第9話 想いの分だけ
本日は一月の第二日曜日です。神社はどんど焼きという行事にいそしむ、忙しい日です。
「そんなこと言わないで、これも燃やしてください」
「包丁は燃えないゴミの日に出せ、どんど焼きに出すな」
朝っぱらから未雪が神社に来て無茶を言う。私は他の参拝客に案内や挨拶をしながら、社務所の販売所から未雪に向かってどなった。
「未雪は帰れ! もしくは母屋に行け!」
さすがに他の参拝客の目がある。邪険にするもフォローも入れないと、近所中の噂の種にされる。
「じゃあ、話聞いてくれる?」
「あとで! 今はダメ!」
仕方ない。とにかく時間を稼ぐしかないだろう。
私は綾愛。ここは人丸という鬼を祀る人丸神社。普通の神社なのだが、未雪という厄介な人物のせいで、最近変なものが持ち込まれる率が高くなってきた。
とにかく今日のところは燃やせと言えるので楽だ。
変なものを持ち込む人の怪しい物品が燃えるたびに悲鳴が聞こえたり、髪が燃えるような臭いがしても無視である。
どうも、未雪だけでなく未雪の家族が近所にここの霊験がどうたらと話しているらしく……
霊験じゃなく、たまたま解決するというだけで、この神社の御利益というわけじゃないはずだ。
夕方になって兄貴と受付を変わった。手伝いの町内会の人に挨拶して、母屋に入る。
「はぁ、疲れた」
リビングのソファに座ると、例の包丁がテーブルに置かれている。しかも形が変な柳葉包丁で、さびが浮いている。
「なにこれ」
「それです〜」
紅茶をもって、未雪がやってきた。
「それ、なにもきることができないんです」
「さびてるじゃん」
私は包丁を手に取る。日本製じゃないようだ。西洋の柳葉包丁だろうか。
「研いだらいいじゃん」
「研いだけど、全然さびが取れないし、魚もさばけません」
「不良品だ」
「う〜ん、でもおばあちゃんがこれはどんど焼きで焼けって言うからァ」
「おまえのばあちゃんか」
未雪のばあちゃんは変わった人だ。若くして旦那さんを亡くして以来、女手一つで未雪の母ちゃんを育てた。肝っ玉母ちゃんだ。とにかくじいちゃんに対しての恨み節はすごい。そんだけ苦労したってことなんだろう。
「まさか、それじいちゃんの遺品か?」
「わかる? そうなんです」
「でも別に変なことないんだろ?」
「まぁ、そうなんですけど……」
「じゃ、もういいじゃん、放っとけば」
「う〜ん」
なんだか納得できない顔で未雪は紅茶を飲んだ。
どんど焼きも済ませたオヤジとアニキが、町内会の人たちとの食事を終えて帰ってきた。
「お、アンティークなペーパーナイフだな、未雪ちゃんの?」
アニキにそう言われ、例のさびた包丁がやっと、ペーパーナイフというものであることが判明した。
「未雪ってば、これで魚をさばこうとしてたらしいよ」
「そりゃ、無茶な……料理できるようなものじゃないよ」
「でもおばあちゃんが包丁だって」
未雪のばあちゃんはそうかもしれないけど、未雪までわからないようじゃなぁ……
「だって、普通に包丁差しにさしてあったしィ」
「……」
そりゃ間違えるか……
「まぁ、これは文房具だよ。封筒を切るものなんだ」
私は郵便物の一枚を取って、ペーパーナイフを使おうとしたが、切れない。
「切れないよ……」
「おかしいな」
さびているせいなのか、まったく切れそうにない。紙のほうが切られるのを抵抗しているような感じだ。
アニキに渡してみる。兄貴は赤い顔をして気張って切ろうとするが切れない。反対に、封筒がその反動で裂けそうだ。
「なんかおかしいな……」
切れなさすぎ……その様子は異常だった。
「これさ、なんか、本当はばあちゃん黙ってることがあるんじゃないの?」
嫌な予感がして私は未雪にいった。
聞いてみると言ってその日は未雪は帰ったけど……
カタカタコトン
月曜日の早朝、未雪の家の郵便受けに郵便物が届いた。誰よりも早く起きる未雪の祖母はその郵便物をそっと手に取ると、家に入って行った。
「おばあちゃんに怒られちゃいました」
「なんで」
始業式の後、未雪に帰り際言われた。いまじゃ、未雪は家に帰ってからじゃなく、私の家に寄ってから家に帰るようになっている。別に用事なんかない。冷蔵庫の中身を調べて買い物してまたやってくる。すっかり私の家の主婦だ。私の仕事がないくらいよく働く。うざい。
絶対意地悪な小姑になってやる。
「今でも十分意地悪ですぅ」
心の声が聞かれた。
「全部しゃべってます!」
アヒル口で未雪が言う。なんだ、そうか……
「で、なんで怒られたのさ」
「捨てなかったのかぁって。いわなかったのに」
「いつ?」
「今朝」
「そのペーパーナイフの出所は聞かなかったの?」
「おじいちゃんの遺品って言ってたよ」
「おまえのじいちゃんも変なもん集めてたもんなぁ」
「知ってるんですか?」
「しらないけど、たいてい遺品って持ってきたら怪しいわくつきじゃん」
「そうだけどぉ」
「ばあちゃん、それがいやだったんじゃないの?」
「そうかなぁ」
「よし、今からばあちゃんに聞こう!」
未雪に任せてたららちが明かないと思い、私は自分で本人に聞いてみようと決めた。
「ばあちゃん!」
「おや、綾愛ちゃんかい、家の孫がお世話になってるねぇ」
「うざいから帰れって言ってるんだけどさ、帰んないんだよ」
「そりゃ、嫁にまでなったからねぇ」
「まだだよ!」
などとあいさつしてから、ばあちゃんに聞いた。
「未雪の持ってきたペーパーナイフだけど、あれ、じいちゃんの遺品だって?」
「そうだよ、あの馬鹿男の残したもんだから、捨ててこいっつってんのにねぇ」
「なんですてたいのさ」
「うざいんだよ!」
お、ばあちゃんが新しい言葉を習得したぞ。
「うざい?」
「じいさんがうざいんだよ」
「でもおじいちゃんはもう死んじゃったんでしょ」
「あのじじい、死んでもうざい」
未雪みたい。
「家の孫もうざいかい」
「めちゃくちゃうざい」
「うざいうざいいわないで!」
未雪がさすがに機嫌を悪くして口をとんがらせる。
「どううざいのか教えてよ」
やれやれとばあちゃんは腰を上げて押入れの奥から段ボールを取り出した。
「これだよ」
それは手紙の束だった。宛先は未雪のばあちゃん。裏を見るとじいちゃんの名前。
「綾愛ちゃんは知ってるかもしれないけど、あたしゃ、未雪の爺さんより綾愛ちゃんの爺さんが好きでねぇ、綾愛ちゃんのばあさまとはいいライバルだったんだよ」
「へぇ」
「その時に爺さんがその包丁と手紙をくれてねぇ」
「よんだの?」
「読むもんかい。今も読んでないよ」
「ラブレター?」
「さぁねぇ。結婚してからもくれてねぇ、うざいのなんの」
「結婚したら普通は送らないけど、惚れてたんだね」
「結婚したんだからもういいだろうに、うざいんだよねぇ」
だから、捨てたいんだよ。もういい加減。と、ばあちゃんは言った。事情はよくわかった。
「じゃあ、始末しとくよ。その手紙は? 最後に読んだら?」
「じゃあ、今朝届いた手紙を読もうかね」
ばあちゃんは真新しい封筒を文机から取り出して、私に渡した。
わたしはペーパーナイフを封筒の口に当てる。
スススー。
非常に滑らかに切れていく。
中には美しいユリの透かし彫りの付箋。
「好いておると一言だけでよい」
「うざっ」
ばあちゃんの捨て台詞にユリが泣いたように感じた。
ペーパーナイフをしかるべきところに奉納して浄霊なりなんなりしてくれるというので、私はアニキにそれを渡した。
一連の流れを説明しおわったとき、兄貴が首をかしげる。
「今朝届いた?」
やっと読んでもらえた恋文も、どんど焼きの残り火で、闇の夜に灰となって消えたのであった。
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