大一番の秋(7)
週が明け、疲労がまだ抜けきっていないとの報告を受けた今週の練習は調整程度に留めることにした。
選手たちも自主練や居残りは行わず、マッサージや疲労回復に専念し、ここ数日の夜は静かだった。
ただ二人を除いて。
「——うぎゃ!? 今、魔法
「違うよー。軸足に体重がかかった瞬間を狙った」
真穂と杏奈は一対一の練習に忙しかった。
「なあ二人とも。いい加減辞めにしないか?」
「もうちょっとだけ。あの時の感覚を最終戦に持っていきたい」
おそらく真穂はTGA戦の時、局所的にゾーンを体験していたはずだ。いや、これまでも何度か刹那的には入っていた。しかし本人はそれに気づいている節はなかった。調子がいいくらいに思っていたことだろう。だが、前節の感覚が特別なものだと知ったのか、意図的に求め始めていた。
一週間程度でゾーンの入り方が分かれば苦労はしない。
それでもこの一年で急激に成長した彼女なら、と思わずにはいられなかった。
「ウチはディフェンスでもあるんやから、イザベラの研究もしたいんやで」
「ええー。杏奈ちゃん、あんまし頭良くないのに研究してもわかるの?」
「おま! 一番言うたらあかんやつやで! いくら親友やゆうても、それだけはタブーなんやで! そこまで言われたらウチも言ったるで! 真穂のチビぃ!」
「じゃあブライト?」
「明るいってなんやねん! 確かに明るさが取り柄やけどな!」
「やっぱり杏奈ちゃん……」
俺は杏奈にボソリと〝利口〟の意味もあると教えた。
「ししし知ってたし! わざとボケたんや!」
「アホだな」
ムッとした杏奈は、
「知っとるか? 大阪人にとってアホは褒め言葉なんやで。男が女にアホ言うのは、可愛いって言ってるようなもんや」
「「アホー」」
「黙れやボケ!」
どっちなんだ……。
へそを曲げてしまった杏奈は練習場を後にしてしまった。
流石にあのままでは可哀想なので「アホ可愛いぞー、杏奈」とフォローを入れておく。
「監督のドアホ!」
と、あっかんべーをして杏奈は消えて行った。
「と言うことで監督が相手して」
「百年早いな」
「百年後、両方ともおじいさんとおばあさんなんだけど」
「冗談。じゃあちょっとだけな」
俺は真穂と対峙する。
もしも真穂のそれが特別なものだとしたら。俺が恋焦がれて止まなかった世界を見ることができるかもしれない。
真穂のボールタッチは足に吸い付いているかのようにピタリと離れなかった。目線でのフェイントも入れ、いつの間にか小技が増えていた。
体重移動から右側を抜きに来る——その予測は
「えへへぇ。月見健吾を月見健吾の技で抜いた」
俺は降参だといった風に
「少し背が伸びたな」
「二センチ! おっぱいも大きくなった!」
俺は目を細めて吟味するが首を傾げる。
「監督のえっち」
「誘っておいて」
「最近の監督、いい顔するようになった」
「……助平の顔とか言わないよな?」
「ううん。憑き物の取れたような」
「なんだそれ」
「星が見えるね」
唐突に話題が変わり、真穂は空を見上げた。
満点とはいかないまでも、都心の真ん中に比べれば、練習場ではそれなりに星が見える。
「あ、流れ星」
「願い事しておけ」
「監督のハーレムが崩壊しますように。監督のハーレムが崩壊しますように。監督のハーレムが崩壊しますように」
「……」
言いたいことは色々あるが、勝利を神頼みしないのが真穂のサッカーに対する純粋な想いだと感じられた。
「残念ながら失敗しました。ということは、ハーレム結成?」
「縁起でもないこと言わないでくれ」
「王様だからハーレムくらい作るんじゃない?」
「ここ日本なんだけど」
「そだ。肩車をして欲しいな」
「その願いはすぐに叶うぞ」
そうして真穂を背負う。
「おお。これは視野が広くなる。監督、次節はこの作戦で行こう! 監督の脚を持ってすれば、勝利間違いなし」
「その考えはなかったな。身長が急激に伸びたってことにするか」
「ね、監督。真穂たち勝てる?」
「さあどうだろう。真穂の調子次第かな」
「やっぱり? キーマン? いやキーウーマン? ん、キーガール?」
「最近、天然に拍車がかかってないか?」
「こう見えて真穂もキャラ作りに必死なのですよー。濃ゆい人が多いし。監督すぐハーレムに入れたがるし」
「入れてねえよ」
「出会ってくれてありがとね。きっと監督じゃなかったら、真穂は試合に出てなかったと思うから」
そう言って真穂は、両手を広げて星に手を伸ばした。
「月見健吾が見た世界はどんなだろう。紫苑ちゃんや香苗ちゃんや紬ちゃんはどんな世界を見てるんだろう。イザベラさんは?」
遠望して彼女は独り言のように呟く。
「繋がらないかな?」
「繋がるさ。そう信じれば」
「うん、真穂も最近、見えるってのがどういうものかわかってきた。監督はずっと繋げようとしてくれてたってことも」
やっぱり彼女は特別な世界を見ている。
「勝とうね。そして監督を日本一、世界一の監督にしてあげるから」
「ああ、信じてる」
そうして真穂を下ろすと、他のメンバーも合流し、皆で天体観測をするのであった。
あの一等星に輝く星はきっと手の届くところまで来ている。
そして、リーグ最終節が始まるのであった。
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