愛しき我が家の(廃)神様! ~バレンタイン特別編~
あざね
前編:アンジェリカ
――これは、ある物語のその後のお話。
夏の嵐が吹き去る最中に、俺は彼女に告白した。
そして、俺と彼女は結ばれた。不思議な『縁』は、俺と彼女に最高の贈り物をしてくれたのだ。帰ってきた彼女を抱きしめて、その温もりを感じた時――世界中のすべての幸福が、俺と彼女を包み込む。
あぁ、報われた、と――彼女と、彼女の背負ってきたモノすべてが報われた、と。
俺は心からの感謝を、神に捧げた。
「はぁ……」
――だけれども、だ。
その幸福の時間だって、長く続くわけじゃない。
そのあと俺達はまた離れ離れになって、別々の道を行くことになってしまった。――それも、仕方のないことだ。そう割り切れたなら、どんなに楽だったろうか。でも俺の心はまだまだ未熟で、それに耐えることが出来なかった。
だから――
『――……だからって。国際電話でボクに電話するの、やめてくれないデスか? ユウくん』
俺は、涙ながらにアンジェリカに相談の電話をかけているのであった。
「いや、だってさ……」
『だっても何も、ないデスよ。エニシちゃん、新人神様の研修課題のノルマ達成のために、ちょっと離れてるだけデスよね? それも、三ヶ月だけ』
「……アンジェリカ。何だか、電話するたびに言葉きつくなってない?」
俺は頼みのアンジェリカにも突き放され、部屋で一人、肩を落とす。
そうなのである。
つまるところ、アンジェリカの言う通りなのである。
エニシは別に、俺のもとから去ってしまったわけではない。
見習い神様から卒業した彼女は、その後しばらくして神様としての新人研修に入ることになった。その期間というのが、十二月始めから二月の終わりまで。何故この期間なのかと問われれば、クリスマスやバレンタインなどの恋愛絡みのイベントが多いから、だそうだ。――意外に、神界も俗世に染まっているものである。
そんなわけで、エニシはこの三ヶ月の研修に向かってしまった。
心苦しいが、行かなければまた見習いからやり直しだ、とはイズモさん。流石にそれは不味いため、渋々エニシを送り出した、というわけである。そして、かれこれ一ヶ月半が経過したのであるが――
「――……あぁ。エニシに会いたい」
エニシよりも先に、俺の方が音を上げてしまったのであった。
俺はスマホの奥にアンジェリカがいることも忘れ、思わずそう何とも情けない弱音を吐く。これにはアンジェリカも呆れたようなため息をついていた。
しかし、今の俺の気持ちを誰が責められようか。
せっかく恋が実ったというのに、一緒にいられたのは数か月だけ。しかもやむを得ぬ都合とはいえ、恋人と過ごす初めてのクリスマスを奪われ、そして次には同じくバレンタインさえをも奪われようとしているのだ。これだけでも辛いのに、直接会うことは出来ず、かつ連絡も書面のみ。
――何だよこれ! これが神様のすることかよっ!
『まぁ、ユウくんの気持ちも分からないでもない、デスが……』
そう考えていると、電話の先からアンジェリカのそんな言葉が聞こえてきた。
何やら言いたげな雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「……なにか、言いたいなら言いなよ」
その空気を感じ取った俺は、おずおずと、そう切り出した。
すると、ピタリ。
アンジェリカの動きが止まったのがハッキリと分かった。そして、次の瞬間――
『――……それじゃあ、言わせてもらいマスが』
空気が、変わった。
『ユウくんは、エニシちゃんがケンシューに行ってから、なにかしたデスか? たまにボクに電話をしてきたと思ったら、そんなヨワネばっかりデス。エニシちゃんは頑張ってるのに、ユウくんがなにかしたとはボクには思えません。連絡は、少しデスけど取れるデスよね? それだったら、ジブンでできるコトはないか、エニシちゃんに聞いて――』
「――……ごめんなさい」
気付けば俺は謝っていた。
ぐうの音も出ないくらいの正論をぶつけられて、電話越しに頭を垂れるしかなかった。カタコトながらもスラスラと出てくる彼女の思いに、俺はそうすることしか出来ない。
たしかに、彼女の――アンジェリカの言う通りだった。
俺はエニシが行ってしまってからというもの、どこか空気が抜けたかのように、何に対してもやる気を失ってしまっていた。誰もいない部屋に帰ってくる度に、どこか空虚な気持ちになってしまって――気付けば、アンジェリカへの電話の頻度も次第に増えていってしまっていたのだ。
『ユウくんの気持ちも、少しだけ分かるデス。好きな人と離れるの、辛いの……知ってマスから』
「アンジェリカ……」
俺が自己嫌悪に陥っていると、アンジェリカのどこか悲しげな声が届く。
その声はほんの一瞬だけ、なにか今までとは違う感情が混ざっているように思えた。
だが、しかし――
『――で、でも! だからこそ、できるコトするデスよ! エニシちゃんのために!!』
それも、本当に一瞬だけ。
すぐにそう声を張り上げた彼女からは、本気でエニシのことを思う気持ちしか感じ取れなかった。前向きで明るい、いつも俺のことを励ましてくれた彼女の声そのもの。そして、彼女は俺に異論を唱える隙を与えないようするためか、さらに立て続けにこう言ってきた。
『なにか、思いつくコトないデスか? ――今のエニシちゃんに、必要なコト』
「今のエニシに必要な、こと……?」
俺は勢いに負かされて、アンジェリカの言葉を繰り返す。
そして、雑念を振り払うために首を左右に振ってから、必死になって考えた。今のエニシに――すなわち、研修のノルマを達成しなければならないエニシのためになること、を。
エニシは今、月に一組の縁を結ぶ――俺の時のように直接ではなく――というノルマを与えられている。それを達成できなければ、研修期間が延長されるということで必死になっていると、手紙には書いてあった。十二月分は月末にどうにか達成できたらしくホッとしていたが、今月は閑古鳥が鳴くかのように参拝客がきていないらしい。
それは、そうだろう。だってあの神社は――
「――……あ、そうだ」
そこまで考えて、ハッとした。
そうだ。どうして今まで、こんな単純なことに気が付かなかったのだろう。どうして、今まで共に歩んできた女の子に、すべてを押し付けるようなことをしてしまったのだろう。
――あぁ。やっぱりバカだ、俺。どうしようもない。
俺は自分の頭を叩く。
ここしばらくの体たらくを責めるように。そして、前を向くために。
『思いついた、みたいデスね……』
「あぁ! ありがとう、アンジェリカ!」
俺の言葉を聞いて気付いたのだろう。アンジェリカはそう静かに言って、笑った――ような気がした。
彼女には感謝しなければならない。
そう思って俺は、電話越しでも気持ちが伝わるように、思い切り声を張った。すると――
「――うるさいぞ、あにきっ! 今何時だと思ってんだ!!」
「うわっ!? わ、悪いっ!!」
妹が隣の部屋から、大声で怒鳴ってきた。
俺は条件反射で謝罪する。そうすると――
『……ふふふっ』
――次に聞こえてきたのはスマホからの笑い声。アンジェリカの大きな笑い声だった。彼女の声は本当に楽しげで、何かが吹っ切れた、と。そのように思えた。
そして、ひとしきり笑ったアンジェリカは、一度大きく息をついてから言う。
『妹さん、デスね? こっちまで聞こえたデスよ』
「ははは……」
その言葉に、俺は苦笑した。
目元を拭っているのが目に浮かぶような彼女の言い方に、どうしても恥ずかしさが先に立ってしまったのである。だけど、次いで彼女の口から出た声は真剣そのものだった。
アンジェリカは声のトーンを落とし、静かに、俺へと問いかける。
『分かって、マスか? ――今度は、ユウくんが頑張る番、デスよ』
シン――と。
部屋の空気が、いや全てが、静寂に包まれるのを感じた。
それは俺の気のせいかもしれない。でも、それはきっと俺が受け止めないといけないモノだ。だったら俺は、真摯にそれを受け入れよう。
そう。他でもない、
「うん。分かってるよ――大丈夫」
だから静かに、しかし力強く俺はアンジェリカに答えた。
すると、スマホの奥から息を呑む音。
そして――
『――はい! それじゃあ、もうユウくんは大丈夫デスね!』
最後は、明るく。
彼女らしい笑顔が伴うような、元気な声で。
「あぁ、ありがとう。アンジェリカ」
『頑張ってくださいデス! それじゃ、お休みなさい。――ユウくん』
通話は切られた。
プツリ――
だけども、もう俺の心には迷いはなかった。何故なら、もう進むべき道はしっかりと照らさていたのだから。
「よし……」
俺はスマホを置いてから、窓の外へと視線を移す。
すると、そこにあったのは綺麗に切り取られた満月の絵。その周囲の星々は、冬の乾いた空気によってより眩く光っていた。それはまるで、俺の決意を後押しするような、そんな輝き。
拳を握りしめる。
そして、俺はそれを一級品の絵画へと突き付けた。
一月の中旬。
その、とある日曜日の深夜。
俺は、明日から始まるすべてへの覚悟を決めた。
それは、そう。たった一人の、大好きな女の子のために――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます