小さな冒険譚

綴り屋

願い

今日も工房には鉄を鍛える音が響く。


やや村から離れた丘の上にあるにもかかわらず彼の工房には顔見知りの冒険者が顔を出す。


「爺さん! また頼むよ!」


そう言って入ってきたのは古い付き合いの冒険者だ。


声で誰なのかすぐにわかる。


「なんじゃ。 またお前か、この間来たばかりじゃろう!」


鉄を打つ手を休めずに鍛冶屋は言った。


「この間って1ヶ月前だぜ」


「ばかもん! わしが打ったもんが1ヶ月で痛むわけないじゃろ!」


「ああ、爺さんの言う通りに1ヶ月くらいで打ち直しが必要ないのはわかってるよ」


ジュッ!


打っていた剣先を水に浸した勢いで水蒸気が吹き上がる。


「じゃあ何じゃ!」


剣の出来映えを確かめながら聞き返した。


冒険者は近くの椅子に腰掛けると背負っていた荷物袋を床に置いた。


置いた時の音でそれが何であるかすぐにわかった。


「新打か……」


全く新しく何かを造ることだ。


冒険者は袋の口を開けて中身を取り出した。


出てきたのは鉄鉱石だ。


「親バカで恥ずかしいんだが、息子が今度北の遠征に選ばれてね。 あのカメル山脈を越えなきゃいけなくなっちまったんだよ」


「カメル山脈? あそこはモンスターの巣みたいな所じゃ。 やめとけ死にに行くようなもんじゃ」


「俺もそう言ったんだが、ガンとしてやめねぇって言うのさ……」


「それを止めるのが親じゃろうが」


冒険者は頭をかきながら


「誰に似たのかねぇ……」


申し訳なさそうに口にした。


「で、何を何時までに打てばいいんじゃ」


「悪いね。 代金ははずむから良いのたのむよ」


「ばかもん! 金で打ち方を変えるようなそんな仕事はせんわい!!」


「わかってるよ爺さん。 だがな言っただろ親バカだって、少しでもアイツが生き残る可能性が高くなるなら何でもしてやりてぇじゃないか……」


鍛冶屋は冒険者の前まで来ると右手で冒険者の肩を叩いた。


「……。 全身全霊で打ってやる。 しかし、生き残るには剣や鎧の良し悪しだけじゃねぇ。 どれだけ生きる気持ちが強えぇかが大事だ」


「爺さん……」


鍛冶屋は袋の鉱石を手に取ると


「鎧は着なれた物がいい、打ち直してやるから持ってこい。 剣と盾だけ新打ちしてやる。 2日待て」


鍛冶屋は袋を背負うと火が燃える釜の近くまで行き腰掛けた。


「わしはなぁ、剣を、鎧を、叩きながらいつも思うんじゃ。 この剣が何度折れてもええ。 鎧が何度痛んでもええ。 これを身に付けたもんが生きてさえおればそれでええ」


「爺さん……」


「剣や鎧なんぞ何度でも直してやれる。 だがな、命だけは誰も治すことはできん」


冒険者は椅子から降りると床に頭を擦り付けた。


「ばかなことしとらずに、さっさと鎧を持ってこんか! 時間が勿体ないわ!」


冒険者は起き上がると戸口に歩きだした。


その背に向かい一言。


「息子が帰って来たら、挨拶に来させい。 必ずじゃぞ、待っとるからと伝えい」


冒険者は振り向かず頭だけ下げて出ていった。


「親バカか……わしにとってはここに来る全員が子のようなもんじゃわ」


鉄鉱石をグッと掴むと勢いよく炉に投げ入れた。

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