順応力が高すぎる男子高校生がTSした場合

m-kawa

第1話 唐突な女子化

「ナニコレ。……何がどうなってこうなってんの?」


 鏡に映る人物を疑わし気な表情で見つめると、その向こう側の人物も俺を疑わしそうな目でこちらを見つめてきた。

 当たり前の出来事なのであるが、その鏡に映る人物像というのが問題なのだ。


 俺は男だ。

 身長も百八十センチくらいあったはずだ。髪も短かったはずだし、染めてもいなかったので真っ黒だった。

 だというのになんだ、この鏡に映っている人物は。


 身長は百五十切ってるんじゃなかろうか。

 栗色の艶のあるセミロングストレートの髪に、くりっとした大きな瞳にピンク色のぷっくりとした唇。そして膨らんだ胸元を見れば一目瞭然だ。


 どこからどう見ても女じゃねーか!?


 なんだよこれ!? リビングでテレビを見てたら急に睡魔に襲われて……、えーっと、うん。そのあと目が覚めただけだ。鏡のあるこの部屋も自宅の自分の部屋だし……。

 特にトラックに轢かれてどこぞの世界に転生したわけでもなさそうだし。自分の姿が変わるってどういうことだよ!?


「……あ、そうか、これがTSってやつか?」


 ふと最近読んだラノベを思い出す。確か男が女になってなんやかんやするストーリーだったような。いやしかし、そんなことが現実に起きるもんなのか? でも実際に俺がこんな姿になってるしなぁ……。

 むしろ否定できる要素がないな。まさか小説の出来事が自分にも起こるとは不思議なもんだ。っつーか今気づいたけど、声も変わってるな。めっさ可愛い声になってるし。


「……にしても」


 俺は自分の体を見下ろして嘆息する。

 Tシャツの襟ぐりから見えるのは張りのあるおっぱいだ。自分で揉んでみるが、とても弾力があってよろしい。

 体型も小さくなったようで、今着ている服が全部ダボダボになっている。


「服がねぇな」


 明日から学校だし、着ていく服がないぞ。

 幸いにして私服OKの高校だから制服がなくても問題はないんだが。何にしろこれは由々しき事態である。


「しゃーないな。緊急事態だし」


 机の上に放置されていたスマホを手に取ると、幼馴染に電話をかける。

 ……と、数コールもしないうちに相手が出た。


『もしもし? 珍しいわね、圭一けいいちから電話がくるなんて』


「ああ、ちょっと緊急事態でな。……今から俺んち来れるか?」


 相手は幼馴染の真鍋まなべ佳織かおりだ。同じ高校の同じクラスの高校二年である。さすがに幼馴染だけあって家は近い。徒歩三十秒といった距離だ。急な呼び出しでも来てくれる可能性は大いにある。

 ……にしても反応がねぇな。そんなに俺んち来るのが嫌なのか? 何か反応してくれないと困るんだが。


『……いや、ちょっと待って……、っていうか、アンタ誰よ。圭一はそんなかわいい声してないわよ!』


 ああ、そういうことね。違う声で圭一を名乗ったら混乱するか。


「いや間違いなく俺だ。ちょっと声変わりしちまってな」


『……んなわけないでしょ! そんな声変わり聞いたことないわよ! 誰よアンタ!』


 うーむ。渾身のボケを披露してみたが信用されてないな。……まぁ当たり前か。いやしかし頼みの綱は佳織だけだ。こんなダボダボの服装だと外も出歩けないし。それに俺は一人暮らしだし。


「だから圭一だって。起きたらこんなんなってたんだよ」


『はぁ!? こんなんって、どんなんよ……」


「いやだから――あ、写真送るわ」


 口で説明するよりも見た方が早いと思い、返事も聞かずに電話を切ると自撮り写真を佳織に送る。もちろんあざとく小首を傾げて斜め45度上から見下ろすアングルだ。うむ、我ながら写真写りは良いな。

 何枚か自分の写真を撮りながらしばらく待っていると、家のインターホンが鳴った。


「お、もしかして来たかな?」


 ずりおちそうになるズボンを手で押さえながら玄関へと向かう。

 ドアホンを確認するとカメラの向こうに見慣れた幼馴染の姿がある。よかった。これで他人なら居留守を使わないといけないところだった。

 ブカブカの靴を履き、鍵を開けて玄関の扉を開いて外に出る。


「よっ、来てくれたのか。ありがとな」


 左手でズボンを押さえて右手を挙げて挨拶をする。

 どうやら走ってきたのか息を切らしているようだ。


「……ちょっと、なんて、格好、させてんのよ! 圭一! いるんでしょ! 出てきなさい! 誰だか知らないけど、こんなかわいい子にひどい恰好させて!」


 佳織は俺の姿を目にしたとたん、額に青筋を浮かべて怒鳴りだした。そのままずかずかと玄関に上がり込むと俺の部屋へと一目散に向かって行く。

 どうも何を言っても聞いてくれそうになかったので、俺も大人しく佳織の後をついて行く。そのまま俺の部屋へと入り込むが、もちろんそこには誰もいない。


「圭一! いないの!?」


 部屋をひとしきり見回して誰もいないことを確認すると、佳織の標的がようやく俺に定まった。


「ちょっとあなた……、圭一どこにいるか知らない?」


 俺は無言で自分を指さしてみる。まさにここにいるぜって感じで。


「そんな恰好させられて……、あとで圭一はぶっ飛ばしておくから安心して。……それにしてもあなた、自分の服は?」


 いやその服がないから相談したいと思ったんですがね。


「あるけどないんだよ。ここには圭一しかいないんだから」


 圭一の服はあるがそれは身長百八十あった男の俺に合ったものだ。この体型に合う服があるはずがない。


「……はい?」


「だから佳織……。どうしたらいいと思う?」


 俺はお手上げとばかりに両手を上げる。

 ――と、ダボダボになったズボンとトランクスが、縮んだ体にひっかかることなく重力に引かれて地面に落ちた。

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