第2話 ストーリーテラー・アンコ
「なぁコレちゃんと映ってる? 配信出来るんコレ」
「大丈夫だー、問題ない」
画面に男の顔がアップされ、画面外の何者かとの会話が交わされる。
男は一人ではないようだ。
相手、演技掛かった抑揚に欠ける女性の声に鼻息を鳴らし、男は再び全身をカメラに収める。
どこまでも広がるなだらかな草原に、男の背後には石造りの壁で覆われ、レンガ色の建物が見受けられる。
男は白のシャツに緑のベスト。膝程の長さのパンツ姿で、町人スタイルと言った所だろうか。黒のザンバラ髪に漆黒の瞳。卵型の輪郭は日本人のそれで、鼻も決して高く無い。
特徴的なのは、彼が木綿の風邪マスクを装着している点であった。
「えー、初めまして、タカハシと言います。突然ですがワタクシ、異世界にやってまいりましたー!」
「どんどんどん、ぱふぱふー」
カメラを構えているであろう女性が棒読みの
「いや、ここは編集作業で音入れようよ、大事なトコよ? ツカミよ?」
すかさずタカハシが訴えるようにツッコミを入れる。
「気が向いたらねぇ」
「いや頼みますよマジで。
ゴホン、ええ、話を戻しまして、ワタシは今目の前、今カメラを構えている神サマとやらに連れられやってきた訳です。異世界に!」
バッと両手を広げ自身の左側の風景を差し示すように
「タカハシ、同じ事を説明しているー」
「だまらっしゃい!
――で、ですね。まぁ転生した訳じゃないんですけど、折角なので異世界を満喫しようと言う動画なんですよ。何しろここは異世界で、ワタシは文明世界からやってきた謂わばチーター、まぁ一種の俺TUEEEE動画な訳ですね」
「縛りはー?」
「ねぇよんなもん!」
と、ここで画面の下部分にとある文字が表示される。米印が文頭に添えられ、そこには、
※有ります
と書かれている。主コメという機能であった。
但しこの時点でこの動画に対するコメントは一件と入っておらず、企画としては暗雲立ち込める滑り出しであった。
勇者タカハシなるアカウント名もまた生まれたばかりで、固定客も居らず、新着一覧から流れ落ちるまでの僅かな間が勝負時である。
「まぁ、ではそんな訳で早速ですが街へ、行ってみようかと思います」
「タカハシ、それじゃテンプレ過ぎるよ。少し動画にアクセントを加えようー」
「アクセント?」
振り返り街へいざ歩きださんとするタカハシの背中に、カメラマンの女性は提案する。やや怪訝な顔で振り向くタカハシに、画面の下部から伸ばされた手、その手の平にチョコンと乗せられた物体が映される。
「なぁにこれぇ」
近づきソレを覗き込んだタカハシの顔は醜く歪み、ゲンナリと重い声色が尋ねた。「あ、ここスローでね」小さくタカハシは指示を出していたが、動画にそういった編集は加えられていなかった。
「サイコロ」
「え?」
「サイコロ」
女性は繰り返した。
手の平に乗せられたのはスタンダードな六面ダイスで、現在サイコロは一の数字を上面に示している。
「えー、すいません、神様もとい駄女神サマもといロキさん。サイコロで何をスルンデショウカ」
「説明的な紹介ありがとーぅ。何ってそりゃ、アンコ的ダイスの旅的な」
タカハシの問いにカメラマンの位置にいる女性ロキは何でもない風に答える。
要領を得ないという顔のタカハシに説明すべく、動画は一時停止され画面一杯にと文字による説明が並んだ。
アンコとはとある匿名掲示板の一種の形態であり、ダイス機能を実装した板により繰り広げられるTRPG的な運要素強めなストリーテラー機能である。これを導入する事でご都合的かつ理不尽な展開が繰り広げられる、ある種のデッド・オア・アライブ、また時としてデッド・オア・ダイ機能となり得る。
つまりは予め選択肢を明確化し、その上でダイスを振りそれに従い行動しようと言う提案である。
「――と、言う訳だよタカハシ」
「ざっけんな」
一時停止の説明パートから再会するや、タカハシはマッハの勢いで悪態を付いた。
アンコ導入のデメリットはメリット同様完全なるランダム性にある。そこにタカハシの意思は、ほぼ介在の余地は無い。
最早タカハシの行動は体が勝手にとエロハプニングを起こすもダイス次第なのである。
「えー、面白いと思うよー? やろうぜー、摩訶不思議アドベンチャー」
「それ でぇじょうぶだドラゴンボー以下略な流れで殺すつもりだよね!?」
「バレたかー」
慌てふためくタカハシと打って変わってロキの声はあくまでも平静で呑気である。もしタカハシの言うように、ロキが神の一種であるならば、あるいはソレは可能なのかもしれないし、はたまたそういうRPG的な動画であるならそれこそ「死んだこと」にしてリセットする事は容易だ。
「そんな訳で早速一回目のアンコだー。選択肢はこちらっ! ドドン!」
背後でタカハシがワチャワチャ喚き散らす声をまるっと無視し、ロキの掛け声と共に画面が切り替わり、幾つかの選択肢が表示された。
4・9 魔王城にレッツパーリィ
その他偶数 街で出会いを探す
その他奇数 ダンジョンで出会いを探す
10 熱烈歓迎
「序盤だから少し軽めだねー」
「だからやらねぇってつうか魔王城ってなんですかバーリィとか死ぬでしょふざくんなというか熱烈ってなにぃいいい!」
選択肢一覧が画面沸きに回転し弾き飛ばされ、画面一杯に映り込むタカハシの七変化する表情。怒り嘆き歪み懇願、そして叫び。
カメラはタカハシをさっと画面外にアウトさせ、手の平に乗るダイスを映す。
下にグッと振りかぶられる腕。カメラは追いかける。
「やめてえええええええええ!!」
「えーい」
呑気な掛け声と共に腕は空へ向かって振られ、放たれたダイスは空へ飲み込まれん勢いで、高く、高く投げられた。
追いかけるカメラには、何処までも続く青い空に、差し込む陽光が一筋のラインを描き込む。
賽は投げられた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初期ダイス実施 5月5日 23時
提示済みの選択は、もし要望があれば追加して反映させます。
何もなければこのままダイスを振ります。
ダイスはどっかしらの機能を使います。希望があれば公正の為ダイス画像をUPします。
選択肢は、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応します。
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