち望んでいたんだ。
「・・・りんご?」
もう、応えてはくれなかった。でも、なんて言われるか、なんとなく分かった。
「・・・ありがとう、りんご。」
そう言って出掛ける準備をする。今日はこれから彼女とデートなんだ。
ノートは引き出しにしまって家を出る。風に乗って最後に声が聞こえた。
『ありがとう、私のお願いを、夢を叶えてくれて・・・』
ちょっと切ない二人の物語 雪野 ゆずり @yuzuri
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