ゴールデンウィークは修羅場から

告井 凪

ゴールデンウィークは修羅場から


「今日はわたしと映画観に行くって約束してた!」

「私とデートの約束が先です」

「えぇ? 映画の話したの先週よ?」

「私もです。先週のいつですか?」

「んー、月曜だったかな。そっちは?」

「うっ……木曜日です。でもっ、普通私の方が優先だよね? 浩助こうすけ君」

「そんなことない! 先に約束したわたしが優先! なぁ? 浩助」

「二人とも、落ち着いてくれ……」


 四月二九日、ゴールデンウィーク初日。場所は我が家のリビング。

 俺はソファで二人の女性に挟まれ、修羅場を迎えていた。


 ――どうしてこうなった?

 言いそうになるのを堪える。口が裂けても言えない。

 映画を観に行くのを明日だと勘違いして、デートの約束をしてしまった俺が完全に悪い。

 しかし……。


「なぁ浩助、映画間に合わなくなるぞ。早く行こうよ」


 まず、映画を観るの約束をしていたのは椎崎しいざき織絵おりえ

 ショートカットのボーイッシュな女の子。

 彼女は物心ついた時にはすでに側にいて、俺の一番の理解者でもある。

 それは俺の方も同じで、織絵はこういう面倒な展開は嫌いだと知っていた。なのに今日はやけに食い下がってくる。

 ……その理由がまったくわからないほど、俺も鈍くはないが。


「ダメです! 私は……浩助君とお付き合いをしているんです。私が優先されるべきだと思います。そうだよね、浩助君」


 デートの約束をしていたのは、本條ほんじょう柚香ゆずか

 髪が長く、後ろで左右に分けて三つ編みにしている。背が低くとても可愛らしい女の子。

 彼女の言う通り、俺が付き合っているのは柚香だ。二股なんてかけていない。恋人は柚香一人。

 本当なら柚香の主張通り、俺は彼女を優先するべきなんだと思う。

 だけど……どうしても、織絵との約束も無下にできない。


「柚香ちゃーん? デートって、どこに行くつもりだったの?」

「つもりだった、じゃなくてこれから行くんです。……美術館ですけど?」

「美術館って……高校二年生なんだから、もっと楽しそうなとこにしなさいよ」

「なっ……! それは! ……浩助君が行こうって誘ってくれたんです」

「あぁなるほどね。バカねぇ浩助」

「え?! 俺? デートに美術館って鉄板じゃないの?」

「カラオケでも、なんでもいいじゃない。なんで美術館なの」

「そういうのは友だちとよく行くし……。柚香、美術館好きかなって」

「ふーん? どうなの、柚香ちゃん」

「えっ。私は……。その、浩助君となら、どこでも……」

「うわー。その程度? 浩助、やっぱ映画いこ! ね!」


 ぐいっと、織絵が俺の左腕を引っ張る。


「えっ、なんでそうなるんですか! 浩助君、デートですよね、織絵さんは置いて早く行きましょう!」


 反対、柚香が右腕をぐいっと引っ張る。

 なんだこれ、大岡裁き?


「どこでもいいなんて、どうでもいいと同じことよねー」


 織絵はさらにぐいっと引っ張って、俺の左腕に抱きつく。


「ちょっとなにして……! どうでもよくなんかないです! 浩助君から離れてください!」


 柚香は一瞬躊躇ったが、目を瞑って勢いよく俺の右腕に抱きついた。

 そして織絵以上に強く引っ張る。


「ちょっと、柚香? 織絵も放して」

「浩助君は黙って! 私とデートに行くんです!」

「そうよ黙ってなさい! わたしと映画を観に行くの!」

「なんで彼女でもないのに、浩助君と映画なんて行くんです!」

「いいでしょー。約束してたんだし。わたしと浩助って趣味合うのよ」

「そうだとしても、彼女は私! 織絵さんは諦めてください!」

「やだよーだ。彼女だからなに? わたしの方が浩助のことよく知ってるんだからね」

「むっ! だからなんです? 私は恋人ですよ? これからなんでも知っていくんです。確かに浩助君は私のことまだまだ全然わかってないみたいですけど、それでもいいんです!」

「なっにぃ……! 言うじゃない。知ってる? こいつホラー映画とかダメなの。血がドバって出る系が特に。貧血で倒れたこともあるんだから」

「えっ、意外……。ってやめてください! 本人以外からそんな話聞きたくないですー!」

「やめろ、二人ともやめてくれ……」


 どうしてこうなった。

 この状況、自分が悪いとわかっていても、そう言いたくなってしまう。


 それに……柚香。なんか、いつもと感じが違う。

 手を繋ぐのすら恥ずかしがるような子だったのに、腕に抱きつくなんて。


 彼女と付き合い始めたのは、二ヶ月ほど前。

 三月の初め、学年が上がる前に告白をされた。

 あの時、織絵のことが頭を掠めたけれど、俺は付き合おうと返事をしたのだ。



                  *



「私、浩助君のことが好きなんです」


 友だち連中とカラオケに行った帰りだった。

 その日は俺の誕生日で、友だちが「祝ってやるよ」と教室にいた何人かに声かけてくれて、男女合わせて一〇人ちょい集まっていた。

 そこに柚香もいて、話があるからと解散後に連れ出され、人気のない公園で告白をされたのだ。


 柚香とは約一年間同じ教室で過ごして、普通に話すことはあっても遊びに行くのは今回が初めてだった。特別仲が良かったわけではない。だから俺は聞き返した。


「あ、あり、ありがとうっ。でも俺のどこが? いつから?」


 思い出す度に転げ回りたくなるほど恥ずかしい、挙動不審ぶりだ。告白なんて初めてされたからテンパっていた。


「前から……いいなって思ってて。ほら、覚えてないかな。随分前だけど、私が日直の時、黒板消すのに手が届かなくて、困ってたら代わりに消してくれたでしょ?」

「あぁー。うん、覚えてるよ」


 これはまだ柚香に話していないことだが、実は俺も柚香のことが気になっていた。

 大人しくて可愛らしい三つ編みの女の子。カワイイ子だなって気になっていたからこそ、困っているのに気付けた。話しかけるチャンスだと思って助けたのだ。

 俺が覚えていると答えると、柚香は少し安心した顔になる。


「よかった。でも、その時に好きになったわけじゃなくて。優しい人だなって。……でもそれから気になるようになって、浩助君のこと目で追うようになった」


 確かに目が合うことが何度かあった。お互い追っていれば当然そうなる。


「さっき、他のクラスの子とデュエットしてたよね? 見てたら、もやもやして……。隣りに座れた時は、ドキドキしたの」


 デュエットの相手は織絵だ。二年に上がってからは三人とも同じクラスになったが、一年の時は織絵だけ違うクラスだった。柚香は織絵のことを知らなかったらしい。


「それで私、気付いたの。ずっと気になっていたけど、いつの間にか好きになっていたんだって。だから」

「本條さん……」


 この時になってようやく、そこまで話させてしまったことを申し訳なく思った。

 友だちはそれを知るのは当たり前のことだと言っていたけど、告白するだけでかなり勇気が必要だったことを考えると、やはりすまなく思う。

 ましてや柚香みたいな大人しい女の子。一大決心だったに違いない。


「私と付き合ってください、浩助君」


 頭を下げる柚香。俺は一瞬、答えに詰まる。

 さっきも言ったように、俺だって柚香のことが気になっていた。

 告白をされて嬉しい。


 頭を過ぎるのは、柚香とは正反対なボーイッシュな女の子。


 俺は気付かれないように首を振り、柚香の肩をぽんと叩いて顔を上げさせる。


「うん、ありがとう。俺でよければ、付き合って欲しい」

「浩助君……!」


 ドサァッ!!


 瞬間、後ろからなにかが倒れる音がして、俺は死ぬほど驚いて振り返った。

 そこには、何故か地面に倒れている友人と、後ろの植え込みに両手を前に突きだした状態であんぐり口を開けた織絵がいた。



                  *



 ……告白、見られてたんだよなぁ。

 カラオケ解散直後に、二人で抜け出したらそりゃ変に思われる。

 見に来たのは祐司ゆうじという友だちで、カラオケを企画してくれたのが彼だった。織絵と一緒に追いかけて来たそうだ。

 ちなみに夜に祐司から電話があり、リア充とか裏切り者とか切腹しろとか散々言われたが、なんだかんだで相談にも乗ってくれる良いヤツではある。



 さて、柚香の告白のことを思い出していたわけだが……。


「浩助って女の子に清純さを求め過ぎなのよねー」

「そんなのは付き合い始めてよーく思い知りました! 浩助君の悪口言わないでください!」

「……あの、柚香? 織絵も変なこと言わないでくれる?」


 二人の言い争いは続いていた。

 清純さを求め過ぎって……俺としては普通のつもりなんだけどな。


「本当のことを言ってるだけじゃない。苦労するよ? 浩助と付き合うと」

「だからっ、私は別に……構わないです!」

「へぇ~? 浩助に合わせるからいいってこと? わたしならそんなことしないなぁ」

「……っ! お、織絵さんっ……!!」


 柚香の雰囲気がいつもと違う。

 それはもちろん、織絵がしつこいくらい突っかかって行くからだろう。

 だが……。


 バンッ!


 テーブルを勢いよく叩いて立ち上がった柚香を見て、俺はビクッとソファから足を上げ、空いた右手で抱え込んでしまった。


「いい加減にしてよっ! もう、なんなのさっきから!」


 ブチ切れた。柚香は三つ編みを留めていたゴムを外して解いてしまう。ぶわっと広がった髪が、怒りで舞い上がったかのようだ。


 ……解いたとこ初めて見たな。ぼんやりとそんなことを思う。


「付き合ってるのは私なの! 織絵さんは自重して!」

「やだよー。先に約束をしてたわたしが優先されるのは当然じゃない」

「そこは譲ってよ! いいいじゃない、どうせ、どうせ織絵さんは――!」


 柚香は織絵を睨みんだまま、ビシッと俺を指さす。



「――浩助君といつでも一緒にいられるんだからー!!」



 しんとするリビング。

 柚香の言いたいことはわかる。俺と織絵の関係は――



「ねぇ、さっきからなにしてるの?」



 そこへリビングに誰かが入ってきた。

 髪の長い小柄な少女。第三の女……ではない。一つ下の妹、真理亜まりあだ。


「えっ、あ、えっとこれはその……」


 柚香が顔を真っ赤にして慌てふためく。

 もちろん妹は柚香に言ったわけではない。


 真理亜は織絵の方を向き、僅かに目を細めた。



「もう一度聞くけど、なにしてるの? 



 さて、改めて――俺と織絵の関係についてだが。


 織絵は実の姉だ。


 双子ではない。織絵が四月生まれ、俺が翌年の三月生まれで、同学年になってしまったのだ。

 同学年なのにお姉ちゃんと呼ぶのが恥ずかしく、小学校くらいから織絵のことは名前で呼ぶようになった。周りにもなるべく名前で呼ぶようにしてもらっている。椎崎姉とか弟で区別されるのがイヤだったから。



 織絵は頬を膨らませて真理亜を睨んだ。


「なにって、見ての通りよ。カワイイカワイイ浩助をどこの馬の骨ともわからない女にやるわけにはいかないの」


 俺と真理亜は、同時にため息をついた。

 昔からこうだった。織絵は俺にべったりで、過剰に可愛がろうとする。

 彼女ができれば過保護な姉がこうなるのはわかっていたが、ここまで柚香に突っかかるのは予想の範囲外だ。


「……ほどほどにね。お兄ちゃん。またゲーム借りていい?」

「ああ、部屋にあるから持っていって」

「うん。そう言うと思って、もう持っていった。ありがとう」


 真理亜はそう言うと、柚香にぺこりと頭を下げて、リビングを出て行った。

 ちなみに柚香には織絵のことも真理亜のことも、付き合ってすぐに説明済み。今初めて知ったわけではないし、真理亜とも初対面ではないんだけど、柚香は顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしていた。

 俺の視線に気付くと、ハッとしてしずしずソファに座り直す。

 すると織絵もようやく俺の腕を放した。


「それで、なんだっけ? 柚香ちゃん」

「……ッ! そうです! 織絵さんは浩助君と一緒に住んでるんだから、一日くらい譲ってくださいよ!」

「あらら。やっと敬語消えたと思ったのに、戻っちゃった」

「あっ……あれは、その……つい」


 同学年なのに、柚香は織絵に対して敬語だった。姉だと説明してしまったからか、どうしても敬語になってしまうらしい。


「別に敬語なんていらないわよ。ね、ひとんちのリビングでブチ切れた柚香ちゃん?」

「ぶ、ブチ切れてないです! 切れてなんか、いない、です!!」

「はいはい。どう、浩助。驚いた?」

「まぁ……うん。驚いたけど」

「うぅぅ……浩助君、わすれて……」

「忘れろって言われても……」

「ダメよ、忘れちゃ」


 織絵がぴしゃりと遮る。


「もうさー、ブチ切れついでに言っちゃいなよ。ほんとは美術館なんて行きたくないでしょ?」

「……えっ、そうなの?」

「あぁぁ……もう。織絵さんってば。うん、美術館はちょっと……興味ないかも」

「ぐはっ……マジ、か……」

「ほらね? わたしの言った通りでしょ」


 俺はショックと恥ずかしさでテーブルに突っ伏した。

 美術館は鉄板だと思ってたのに。


「ほら、早くどこ行くか二人で話し合いなさい。柚香ちゃんも、ちゃんと自分の意見を言いなさいよ?」


 織絵はソファから立ち上がり、リビングを出て行こうとする。

 俺は慌てて呼び止めた。


「織絵? 待ってよ、映画は」

「明日でいいわよ。……浩助、もっとちゃんと柚香ちゃんを見てあげなさい」

「柚香を……」


 言われて、俺は柚香を見る。

 柚香は驚いて、顔を真っ赤にして顔を逸らそうとして――まっすぐ、俺の視線を受け止めた。


「柚香ちゃんはね、あんたのこと好きだって気付いたら、すぐに告白しちゃうような女の子なのよ?」

「あっ……」

「あ、あれはその、自分の気持ちに気付いたら、止まれなくなっちゃって。織絵さんがお姉さんだって知らなかったし、取られたら嫌だなって」


 どうやら本当に、俺は柚香のことがわかってなかったみたいだ。

 本條柚香という女の子は、俺が抱いていた印象とはまったく違って、積極的で思い切りが良くて、織絵にも負けない強さを持つ――魅力的な女の子だった。


「それじゃ、あとは仲良く――ちょっとくらいケンカもしなさい」


 織絵は手をひらひらと振って、今度こそリビングを出て行こうとする。


「織絵さん! 待って!」

「ん~? まだなにかある? 柚香ちゃん」

「映画、見に行こうよ。これから三人で!」

「へ? 映画? わたしも?」

「ゆ、柚香? ……いいのか?」

「うん。浩助君、お姉さんとの約束守りたいんでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「柚香ちゃん、本当にいいの?」

「もちろん。浩助君、私のことも織絵さんのことも……まだまだわかってないみたいだから。教えてあげなきゃ」

「んん? それどういう意味だ? 柚香」


 俺は首を傾げる。

 柚香のことは、まだ知らないことが多いとわかった。でも織絵のことはわかっている。


 だけど織絵は、大きな笑い声で応えた。


「あっはっはっは! いいね、柚香ちゃん! よし行こう! 浩助には黙ってたけど観に行こうとしてたのホラー映画だから」

「えっ、嘘だろ? ……柚香、ホラーは」

「あははっ、よかった! 私、実はホラー好きなの。付き合ってくれるよね? 浩助君」

「お……おう……」


 これは大変なことになった。

 初めは険悪だった二人なのに……よくわからないが、意気投合している。


「……あ、浩助君。明日はちゃんと、二人っきりでデートしてね?」


 ゴールデンウィークは忙しくなりそうだった。

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