第70話 ポロリは回避すべし

「じゃあさっさと買い物済ませて帰ろうぜ」


 ぐったりと力尽きている祐平の掛け声と共に、六人揃ってぞろぞろとフードコートから出ていく。まだお昼食ったばっかりだが、早くもすでに帰りたくなってるみたいだな。まぁ気持ちはわからんでもない。


「あ、ちょっと待った」


 しかしその前にやるべきことがある。お店を巡る前にちょっとトイレに行っておかねば。


「あ、じゃあオレも」


 拓也も男子用へと入っていったが、どうやら祐平は外で待ってるようだ。もちろん女子組は全員で入っていく。


「あー、やっぱ圭一はそっちだよな……」


「今更何言ってんだ。学校でもこっちだぞ」


「そ、そうか……。そりゃ気づかなかったな」


 たまたま一緒にトイレに入る偶然でもない限り、どっちに入るのか深く考える機会はないのかもしれない。


「では改めて、水着売り場へレッツゴー!」


 トイレから出ると俺が最後だったようだ。今度は静のテンションが高くなっている。反対に男連中のテンションはだだ下がりなようだ。


「ふむ」


「なんだよ……」


 そんな男二人を観察していると、訝し気に祐平が声を上げる。


「いや、水着を一緒に買いに行くシチュエーションにテンションは上がらんもんなのかと思って」


「そんな気分になれるかよ……。すげー居心地悪そうじゃねぇか」


 無理やり祐平を誘った気もするし、確かに居心地は悪いかもしれない。ふと女になって初めてランジェリーショップに行った時を思い出してしまった。気分は似たようなもんかもしれんな。


「そのうち慣れるんじゃねーの?」


「えー」


 自分を思い出したからこそ、すぐ慣れるだろうと声にするも、不満の声が拓也から返ってきた。


「お前と一緒にするんじゃねぇよ。……少なくとも今日一日じゃ無理だって」


「なんだそりゃ」


 などと他愛のない話をしているうちに、モールの水着売り場に着いたようだ。さすが夏が近いのもあって、大きな通路が交差するイベント広場全体が売り場となっている。


「じゃあ先に圭ちゃんの学校指定水着買っちゃおうか」


 多種多様な水着が陳列されている中、静が少し考え込みながらもこちらを振り返る。


「だねー。用事は先に済ましちゃおう」


 みんなも異論はないようで、広場を通り抜けて店舗へと向かう。さすがに学校の水着はイベント広場となっているメイン売り場には置いていない。女四人が揃って通路の角にある本来の水着が売っているお店へと入る。拓也も学習したのか、男二人は広場の水着を見ているようでこっちについてこない。


「えーっと。……あ、あったよ圭ちゃん」


 さっそく学校指定の水着が陳列されている場所を見つけたと声が上がる。こちらを振り返って手招きする千亜季へと近づくと、ちょうどその後ろから店員さんが現れた。


「あら、学校指定の水着ですか」


「あ、はい」


「学校指定の水着がわからないようであればお申しつけください。展示されていないデザインの在庫もございますので」


「わかりました。じゃあ……」


 さっそく学校名を伝えて指定の水着をサイズ別でいくつか出してもらう。


「試着もできますのでどうぞ」


 そう言ってにっこり笑顔でフィッティングルームを指し示す店員さん。

 マジか。水着って試着できんのか。実際にフィッティングルームがあるってことはそうなんだろう。


「むふふふ、これは着てみるしかないね」


「……サイズ合ってたらそれでいいだろ」


 押し切られそうな予感がしつつも、いい笑顔の静に抵抗をしてみるが。


「試着できるならしておいたほうがいいですよ」


「そうそう。サイズがきついと痛いし、ぶかぶかだと……ねぇ」


 意味深な視線を静と千亜季に向ける佳織。ぶかぶかだと何があるんだ……。なんとなく想像はつくが。


「うんうん。圭ちゃんが授業でポロリしたいなら別だけどね」


 千亜季と佳織に順に諭されるが、最後の静の言葉は俺に見事に突き刺さった。どうやら想像が当たってしまったようだ。


「マジか」


 さすがにそれは勘弁だ。公衆の面前でポロリするとかなんて罰ゲームだよ。学校のプールは一つしかないし、水泳の授業は男子も受けるのだ。男は上半身裸だが俺はそういうわけにはいかない。


「学校の水着はちゃっちゃと決めちゃおうか」


 気楽に言ってくれるがちょっと待て。水着を着るとかこっちにも心の準備がだな……。ブラを初めて試着したときのことが思い出される。あれはあれで抵抗があったが、あの時と似たようなものと思わなくもない。


「ふむ」


 そう思えば大丈夫な気がしてきた。初めて下着を試着したときに、佳織にブラの中に手を突っ込まれたことを思えばなんてことはない。


「はい。パンツは穿いたままでいいからね」


 考え込んでいると佳織からサイズ違いの水着を二着手渡される。反射的に受け取ってしまったが、自分の中で折り合いもついたので渋る理由もない。ここで水着を買わなかったとしても、水泳の授業はそのうちやってくるのだ。

 ずっと見学するという手も使えないこともないだろうが、授業の直前で試着もしていない水着を出される可能性も否定できない。


「へいへい。まぁ行ってくるよ」


 できるだけ目立たないように、他の女子に埋没できるようにするのも大事だよな。授業中にポロリするなんてもっての外だし。

 ……などとと思いつつ、俺は試着室へと足を踏み入れた。

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