第5話 装備しないと意味がない
「こうやって見ると、いろんなやつがあるんだなー」
感慨深げに俺は包囲されている下着たちを観察する。
もう視線がどうのこうのとか思わなくなったのだ。
つまりどういうことかというと、俺みたいな可愛い女の子が、ランジェリーショップで恥ずかしそうに俯いているほうが違和感があるということに気付いたからだ。
――ということはだ。
むしろ堂々と下着たちを眺めるいい機会ではなかろうか。そうと気づけば何を遠慮する必要がある。
さらに言えば手に取って確認してみても誰も不審に思わないんだぞ。つまり……女の子になった自分は何をやっても問題なしということだ。
フハハハハ!
「……ちょっと、何やってるのかな?」
存分に下着を観察していると、なぜか低い調子の佳織の声が聞こえてくる。
「ん?」
手元のぱんつから顔を上げて佳織に顔を向けると、何やら口元がひくひくと痙攣しているようにも見える。
「どうした?」
「だから、何でそんなにパンツに顔を近づけてんのよ」
「何って、どんな匂いすんのかなーって」
俺の言葉に佳織が固まる。
いやいや、ちょっと気になるでしょ? なんというか、昔は割と気になってたような気がしたから嗅いでみたんだが……。
まぁ新品だし、特にコレと言ってなんともなかったけど。
「アホかーーーーー!!」
俺が首をひねっていると、今日一番の絶叫が響き渡ったのだった。
うーむ。どうやらNGだったようだ。
ランジェリーショップで下着をクンカクンカする
いや一部の人種には需要があるかもしれないが。
「そんなことしてないでちゃんと選びなさい!」
「へーい」
クスクスと微笑ましく店員さんに見守られる中、俺は下着を改めて観察する。
標準的なデザインから、フリル付き、レース生地など様々だ。肌ざわりがスベスベしたやつもあるな。……ってかこれ気持ちいいな。
うおぉ、これが紐パンというやつか……。こいつはやべぇ。何がやべぇって、そりゃ本来布の部分があるはずのところまで紐になってるやつまであるところだな。
「せっかくサイズ測ったんだし、ちゃんと試着しなさいよ」
「……お、おう」
ちょっとワクワクしながら下着を物色していると、佳織から現実的なアドバイスが飛んできた。
試着か……。まあ大事だよね。サイズだけ合ったやつ選んでも、微妙なやつとかあるよね。
服は装備しないと意味がないって言うしね……。
とりあえず目の前にあったブルーのフリル付きを手に取ってみる。サイズを確認すると、どうやら合っているようだ。
「選んだんならさっさと行ってきなさい。他にも買うものいっぱいあるんだから」
「……へーい」
確かにそうだ。いろいろ必要なものがあったんだ。
少なくとも下着だけでは明日の始業式には行けないのだ。
装備以前に買わないとダメだ。
しぶしぶ俺は再度フィッティングルームへと向かう。後ろから当たり前のように佳織がついてくる。
靴を脱いでフィッティングルームへと入り、カーテンを閉める。……鍵があるな。かけておくか。
上を全部脱いで鏡の前に立ってみる。改めて観察してみるが、形のいいおっぱいである。
以前であればむしゃぶりつきたい衝動に駆られたであろうが、今は全くもって何も感じない。……やっぱり自分のだからだろうか。
……これは他のおっぱいでも確認してみないとダメだな。よし、次のミッションとしておくか。
いやいや、まずは目前のミッションだ。ブラジャーというものを装備するのだ。
えーっと、両腕を通せばいいのかな。……んで、後ろのホックを留め……、くっ……、留める。……ふう。
……うーん。なんとなくしっくりこない。
「試着できた?」
待ちきれなくなったのか、外から佳織の声が聞こえてきた。
「できたけど、なんとなくしっくりこないというか」
「……ああ」
ああ、ってなんですか。その「心当たりあります」みたいなヤツは。
「ちょっと入っていい?」
なんですと? ……自分の下着姿を幼馴染とは言え晒す趣味はないんだが。
……ってそういえば同性だっけか。……このしっくりこない原因知ってそうだし、しょうがない。
カーテンの鍵を外してやると、肯定の一声を掛けた。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
礼儀正しく入ってきたのでこちらも迎えてやる。と言ってもブラ姿だが。
「ちゃんと寄せた?」
「……何を?」
「……やっぱりね」
いやだから何をだ。何を寄せればいいんだよ。ちゃんと言葉で言ってくれないとわからんぞ。
非難の視線を向けていると、おもむろに佳織が近寄ってきて――。
「――うひゃあ!」
ブラの中に手を突っ込んできやがった。
「ちょっと、大人しくしてなさい」
なんだとっ!? これが大人しく……ってやめろ! 変な声出るから! だから、ちょっと……、待てって、言ってんだろ!
「どう?」
どうって何がだよ!? ……って、ああ。
「……なるほど」
つまりあれか、寄せて上げてってやつか。なんかしっくりきたわ。
「自分でやるときは前かがみになりながらやるといいよ」
そ、そうなのか。
俺はその時、女の隠れた努力を垣間見た気がした。
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