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ぼくが将来について考えるようになったのは、伊吹が夢を見つけてからだった。
「わたし、映画監督になろうと思う」
あれは小学六年生の四月頃だろうか。桜が咲いていたような記憶がある。修学旅行の後だとしたら冬だが、セミが鳴いていたかも知れない。雨は降っていなかったはずだ。駅前のコンビニで、駄菓子を食べながら話していた。
時期は曖昧だが、うまい棒のたこやき味を食べていたのは間違いない。ぼくはたこ焼き味が好きで、彼女はコーンポタージュだった。
「コンポタが一番に決まってるじゃん、センスないんじゃないの」と彼女が煽るから、むきになってたこやき味を二十本買った。月のお小遣いが八百円のぼくには手痛い出費だった。熱田はカニパンを無心にかじっていた。
「こんなに映画みてる人ってまわりにいないし。おもしろそうな映画いっぱい思いつくから、なれると思うんだよね」
伊吹は自信満々に将来の夢を語った。彼女はいつだって自信に満ち溢れていた。自分の中に大きな力が眠っていると、いつも信じているような女だった。
「すごい」熱田が関心したようにつぶやいた。熱田らしい感想だ。すごい、やばい。
「すごいな。もう大人になったらやること決めたんだ。それならおれ俳優になろっかなー。ヒカルの映画におれと太陽も出してよ」
「勝手に決めんな。おれは俳優になんかならない」ぼくが口を挟むと、「じゃあ何になるの?」と、伊吹が言った。
「まさかなんにも考えてないわけないよねー。わたしたちもうすぐ中学生だよ」
「当たり前だろ。おれだって将来、やることは決めてるんだ」
伊吹には言い返したが、将来なんて想像すらしていなかった。偉そうにぼくに言う伊吹だって、ただ将来なりたい職業を口にしただけだ。小学五年生の彼女にとって『将来を考える』とは漠然と未来を思い描く程度のことだろうが、ぼくはそれすらしていなかった。
「なら言ってよ。わたしが映画監督で熱田が俳優になって、太田はどうすんの?」
「お前には教えてやらねえ」意地を張って、ぼくはそう答えた。
「え、じゃあおれには教えてよ」
「ダメだよ。お前、伊吹に言うじゃん」
「そりゃ言うよ。決まってるだろ」
「だからダメなんだよ」
ずいぶんしつこく、教えろ聞かせろと迫られた記憶がある。当然、ぼくは何も答えなかった。
答えられる夢なんて一つもなくて、大人になった時なんて何も想像できない。
その日からぼくは、将来を漠然と考えるようになった。
でも具体的なビジョンは何もなくて、きっと大人になっても三人で遊んでいるのだろうと思っていた。
将来を正しく把握するのは大人にだって難しい。まだ子供だったぼくが、見当違いの未来を考えていたとしても仕方がない。
今にして思えば、当然だ。
ずっと一緒に居られるはずはない。いつか大人になるのだから。
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