第3部(上)
キックオフ
風が春を運んだ。
まだ寒さの残る三月。長い長いシーズンの幕開け。競技場の空に舞う紙吹雪はきらきらと、液体の中を落ちていくスノードームのようにゆっくりと流れている気さえした。
慣れ親しんだはずのホームゲームであるはずなのに、どこか絵空事のように思えた。一年前の同じ日、まさかこの舞台に立っているなど夢にも思わなかったからなのかもしれない。いや、夢を現実にすべくひたすら前だけを見て進んだ。
結果として俺たちは正夢の中にいた。
彼女たちのひたむきな姿勢が彼女たちの持っている個性的な才能を、この青い芝生に咲かせたからである。それは歴然たる事実であり、サッカー史に刻まれた確かな栄光だ。
二部リーグでの旅を終えた彼女たちは、また新たな目的地を見つけ、この冬、欠けた穴を埋めようと必死だった。期待半分、不安半分。いや、不安の方が大きかったことだろう。先の見通せぬ孤独な努力の果て、自分たちの進むべき道が間違っていないことをただ信じて。
しかし突きつけられた現実は途方もなく。
海を渡った雛鳥の大きさを否応なく知ることとなる。
もしも時間を戻せるのなら――。あの日のことを何度やり直したいと思ったことか。
だが時計の針は誰にも戻せない。
流れ行く一分一秒を犠牲にしてはならぬのだ。
サッカー選手ならなおさら。
一部リーグ昇格の初戦、
東京イシュタルFCは五失点の敗北から始まった。
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