大一番の秋(2)
オフの月曜日、食堂では談笑の声が聞こえた。リラックスした様子の選手がいる中、木崎姉妹は対戦相手の研究をしていた。二人は研究熱心で、暇があるといつも録画を見ている。
俺は二人のところへ近づいて声をかける。
「そう言えば、二人は決めたか?」
芽と萌は揃って首を傾げた。
「まだ先になるが契約の時期が近い。まだレンタル移籍扱いだろ? 次のチームを考えてるなら俺が——」
「こいつは馬鹿」芽。
「途方もなくカバ」萌。
「カバって意外と凶暴なんだぞ?」
「あえて言おう、朴念仁」
「重ねて言い渡す、ぬけさく」
「酷くない?」
「むしろ酷いのはそっち」
「今の言い方じゃ、まるで他所に移れと言ってる」
あ、と漏らす。確かに配慮に欠けていたかもしれない。
「いや、移れっていう意味じゃないんだ。他チームに行くか、
「男に二言はない」
「いや芽、私たち女子だけど」
「女子に二言はない」
「……なんか話が脱線してない?」
すると、二人は同時に顔を背けた。
「ここは嫌いじゃない」
芽は頬を染めながらポツリと言い落とした。
「月見や皆が求めてくれるなら、なるべくこのチームにいたい」
萌も気恥ずかしそうに小さく言った。
「そうか。よかった。俺を含めてフロントもチームも、二人にいて欲しいと思ってる。金額のことはできるだけ、俺が上に掛け合ってみる」
木崎姉妹は目を皿にして俺を見つめた。
「……なに?」
「ああああああああえて聞こう!? そそそそそその! 月見はししししし強いて言うならどドッドどどどおどど、どっちに残って欲しいい!?」
「萌、壊れてる。落ちついて。大丈夫、この男は私たちが求めるような答えは出さない。なぜなら、『全員を籠絡するまでが俺の監督をする理由なんだぜグヘヘへへへへ』っと思ってるから。女子のハートにゴール決めてやるぜヒャッホウ!」
「芽、お前も壊れてない?」
「「で、どっち!?」」
「……二人とも残って欲しいってのはやっぱりダメか?」
「ツマラナイ回答」
「優等生め」
「でもさ、二人で一つなんだよ。木崎姉妹のどちらが欠けても、最終ラインは機能しない。君らが入ってくれてから、ウチはディフェンスが安定した。頭も良いし、研究熱心で、俺が細かい指示を出さなくても対策を自分たちで練ってくれている。攻撃バカの俺の負担が軽くなってるんだよな。だから二人とも欲しい」
「はい、言質頂きました」
芽はボイスレコーダーをピッと鳴らす。
「今のはプロポース的解釈をされても仕方のない言葉」
「都合のいい解釈だなおい! てか、罠を仕掛けられた!?」
すると芽はボイスレコーダーを再生させる。
『二人とも欲しい』『二人とも欲しい』『二人とも欲しい』『二人とも欲しい』『二人とも欲しい』『二人とも欲しい』『二人とも欲しい』『二人とも欲しい』『二人とも欲しい』
一部分だけが切り取られループ再生。
「あああああ、やめてくれ!」
木崎姉妹は親指を立て合うと、
「弱みは握った」
「これを聞けばよく眠れそう」
そう言って立ち去る二人はふと振り返る。
「求められるのは悪い気分じゃない」
「今晩、開けておくから」
言い置くと、小走りでスタスタ去って行った。
罠だよなぁ。
トレーニングルームの前を通り過ぎる際、声が聞こえて、俺は慌てて部屋に突入した。
「今日はオフ——」
キョトンと首を傾げた紬と、柔軟をしていた紫苑の姿が目に入り、ホット胸をなで下ろす。
「まさかとは思うが、練習はしてないよな?」
「あら、信用ないのね、紬は」
「紫苑でしょ?」
「二人共だ。ちょっと目を離すとお前ら練習だからな」
「流石にそこまでバカじゃないわ」
「健吾がやれと言えば、なんでもやるけど」
紫苑は紬をキッと睨みつけ、
「私だって脱げと言われれば脱ぐし、股を開けと言われればどこでも開くわよ!」
「撮影的に?」
「もちろんエロい意味でよ!」
あー、ここはあれだ。地雷だ。
そう思って、俺は音を立てないよう退散しようとするが、急いで詰め寄った二人に退路を断たれてしまう。
「この際だからはっきりさせておきましょう。月見は私と紬のどっちが好きなの?」
「いやあのだな……」
すると紬は突然うずくまって足を抱えた。
「おい——どうした!? 捻挫が再発したのか!?」
「持病の、突発性カマテ病が」
「ん?」
「お姫様抱っこ」
「はい?」
すると紫苑も足を抱えて、
「突発性月見専用メンヘラ病が」
「……怪我じゃないよな?」
「「お姫様抱っこ!」」
物凄い形相で睨まれた。この二人、仲がいいのやら悪いのやら。
「と、ともかく病気や怪我じゃないなら俺はこの辺で……」
しかし両サイドを固めて、二人は腕をがっちりホールド。
「逃げるなら練習してやるわよ!」
「好きと言ってくれるまで走り込みする」
「ぐ。脅すとは卑怯な」
「でも私は月見を困らせたくないから練習はしないわ。冗談よ、ちょっとからかっただけ。ごめんね?」
「む。先制カウンターずるい」
「言ったもん勝ちよ。どうせ、月見が私たちに手を出す勇気も甲斐性もないんだから、これくらい遊んだっていいじゃない」
紬は納得いかない様子で頬を膨らませていた。
「あのさ、二人とも」
「大丈夫。本当に練習はしないから安心して」
「たぶん、二人が自分で思っているよりも、俺、二人とも好きだぞ?」
目を丸くした二人は途端に真っ赤になっていた。
「そそそそそそれはせせ選手としてって意味よね!?」
「どれくらい!? どれくらい愛してる!?」
「毎日顔を見たいくらいには」
ふしゅっ、と魂の抜けた二人は腰を抜かした。
たまには揺さぶりをかけてみるものである。
もちろん嘘はついていない。
人として。
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