軽率な散歩の出会い...もといプリン

金魚殿

第1話

物騒な日常に身を置いていると忘れがちだが、私はそれなりにお菓子作りが好きである。もちろん食べるのも好きだが、どうせなら自分好みの甘さのものを作りたいタイプである。

「薬剤の調合と、お菓子作りの分量って似てると思うのよね。」

独り言を聞く相手は定期健診でいない。たまにはお互いの時間を作るのは大切だと、病院へは一人で行くことにした彼女に少しさびしさを感じながら、無事に帰ってくることを祈る。通院しつつボディガード代わりの骨くん、蟷螂先生、おつきのナルちゃんがいるから大丈夫だろうけれど最近は何かと物騒だから、少し心配だ。

「さてと、お出かけしようかな。」

作り終わったプリンをいくつか籠に入れて身支度を整える。護身用に銃でも身に着けるべきなのだろうけど身軽にいきたいから何も持っていかない。

「みんなに手紙を残して…っと。よし。」

こうして私は軽い気持ちでお散歩に出かけたのだった。このあと、思わぬ出会いに見舞われるとも知らずに。

「どこ行こうかなぁ、あんまり適当に歩くと迷子になっちゃうし…。」

そんなことを呟きつつ歩いているとどこかで見たことのあるきがする女の子が横を走り去る。

「名前がないプリンを保護しただけだし、私は悪くない!」

なんだかたいそうご立腹のようで私なんか気にかけず足早にかけていく…。印象的なショートの髪、一度見たはずなのに思い出せないのは私の頭ゆえか、否か。そんなことを考えつつ女の子が走ってきたであろう方向へ足を進ませると、なんだかいかにも怪しそうなプレハブの建物があった。

「うーん、いかにもって感じー??でも虎穴に入らずんば虎子を得ずっていうし、いっちゃう?」

独り言が増えるのは緊張している証拠だと、どこか人事に考えながら足を踏み入れた。

「こんにちはー。」

無用心に開いたドアから侵入すると中は薄暗く、晴天の中にいた私の目はしっかりと像を結んでくれない。目を慣らしておくべきだったなぁ、と反省。次回があったら気をつけましょう。やっと目が慣れてきたところで部屋の奥のほうに大きな物体が動いたのがかろうじて見えた。

「おい、お前誰だ?」

攻撃こそ与えてこないが全身から迸る殺気が逃げる隙さえ与えてはくれない。万事休すとはこのことだ。

「あー、武装高校、自殺部隊の殿です。」

武装といった瞬間には掴まれた銃が言い切る頃には眼前に向けられる。結構間合いはあったはずなのに。

「武装高校、しかも自殺部隊となれば骨野郎のお礼に来たってところか??」

思わぬところで仲間の名前を聞く、なるほどこのあいだ骨君をグロテスクな状態に仕上げたのはこの見た目からして熊みたいなくまさんらしい。

「あ、いえ、そんな。骨君は仲間ですけど、私が勝てるなら骨君なんか片手で勝てるから、そういうのは全くないです。ただ、」

「ただ?」

薄暗い敵のアジトで、引き金に添えられた指は今すぐにでもひかれそうな中、自分でもこれ以上意味わからないことは言ったことないと思うし、いうこともないと思う。

「プリン…いかがかなぁ、なんて。」

「...はあ?」

はあ?ってそりゃなる。私だってなる。だって意味わかんないもん、いきなり懐に飛び込んできた敵組織の女が、プリンいかが?とかいうとか。むしろ、毒入り??って聞く。

「さっき、そこで女の子がプリンがどうたらこうたら言っていたので、もしかしてプリン好きなのかなぁ…なんて。」

そんな胸中とは裏腹に私のお口は饒舌に語りだす。さすがに死んだかなぁ、私。

ほら、相手の銃口下がってるし…?

「え?プリン?マジ?」

そう、相手の銃口は下がっている。それどころかさっきまでの重い殺気はどこへいったのか消え失せている。

「え?…くれるの?お前いいやつだなぁ…。」

一体何がここまでこの人をプリンに執着させ、ガードを甘くさせたのかわからないけれど、今すぐに私が殺されることはなくなったようだ。

「じゃあ、今日はプリン食べましょうー、今日は戦いなしで!戦うときは楽しくお願いしますね。」

「おー、プリンおいしいよねぇー!」

薄暗いアジトにかわいらしく小瓶に入ったプリンを仲間を半殺しにした男と並べる。…これ以上シュールなことがあるだろうか。というかあってたまるか。

「いたただきます。」

お互いにしっかり手を合わせて食べ始めるものだから礼儀正しくていけない、いやとてもいいことなんだけど殺伐とした雰囲気を醸し出している筈の二大勢力がおとなしくお茶会しているなんて、いろいろイメージに関わりそうだ。

「俺はさ、あれだから…エイレを倒したいだけだからっ!エイレの仲間は倒すけど、プリン好きは人質としてうちに連れてきてプリン作らせるから生かしておくぜ。」

…前言撤回。やっぱり物騒だ。

「あ、もちろん戦うときは腕とか狙わないようにするわ!プリン作れなくなるとあれだから!」

プリンを食べながらも隙はなく私を観察し、恐ろしいことを平然と言ってのけるこの人の目には何が写っているのだろうと、心が騒ぐ。傷つけたくない私と対極にあるような存在に惹かれるのは運命だろう。自殺部隊のメンバーがそうであるように。

「なるほどー、エイレ先生といろいろあったのですねー。あ、聞きませんよ詳しくは、偵察じゃないんで。そうだ、うちの部隊の中で一番弱弱しい子もできれば生かしておいてくださいね。私のモチベーションなんで!」

自殺部隊と思い浮かべてしまうとつい仕事をしたくなってしまう。丸腰だからあまり踏み込んだことはしたくないが、接触した以上少しは情報を持ち帰らないと恥さらしになるだろう。とりあえず私が自殺部隊とわかっていなかったことからまだ自殺部隊の全容は分かっていないと踏んで、彩ちゃんのことを話に出してみる。

「それは重要だな!プリンのためなら残しておこう。」

反応なし。彩ちゃんのことは知らないのか、何なのか。いまいち真意が見えない男である。最も、分かりやすい人間が生きていける環境とは思えないが。

「あと、もし考えていたらだけど、俺に毒殺はオススメしないぞ。知っての通り怪物って言われている俺にそんなもの与えたら、手負いの獣同然に、毒が身体に回りきるその直前まで、ありったけの事していくからなぁ?気をつけてな?まあ、プリンに毒を仕込む奴なんていないと思うけどなっ!」

…読めない。私のことを知っているのかいないのか、興味があるのかないのか、まったくわからない。

「病弱ちゃんは親友なのでよろしくですよ?毒薬は…あは、そんなー仕込みませんよ。クマさんって時点で効かなそうですし。」

私が動物が苦手なのに似てるな。話が根本的に通じないような感覚というか、次元が違う感じ。

「それじゃあ、そろそろお暇しますね。」

薄暗い部屋がどんどんと暗さを増しているような気がする。それだけ時間が経ってしまったのか、天気が崩れたのか私にはわからない。

「おうおう!了解!そこら辺は任せとけ。…あ、そうそう次もし会うことがあっても姑息なことをしないで銃を向けな、そっちの方が数倍速いと思うぜ?…骨野郎にも伝えておきな、今度は複雑骨折じゃ済まさないぞってな、アハハ。」

完全に強者である発言。強いものが勝つこの世界でまさしく強者にふさわしい才能を持つ男なのだろう、この男は。教頭とも、風紀委員会とも、自殺部隊とも違う視点を持つ男。興味深い。

「うーん、一応伝えておきますね。あ、そうだ。あなたが強いと見越して一つだけ質問させてください。骨くんにあなたは何が足りないと思いますか?」

敵に何かを尋ねるなんて間違っているかもしれないけど、聞いておいて損はないだろう。見識も、実験も、母体数があればあるほど都合よくいくものだ。

「そんなのねぇよ。足りてないものなんて。むしろ逆だ、捨てるんだよ。

あいつはいつまで人間にしがみついているんだ?中途半端な気持ちが自身の力を弱めてんだよ。…まあ、捨てたところで俺に勝てるかどうかはわからねぇけど勝機はあるかもな。…おしゃべりは終わりだそのうちアズが来るぞ。今のあいつは俺より凶暴かもよ?」

最初の様な雰囲気に戻る室内。淀み始めた空気がまるで未来を暗示するようにまとわりつく。だがまだ、賽は投げれていないのだ。

「あら、なるほど。では忠告をありがたく聞き入れつつ、あずさんにはお友達になりたかった、とお伝えください。

…あと、骨くんは強くなりますよ。あなたが完全に殺してしまわない限り、私が治しますから。何度でも。それでは。」

もったいないが籠は捨てていく。きっと真っ直ぐは帰してもらえないだろう。

「…あずには伝えておくよ。あと、何度でも何度でも送り付けてやるよ、ちゃんと治すんだぞ?まあ、ちゃんと生きて帰れよ?帰り道には危険がいっぱいだからな。俺は生かす、といっただけだから。」

私の耳には男の高笑いだけが聞こえた気がした。



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