人丸あやしもの請負業
藍上央理
第1話 邪をもって
私の家は神社だ。ごく普通の神社のはずなのだが……
「あ、や、め、ちゃーん!」
社務所の外からやけに元気のいい声が聞こえてきた。
綾愛(あやめ)とは私の名前だ。今、私は社務所で御祈祷の済んだお札をお守りに詰める内職をしている。非常に忙しいのだ。
「綾愛ちゃーん!」
外で人の名前を大声で張り上げている奴は、私が結構忙しいのだということを気遣ってくれないらしい。 私は閉め切っていた社務所の売店の格子戸を乱暴に開けた。
「今、忙しいんだよ」
「綾愛ちゃん、いたんじゃない」
「帰れ」
さっきから大声で人の名前を叫んでいたのは幼馴染の未雪だ。いつもいつも、問題を抱え込んでは家の神社に持ってきて捨てて帰るという、非常に迷惑な奴だ。
「帰れだなんて、ひどいですぅ〜」
「うるさい」
「巫女さんはぁ、参拝客に冷たくしちゃ、いけないんだぞぉ〜」
「うるさい、帰れ」
二度言ってみたが、どうやら未雪には通じないようだ。図々しく、手に持った紙袋を地面に下ろして、えらそうに腰に手を当てて口をアヒルのように尖らせている。
「あのね、綾愛ちゃんにお願いがあってきたんだ」
しかも、人の話を聞いてない。私は未雪の話を最後まで聞かずに格子戸を閉めようとした。
ガシッ。
「くっ」
毎度同じことをされているせいか、未雪も学習したようだ。格子戸を両手で押さえやがった。
「か、帰れ!」
「やだ! これ、お祓いしてくれるまで帰らないっ!」
二十分くらい格子戸で格闘していたが疲れてきたので、仕方なく、未雪の話を聞くことにする。
「これなんだけど……」
と社務所に上がり込んで、さっきまで私が内職をしていた畳の上に未雪はでかい紙袋を置いた。
紙袋の中から出てきたのは——
市松人形だった。
それも蓬髪で、小汚く、ものすごく邪悪な面構えの。
「なんつー不気味な……」
「だめよ! るりこちゃんにそんなこと言うと呪われるのよ!」
未雪は三十センチはある、るりこちゃんを両手で持って、パペット状態で人形に身振り手振りを加える。
しかも、この邪悪な微塵もかわいくない人形に名前までつけてやがる!
「この神社は普通の神社なんだよ! お祓いとかしないんだよ! 持って帰れ!」
「人丸っていう人食い鬼さんを鎮めるための神社じゃない。だから人丸神社って聞いたよ」
「だれに」
「綾愛ちゃんのお兄さんの速真(はやま)君に」
くっ、アニキ、余計なことを……
「たしかに、家は人丸という鬼を祀ってるけど、お祓いはしてない」
「じゃあ、話だけでも聞いてください」
「いや」
「実はね」
未雪は人の話を聞かずに呪われた物品の由来を話し始めやがった。
未雪の遠縁の叔母、いわゆる外戚の知らないおばさんが亡くなった。形見分けだと、この人形が未雪の家に持ってこられたわけだ。(要するに押し付けられたわけだ)
この人形が来て以来、おかしなことが続出するようになった。(前からじゃねーか)
夜中何者かが家を歩き回る。(鼠だろ)
朝起きると、仏壇の上に置いたお供え物などがぶちまけられている。(猫じゃないのか)
はては毎晩家族の誰かが金縛りにうなされる。(疲れてるだけだって)
これはきっと人形のせいに違いないと思い、人形をゴミ捨て場に捨てたが、次の日には家に戻ってきていた。(だれかがもってきたんだろ)
「綾愛ちゃん、変なあいの手入れないでよぅ」
アヒルの口をして未雪が文句を言う。
「その程度で済んでるなら、その、るりこちゃんをもっててもいつもと変わらないだろ」
「さっき言ったことだけだったら確かにその通りなんだけどぉ〜、それだけじゃないから困ってるんです!」
この人形はさびしがり屋なのだという。
近くに誰かいないとしきりに呼ぶ。四六時中そばにいないと駄目らしい。
この市松人形が未雪の家に来て以来、来客が増えた。
いつもの姿の見えない来客ではなく、飯も食い、風呂にも入る生きた人間だ。
最初は偶然かと思っていたが、日に日に帰らない来客が増えていき、今ではどの部屋も満杯の状態らしい。
いい加減エンゲル係数が上がってきて、家計が逼迫してきた。
しかもるりこちゃんはけなされると、ほめてくれる人間が現れるまで嫌がらせをするらしいのだ。
「いわゆるストーキング? なにもしないんだけど、こう目の端にいつもいるんだよ」
「誰も死なないんじゃ別にいいじゃない。死ぬまでかわいがってやれば」
「そこなんですぅ〜。前の持ち主の叔母さん、気がついたら餓死して死んでたって……今のあたしの家と同じ状態になって、家計が火の車になった挙句、たくさん同居人がいたにもかかわらず、人知れず死んでたって言うんですぅ〜」
ていうか、餓死する前に助けを求めろ!
「不思議なことにこの人形に関わると、人の援助が皆無になるみたいで、お客さんの家族に迎えに来てくれるように言うんですけど、みんな非協力的で〜」
「そんな不吉なもの、わかっててここに持ってきたんかい!」
「綾愛ちゃ〜ん、たすけてぇ〜」
未雪はそう言って私にすがりついてくる。こんなもん持って帰れ! と突き放そうとしたとき——
「お、いらっしゃい、未雪ちゃん」
くそアニキ。
「速真君!」
未雪は勢いよく飛び起きると、今度はアニキに飛びついた。
「どうしたの、また困ったことでも?」
今日はアニキも家の手伝いをしていたらしく白い袴姿だが、いつもは怪しげな仕事かバイトをしているようで、なんどか未雪の呪われた物品の始末もしている。
「速真君、実はぁ〜」
未雪はちゃっかりアニキに持ってきた市松人形の話をしている。アニキもその話を神妙な顔つきで聞いている。
「そうなんだ。人を呼ぶ人形かぁ……」
意外なことにアニキはこの邪悪な人形のことが気に入ったようだ。
「じゃあ、未雪ちゃん、この人形のことは俺が始末してあげるよ」
「はぁ!?」
私はアニキの安請け合いに驚いた。
「ありがとうございますぅ〜」
未雪は何度もぺこぺこと頭を下げながら帰って行った。
「ちょ! バカアニキ! そんなもんもらってどうすんだよ!」
すると、アニキはにやりと笑って、市松人形を持ち上げた。
「思うところあって……ちょっと行ってきます」
またアニキは親父の用事をほったらかして出かけてしまった。
人食いマンション……
速真はそういう名前で目の前のマンションの説明を受けた。
築二十年は経っていそうな文化マンション。このマンションはその名の通り、住人を食ってしまう。入室した人間が一か月もせずに夜逃げするのだ。
夜逃げといったが、家財一式、先ほどまで食事をしていたかのような状態でいなくなる。まさに神隠し。
どうにかならないか、人が住むようにしてほしいと速真が依頼を受けて、調査した結果——
マンションが建つ前は小高い山だったこの土地は、いわくのわからない祠を祀っており、記録に残っている限り平安時代より神隠しが多い場所だったのだ。
片手にはるりこちゃんの入った紙袋。右手に方位磁石を持ち、マンションの周囲の藪に分け入っていく。
速真はマンションから北東の方角に立つと、紙袋からるりこちゃんを取りだした。
ぼはっ
るりこちゃんの蓬髪がこれでもかというほどに静電気を含み、四方八方に広がっている。
「あ、当たりか!?」
とたんに速真も全身の肌にピリピリとする刺激を感じた。目には見えないが、マンション全体を包む得体のしれないものが、一斉にるりこちゃんに気付いたという感じだった。
るりこちゃんを見ると、邪気のあふれる顔つきが見る間に般若に変化していく。
「当たりだ!」
気がつけば、青みを残していた藪の雑草が見る間に茶色く枯れていく。
速真も体に不調を感じ始めた。こめかみを貫く頭痛と、三半器官が壊れたような吐き気。まっすぐ立っていることがつらい。
速真は足早にその場を離れる。とたんに今まで感じていた気持ちの悪い症状は全くなくなった。早速依頼主に電話をし、出来るだけ早く、マンションの北東の場所に祠を建てるように勧めた。
「それで、あの人形、どうしたのさ?」
かなり前に未雪が持ってきた不吉な人形のことを思い出し、夕飯時に私はアニキに訊ねた。アニキは親父とのいつもの格闘の後らしく、目の周りに青あざを作っている。けれど、案外機嫌がいいみたいで、にやりと笑って言った。
「うまくいった」
「?」
アニキが言うには、今回アニキが自分の仕事で受け持っていたものは、「人食いマンション」なのだそうだ。
そのマンションに入室する人間がことごとくいなくなる。調べてみると、土地的に神隠しのあった場所らしい。家主はとにかく人が住むようにしてくれないと破産するとのことで、結構悩んでいたらしい。
で、るりこちゃん登場である。
アニキは「人食いマンション」の鬼門に当たる場所にるりこちゃんを配置。ちゃんと祠に祭らせたらしいが……
そんないい加減な方法でも効果があったらしく、空き部屋だらけだったマンションもあっという間に満室になったそうだ。しかも、一か月も持たなかった住人が少なくとも二カ月はすんでくれるようになったという。
「いなくなった人は死んじゃったの?」
と、私は心配になって訊ねた。
「そこんとこは今後の課題だ。異次元を覗く箱か、鏡かなんか蔵にあったよな」
アニキはぱくぱくご飯をほおばりながらつぶやく。私はアニキほど割り切れず、納得いかない。しかめ面の私の思いをよそにアニキは言った。
「だから今度未雪ちゃんを誘って焼肉を食いに行こう」
未雪が余計だが、今回も何とか怪しい物品の始末はすんだらしい。これで八方丸く収まってくれるのが一番なんだが……やれやれだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます