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ぼくたち三人は頻繁に遊ぶようになった。
何をする時も、熱田はぼくと伊吹を誘ってから他のクラスメイトに声をかける。ぼくが一緒だと他の誰も誘いに乗らないから、いつの間にか三人で居るのが当たり前になった。
三人でキャッチボールをしたり、近所の森林公園を冒険したり、電車で遠出をしてみたり。
普通の友達同士がやるような色々な遊びをした。ゲームをやるのも盛り上がった。女子はゲームなんか興味がないものとばかり思っていたけど、伊吹は何のゲームをやってもそれなりに上手かった。
もちろん、ぼくは伊吹よりもうまかった。対戦で圧勝しては、ボロクソに煽ってやった。伊吹は顔を真っ赤にして、ぼくに勝つまで再戦を挑んでくる。しつこい上に諦めが悪いから、いつもぼくが「飽きた」と言ってコントローラーを離すまで対戦をしていた。
夏休みに入ると、以前に観た映画のレンタルが始まった。熱田の部屋にはビデオデッキがあったから、レンタルして三人で観た。ぼくと伊吹はどちらがより深く映画を理解しているか、競うように感想を言い合った。熱田は内容には触れず、「やばい」「すごい」とばかり言う。それが熱田の褒め言葉なのだ。
その頃から月に二回、三人で映画を観る日を決めていた。たしか、伊吹が言い出したのだと思う。一緒に映画館に行ってから、伊吹はすっかり映画の虜になっていた。
毎週金曜にテレビで映画を放送していたから、熱田が二週分を録画する。土曜日の授業が終わると(ぼくらが小学生の時は第二、第四土曜日だけが休みだった)熱田の部屋に集まって映画鑑賞会を始めた。
ぼくはファンタジーとSF映画に夢中になった。伊吹はサスペンスやミステリーが好きで、熱田は何を観ても面白いと言って笑った。あいつの口にする感想はいつも「やばい」「すごい」だ。何かに感動してそれを褒める時、熱田は二つの言葉しか使わなかった。思ったことを思ったまま口にする男だから、他に何も出てこないのだろう。
感動巨編では三人で号泣し、コメディでは腹を抱えて笑い、ホラーを観ては悲鳴をあげた。映画を堪能したあとは、満足いくまで感想を話し合った。
以前のぼくはいつもうつむいて、眉間にシワを寄せて怒ったフリばかりしている陰気な少年だった。三人で遊ぶようになってからは明るくなり、笑うことが増えたと思う。
相変わらず伊吹をライバル視していたが、敵対のような関係ではなくなった。彼女に殴られる回数も減った。
熱田真一、伊吹光、太田陽介。熱と光と太陽の三人組。
くだらない言葉遊びがぼくたちの絆を深めた。ゲームや子供向けアニメに出て来る、選ばれた仲間だ。他に友達ができたとしても、ぼくたち三人の仲には決して入れない。この世界にはぼくたち三人と、それ以外の全てがあるだけだ。
幼い絆に酔いしれていたある時、伊吹が他の女子に疎まれていることを知った。 五年生に上がり、六年生になる頃には、伊吹はクラスでぼくか熱田としか話さなくなっていた。ぼくらの小学校にはクラスが二つしかなかったから、クラス替えをしても大半の顔ぶれは変わらない。
だからおかしいと感じた。以前は伊吹と仲良くしていた女子の連中が、誰も伊吹と話さなくなっていた。
最初は有り得ないと思った。
彼女は正義のヒロイン伊吹光だ。友達も多く誰からも好かれていた彼女が、嫌われているなんて信じられない。
だが間違いなく彼女はクラスで孤立していた。昔のぼくと同じように。
「お前いじめられてんのかよ」と、ぼくは冗談交じりに伊吹に聞いた。そうしたら久々にパンチ(二発)されたから、これはいよいよ本格的に気のせいではないと悟った。
クラスメイト共通の敵だったぼくが大人しくなって、正義のヒロインであった彼女の存在理由が薄れてしまったのだろうか。伊吹は気が強く、遠慮せずものを言う。他の子にもぼくと同じように接して、無自覚に傷付けてしまったのかも知れない。伊吹の名前と一緒に「うざい」とか「調子にのってる」などと女子が口にしていた。はっきりとした要因はわからない。彼女は友人を失っていた。
たとえばクラスに悪党がいて、そいつが伊吹に危害を加えているのなら、ぼくは絶対に許さなかっただろう。
だけど目に見えない、空気のように蔓延する悪意にはどう立ち向かえばいい? 伊吹を苦しめていたのは身を切るような冷たい風、誰からも相手にされない疎外感だ。彼女を助けようにも、ぼくらには敵の正体がまるで掴めなかった。
「ほっとけるかよ。おれたち仲間だろ」
熱田はそんな風に言って怒った。ぼくも同じ気持ちだ。だけど、どうするべきなのかわからない。
「とにかく伊吹を守ろう」
熱田とぼくはそれだけを考えていた。何が正解かわからなくても、なるべく彼女と一緒にいる。教室でも彼女が一人にならないようにしたし、放課後はもちろん一緒にいた。伊吹に孤独を感じさせない。それだけはぼくらにもできる。
ひょっとしたら、男子であるぼくたちと親しかった為に女子の反感を買ったのかも知れない。あの頃は気付きもしなかったが、守っているつもりで伊吹を追いつめていたのかも知れない。
普段は三人で遊べば良いが、授業で男女のグループに分かれる時が辛かった。修学旅行の班決めで、女子のグループのどこにも入れず伊吹だけが余っていた。
だけど伊吹は、クラスメイトから冷たく扱われたからと言ってメソメソ泣くような女子ではない。
「どこかの班にいれてもらいなさい」
伊吹の置かれた状況を理解せず、担任の教師が言った。
「一人で十分です。子供じゃないんですから」
彼女は強気に言い返した。
何を言われても頑として受け入れず、他の女子に「仲間に入れて」などと決して口にしなかった。嫌われているならそれでいい。卑屈になるような真似はしない。 彼女は頑固だった。
結局は担任教師が折れて、彼女は人数の少ない班に勝手に入れられた。
「なあ、太陽」
あの時もそう言って、熱田はそっとぼくに耳打ちした。熱田の悪巧みに、ぼくは一も二もなく賛成した。
修学旅行で京都に行った時、ぼくらは班行動中にこっそりと消えた。バレないようにグループからはぐれて、伊吹と合流する。三人だけで勝手に歩き回って、どこにもたどり着けず迷子になった。観光地らしいところには一ヶ所も行かず、碁盤の目のように整理された京都の街で迷子になった。
バカみたいだと思ったけど、楽しくて仕方なかった。ファーストフードで休んでいたところを担任に見つかって、めちゃくちゃ怒られた。両親にも連絡が行って、しばらく熱田の家に通うのを禁止されたほどだ。
一生分かと思うほど怒られたが、ぼくは満足していた。その一件が、ぼくたち三人の関係を盤石にした。
あの時のぼくらは、間違いなく堅い友情で結ばれていた。
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