第2章

慶應4年11月 幕府軍の少年たち

 十一月九日、箱館港の運上所から複数のイギリス人とフランス人がぞろぞろと出ていった。

「英仏から交戦団体として認められなかったのは痛いな」

「ロッシュ公使が交代しなきゃ、俺たちに有利な決定がされたかもしれねぇのに」

「いや、それはどうだろう。本国の意向に背くような対応はロッシュ氏でも無理だよ。釜次郎さんが明日また、ユースデン氏と交渉するらしいから、それに期待するしかないね」

 運上所から五稜郭方面へ戻る途中、まだ幼さを残す二人の少年が先ほどまで行われていた会談を振り返った。

 後に応親と称することになる田島 金太郎きんたろうは横浜仏語伝習所でフランス語を習得し、幕府の精鋭部隊である伝習隊に入隊した。砲術士官である。

 少し頬のふっくらした金太郎とは対照的な、細身の凛々しい少年は林 董三郎とうさぶろう、変名を佐藤東三郎という。

 東三郎は英語の通訳を任されており、二人は十代後半ながら新政府に抵抗する幕府軍の外交に欠かせない役割を負っていた。

「いいよなぁ、おまえは英国に留学できてさ」

「そうだな。その点でも僕は徳川家に恩義を感じてるよ。じゃあ、僕はこれで。釜次郎さんとこでまだ仕事が残ってるから」

 榎本釜次郎は幕府海軍の副総裁で、北へ転戦した幕府軍の全体を取り仕切ってきた。実は東三郎の義理の兄でもある。

 洋行帰りのなせるわざか、東三郎は軽く片手を上げて颯爽と五稜郭の橋を渡っていく。

「ったく、相変わらず気取ってんなぁ」

 自分だって散々フランス人たちに囲まれて訓練したり語学学習に励んだりしてきたのに、どうも金太郎はフランス人のような洗練された振る舞いができなかった。カッコいいと思うのだが、真似できない。

 一度仕事に使った荷物を自室に置き、再び分厚いコートを着込んで外に出ると、金太郎は市街地に向かった。雪は降っていないが風は冷たい。

 市街地に入り、待ち合わせ場所に指定した洋食屋の中を覗うと、後ろからかばっと抱きつかれた。

「金ちゃーん、遅えよ。俺、腹減りすぎて死にそう」

「ごめん。おまえ、今日何してたんだよ?」

「銃の手入れ。あと、五稜郭ん中の改修工事の調整だな」

「ふーん、そっちはそっちで大変だな」

 金太郎の肩を抱きつつ洋食屋に入った佐々木 《はじめ》一は、メニューを見ずに適当に何品か注文した。一は洋装だが、金太郎と違ってまだ髷を結ったままである。

「あ、ビールも頼む! 佐々木、おまえも飲むか?」

「おうよ」

「じゃあ、二杯!」

「景気いいな」

「今日は久しぶりにガッツリ通訳して、頭はち切れそうなんだよ。俺はがんばった」

 金太郎と一が出会ったのは、今年の春、下総の市川という地だった。江戸城の明け渡しに不服従を決めた金太郎の上官である大鳥圭介率いる伝習隊と、一が属する新選組が合流したのが市川だ。

 互いに声を掛け合うようになったきっかけは忘れた。しかし、同じ戦闘目的を共有した仲間だという意識が少年たちを結びつけるには時間はかからなかった。

 大柄な一は見かけによらず軽いノリで、金太郎は一の自由気ままな性格を気に入っていたし、一は異国語を操る精鋭部隊の士官である金太郎に一目置いている。

 生まれも育ちも異なるが、二人は暇さえあればこうしてつるむ仲になり、士気を上げ合った。

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