大一番の秋(4)
試合後、選手へのケアと反省会をし、スタッフは前祝いという名の飲み会に出かけることになった。というか、宮瀬と真賀田はプライベートでもよく飲んでいるらしく、というか、酒好きらしく、よく愚痴りあっているのだとか。
とはいえ。
本日、宮崎とTGAがともにナイターゲームというのもあり、それを観戦するのが主目的ではある。
スポーツバーに繰り出した俺たちは、それぞれのドリンクを掲げて乾杯した。
店は満杯で、大型ビジョンに映るJ1の試合に盛り上がっていた。
この店はコーチ二人がよくやってくる店で、テーブルに付随する小型ビジョンで好きなスポーツを見られるというところが繁盛の理由らしい。
早速俺たちのテーブルは、TGAの中継に目を向ける。宮崎の試合も気になるが、目下の相手はTGAだ。
ちょうどキックオフされたところだった。
「最近、不可解な調子の落とし方をしていたTGAですが、前節から動きを取り戻しています」
と、真賀田が説明口調。
まあタダで転ばないのが結城学だ。ギリギリでチームを立ち直らせてきた。現在、TGAはゲーム差2のリーグ三位。つまり今日落とせば、自力での自動昇格がなくなる。毎試合を一点取って0点で抑えて勝つ美学がここにきて裏目に出てしまったのだ。得失点差がTGAは多くない。
もちろん次節の直接対決が明暗を分けるであろう。
「いつの間にか、追われる立場になりましたね」
そう。本当にいつの間にか俺たちはリーグ二位に浮上していた。
六連勝で四あったゲーム差が縮まった。杏奈が口すっぱく宣言した通り、本当に優勝を語る立場まで来ていた。
「それで、監督はどっちを応援しますか?」
真賀田は少し頬を赤くしていた。
「どっちと言われてもなあ」
「ここでTGAが負けてくれれば、昇格が決まります」
「そういうのは言わない約束。勝って気持ちよく優勝しよう」
「ですが」ここで夏希。「宮崎が今日勝つと、我々の優勝もまた難しくなりますね」
こればっかりは天命に任せる以外になかった。首位宮崎とのゲーム差は1だ。宮崎が勝てばゲーム差2になって、俺たちが二連勝しても得失点差で優勝はない。
TGAはここ最近、4-5-1のシステムをいくつか試していた。クリスマスツリーと呼ばれる中央を固めた4−3−2−1や、サイドを活かせる4-2-3-1などを入れ替えて、彼らも進化しようとしていた。
今回はクリスマスツリー型を採用したようだ。格下が相手となるTGAはこれが決定項かもしれない。いや、断定は時期尚早か。
「ところでキャン督」今度は宮瀬。「実は個人的な感情があったりしなかったり、実はもうそういう関係になってたりそうじゃなかったり?」
「……真賀田さん、この人何言ってるの?」
「ああ、宮瀬コーチはすぐ酔う方なんですよ」
「今日は無礼講じゃあ〜」
一人幸せそうに唐揚げを頬張ると、肩を組んでくる。
「で。デデデ。キャン督は誰が好みなんじゃい?」
おじさんくさい。
「いうてみ。ほら、宮瀬に言うてみ?」
「……めんどくさいですね」夏希。
「恋バナ好きらしいですよ」
「まあ女子ですからね。それで? 月見さんは誰が好みですか?」
「はい?」
突然マネが乗っかってきたんですけどぉ。
「いや実際、私も気にはなっていました。監督は紬に目をかけているかと思っていたら、紫苑の復帰で彼女のことをよく気にかけていましたし、本命はウイングのどちらかかと」
真賀田さん、あんたも乗っかるのやめい。
「二人とも熱視線ですし」
あのー、夏希さーん。顔赤くないですかー。
ここは見ざる聞かざる言わざるの精神で閉口。
しかし真賀田はクイッとビールを煽ると、宮瀬が固めていた逆サイドから肩を組んで退路を絶った。
「案外、この男、私たちを色目で見ているかもしれませんよ」
「なぬ!? それは誠かキャン督!?」
本題ずれてませんか?
言っている間に、TGAが先制点を奪っていた。
あと、両コーチは目が座っていた。
「キャン督。そろそろはっきりさせておきませうぜ。あまり焦らすのもよくないですぞ」
「ほら、言っちゃえ。吐いて楽になっちゃえ」
申し訳ないが、真賀田コーチの上ずった若作りの声は吐き気がした。
ギャップ萌えならぬギャップ枯れ。
そうこう言っていると、またTGAが追加点を奪っていた。どうやら結城も優勝を諦めたわけじゃないらしい。格下相手に大量得点を奪って、得失点差を埋めるつもりだ。
「決まりだな」
「決まりじゃな」
真賀田、宮瀬は順に言うと、すっと後ろに回って、関節技を決めてきた。
「イダダダダダ——」
すると、夏希が「てい、てい」と、二人に優しくチョップをかます。
「ダメですよ。月見さんにおイタしちゃ。大事な監督なんですからもっと
アイコンタクトを交わした両コーチは、舌打ちした。二人は肩を組むと、身を翻し、テーブルを離れていく。
「け、監督の裏切り者」
「ふん、キャン督のスケコマシ」
捨て台詞を吐いて、別テーブルでやけ酒を始めていた。
なんだったんだ……。
どっと疲れが押し寄せ、画面に目を落とすと、前半が終了してハーフタイムに入っていた。
本当に何をしにきたのやら。
「……はあ」
「月見さん」
ん、と振り向いた時。何かが。
あれ、今。まさか。そんな。だって、どうして——?
額から唇を離した夏希は、ニコリと笑顔を見せた。
俺はきっと間抜けな顔をしていた。ヘディングではない柔らかな感触を思い出すことに必死だった。
「お礼です。私たちを救ってくれたお礼です。だから深い意味はありません」
「……俺の方こそ何度も救ってもらった」
「じゃあ月見さんもお礼してくれます?」
とろんと微睡むような上目遣いで試してくる。
「冗談です」
いつものように凛とした眼差しに戻ると、夏希はグラスに刺さっていたレモンを口に押し込んでくる。
悶絶だった。
「あまり選手とばかり仲良くしてると嫉妬しますからね」
「え——」
二発目のレモン。今度は唐揚げ用のでかいやつだった。悶絶である。
「月見さんがご自身で思っている以上に、皆んな感謝してるんです」
それ以降、彼女が口を開くことはなく、TGAが勝利していく様を眺めるのであった。
翌日、二日酔いスリートップは頭を抱えつつ口を揃えた。
「「「昨日のことは忘れてください!」」」
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