第10話 密やかなる陰謀

 柊国しゅうこく王都、毛里もうり――。

 梓季しき釣挑ちょうちょうが王都に着いたのは、こうを出立してから四日後のことだった。

 人目を忍ぶためにせいを経由せず、西方の白山はくざんを抜けて北上したのだが、風が冷たく雪も溶けきっていない地方のために想定より時間がかかっていた。


 釣挑を外に待たせ、梓季が石造りの王宮、爪城そうじょうに足を踏みいれたのは昼を過ぎた頃で、玉座で横になり美麗な妾の膝を枕にしていた柊王十乾しゅうおうとけんは、昼寝を邪魔されたという理由でひどく不機嫌だった。

 梗王の書簡を妾に持たせて、寝転びながらそれを読んでいる姿は、とてもではないが客人を前にして王がとる態度とは思えない。しかし周りの者は何もいわず、それどころか五指先を合わせ礼節をとっている梓季に向かって悪態をついている者もいた。


 もともと山の狩人であった部族が、たまたま掘り当てた鉱石のおかげで剛強な武具と莫大な財を得て成りあがった国家である。力と財こそが国を強くするという風潮があるため、礼節、品位などは二の次であるようだった。

「ふん、くだらんことを」

 柊王は妾の持っていた書簡を手で払いのけた。

 初老で細身の体をしているが、その雰囲気たるや、獲物を前にした獣のような獰猛さを漂わせている。

「早い話が、わしらが動くと、ぬしらが南方の羊どもに喰われるから困るということであろう」

「名君を御前にして隠し立てはできませぬようで。誠にもってその通りでございます」

 涼しい声で答えた梓季ではあったが、内心は柊王の頭のきれに面倒なものを感じていた。どうやら戦に関しては非常に厳格であるというのは本当のことらしい。

 

 下手な虚栄や隠し立ては通用しないと見た梓季は、切り口を変え、

「しかしながら柊王様に置かれましては、何よりも国益を重んじる御方であるとお聞きしております。もし我が主の意向を汲んでくださるのであれば、貴国が宿敵である丹国たんこくとの戦のおりには、後方より支援いたすことをお約束します」

 柊王は梓季を値踏みするように見たあと、声をあげて笑いはじめた。

「また大きくでものだ。まぁよい、どのみち亥丹いたん(丹国軍の呼称)のやつらを相手するのに忙しいゆえ、ぬしらに構ってる暇などない」

「ありがたきお言葉、感謝いたします」

 梓季はそう言うと、傍らに置いていた葛籠つづらを柊王へ献上した。


「なんだこれは」

 柊王が妾に箱をあけさせると、中からぎっしりと詰めこまれた純白の小さな玉が姿をあらわした。その光沢たるや、光に反射して輝きを放っているほどだった。

「梗国自慢の絹玉糖けんぎょくとうでございます。何卒、お納めいただきとうございます」

「ふん、食い物か。こういうものに手間をかけるとは、梗もよほど暇を持て余していると見える」

 そう言って柊王は一粒口にしようとしたのだが、

「大王、お待ちを」

 側らにいた配下が制した。

 食べるのをやめた柊王は、しばらく指で粒をころころさせて眺めたあと、横にいた妾の口にそれを押しこんだ。

 とつぜんのことに驚いた妾であったが、味の広がりを感じとったのか顔をうっとりとさせ、

「まぁ、おいしゅうございます」

 と、甘い声をあげた。

 柊王の顔に興味の色がういた。


長葉ながばでとれる糖を炉で溶かし、独自の技術により作りあげました。つい先日も犀国せいこく知来ちき太子様に献上したところ、たいそうお喜びになられたようで」

「なるほど、確かに美味であるな」

 一粒を口に放りこんだ柊王の顔を、梓季はじっと見つめた。

「なかなかに良い品であった。骨を休めてから帰国するがよい」

 梓季は深く礼をし、爪城をあとにした。

 

 外に出て釣挑と合流すると、とりあえず道沿いにある茶屋へ入った。

「では、柊は白であると」

「そのようですね。少なくとも柊王は、太子のことなど知らぬようでした」

「他の者が独断で行ったという可能性は……」

「それも低いと見てよいでしょう。丹との火種はまだ消えていないので、犀を敵にするようなことを部下が行うとも思えません」

 

 ふたりが内容を整理していると、

「ああ、ここにいましたか」

 と、ひとりの男が声をかけてきた。

 先ほど柊王の側らにいて、王が絹玉糖を食そうとしたのを制した男だった。

 歳の頃は四〇前後で、腹がでており頬の肉付きもよい。男は自分のことを徐剛じょごうと名乗り、柊王のぶしつけな応対を詫びた。

「なにぶん荒くれ者を束ねておりますゆえ、つい横暴な態度になりがちですが、決して貴殿を軽視しているわけではござらぬ。どうか気を悪くなさらぬよう」

「いえ、柊王は真に意気高く、率直な方だと思いました。この国は強くなるでしょう」

 梓季の言葉に徐剛はひどく感銘し、ぜひ今晩、屋敷に泊まっていただきたいと申しでた。

「じつは、あなた様のことは前々から耳にしておりました。いつかは直に会って兵法を学びたいと思い、ひそかに梗へ行くことを考えていたほどです。お急ぎでないのなら、どうか」

「お心遣い、まことに恐れ入ります。ですが、どうしても早急に戻らねばならぬ身ゆえ。なにとぞご了承願いたく」

 梓季は相手の目をじっと見つめながら言った。

 徐剛は自分の額を手で叩くと、ひどく残念そうな声をあげた。

「それは残念でなりません、ではまたの折に必ず」

 そう言うと、徐剛はいそいそと戻っていった。


「陽が沈む前に、できるだけ離れた方がよさそうですね」

 梓季は言った。

「来ますか」

「おそらく」

「柊王……食えぬ男ですね」

「いえ、柊王は我々のことなど関心もないようでした。食えぬのは、あの男です」

 徐剛が去った方を見ながら、梓季は言った。

 

 事実、徐剛は宮廷に戻るとすぐに配下を呼びつけ、

「あの者は柊にとって脅威となろう。ここで詰んでおいた方がよい」

 と画策をはじめていた。徐剛が梓季のことを知っていたのは本当のことで、軍才に長けていることも認めていた。その男が、まさか使者として柊を訪れるなど思いもよらず、これを逃す手はないと考えていたのである。

「ですが、あの者は大王の客人。そのようなことをすれば国の威信を傷つけるのでは」

「わかっておる。だからこうして策を考えているのではないか」

 徐剛は苛立った。いくら礼節を重んじない柊国であっても、客人を殺したとなれば批判は免れない。どうにかして柊の関与を匂わせずに殺す必要があった。

「暗殺に長けた者を集めますか」

「ならん。万が一にでも下手をうてば、我らがやったと気づかれてしまう。失敗しても足がつかずに、必ず成功させる者でなければ」

 かなり矛盾した要求に配下は頭を悩ませていたが、ふと思い出したように手を叩くと、

「徐剛どの、あの男を使えばよろしいのでは」

「あの男……?」

 片眉をあげて聞きかえした徐剛の顔が、次第に笑んでいった。

「おお……そうであったそうであった。こういう時のために生かしておいたのだったな。すっかり忘れておったわ。して、あれは今にどこにおったか」

「あの件より後、刺尾しびへ移送して牢に入れております」

「刺尾か……。よし、すぐに馬を走らせよ」

 徐剛は満足そうに自分の顎を撫でていた。

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