時の漸減

時の漸減

　すべての事象には、残り時間がある

　あらゆる物事は、必ず終わる

　どんなに苦しい事も

　どんなに楽しい事も

　必ず終わるに違いない

　永遠に流れてゆくというよりも

　永遠とは、きっとないのだろう

　あなたはには、残り時間の音が聞こえますか？

　モーツアルト氏には、確実に聞こえていたに違いないと、ぼくは思う

　ピアノ協奏曲K.488の第二楽章

　その終末近くに

　自分という事象の残り時間を、うっかり聞いてしまった

　その音が記されているから

　それは、おそらく

　天才以外には、けっして聞こえないような音なのだろうけれど

　６０歳のシベリウス氏は、「タピオラ」の終わりに

　すべての終末のピツィカートを鳴らした

　彼はそのあとまだ三十年生きたが

　それでも、終末はきちんと訪れた

　あの音は、あらゆる事象の終末の音ではないだろうか

　あなたには、残り時間の音が聞こえますか？

　それは、実は全ての生き物が、それと気づかないうちに、たぶん聞いている。

　あなたの心臓の鼓動の音

　あなたの、美しい寝息の音

　風の音

　水の音

　地球の音

　宇宙の音

　そこには、僕のような天下公認の凡人にだって

　聞こえる音がある

　そう、

　なぜかこのごろは、どこか怪しい音が聞こえていないだろうか？

　それらの美しい音が、どうか、あすにも終わらないようにと

　ぼくは願う

　自分の残り時間の音を、深夜、静かに聞きながら

　そう、願うのです。