エルフの耳『宮明寺勝大 短編作品集』
富山 大
第1話 エルフの耳
エルフ。
みんな好きだよな。
もちろん、オレも大好きだ。
エルフの特徴といえば、何と言ってもあの長い耳だ。
広い
嬉しい時には、犬の尻尾のようにピコピコと動き。
悲しい時には、力なくしなだれ。
怒ってる時は、ドラゴンの角のように天に向かって垂直に立つ。
実に見てて飽きない。
で、この特徴的なエルフ耳なんだが、機能以上に重要なのが、文化的・精神的側面であるらしい。
あるらしいというのも、オレもたった今知った事だからだ。
エルフの野郎どもは、耳を無数のピアスで飾ってるんだが、これはお洒落の為では無いらしい。
男らしさ、勇敢さ、我慢強さのアピールだというのだ。
と、いうのもエルフ耳は、指先以上に末梢神経が集中してる部分であり、ピアスの穴を開ける際、物凄い激痛が走るんだとか。
耳たぶはそうでも無いが、先端の軟骨部分に針を刺すのは、爪の間に針を刺すようなものだと聴いた事がある。
大の大人のエルフ(百歳以上ね)が泣き叫ぶってんだから、相当なもんだ。
エルフの少年に取っては重要な通過儀礼で、この試練を乗り越えないと、大人として認められないらしい。
当然、戦場にも出れないし、大好きなあの子と結婚も出来ない。
キビシーね。
エルフの女の子を見ると、百人中百人が身につけてるアクセサリーがある。
みんな知ってるよな。
そうイヤーカフスと、イヤードレスだ。
エルフ族の女の子には、生耳を異性に見せてはいけないという、風習だかしきたりがあるんだとか。
生耳を⋯⋯。
なんか凄え言葉だな、生耳。
生脚、生乳、生耳。
生脚、生乳、生耳。
生脚、生乳、生耳、生耳⋯⋯、うん萌えない。
いやいや、どうでも良い事だ。
その生耳を見せて良い相手ってのが、実の父親と、息子と、夫だけっていうんだね。
自分の母親の耳を見た事のない、エルフの野郎も多いらしい。
これで長年の疑問に答えが出た。
エルフの野郎どもは、耳フェチなヤツが非常~に多い。
チームのメンバーにも沢山いた。
エルフの野郎は特殊な性癖のヤツが多い、って想ってたんだけど。
なんの事はない。
ヤツらにしてみりゃ、生耳を晒してる人間やドワーフの女の子は、全裸で街中を歩き回ってるようなものなのだ。
そりゃ興奮するわな。
オレだって、トップレスのエルフっ
ゴスンッ
と、軽い衝撃に、目の前で火花が散った。
「ちょっと!! 人の話しを訊いてるのノエル!?」
ガリーナが眼を怒らせて、そう喚いた。
彼女を目の前に、考え事をしていたオレも悪いが、何もエアボルトをぶっ放す程の事じゃないだろう。
ぁ~、頭がクラクラする。
「悪い、考え事してた」
「考え事? そんな事だから私の声が聞こえないのよ!!」
両手で胸を隠すように、両耳を押さえたガリーナが、いまにも食いつかんばかりの顔でオレを睨んでいた。
顔面
器用だな、ガリーナ。
「さっきは聞こえなかったんだよ」
「なんで!!」
「なんでって。お前、本気で言ってるのか?」
「
オレは、真っ青なため息をついて、この
「こんな狭い場所で、オ、マ、エ、が、エクスプロージョンなんかぶっ放すからだ」
「それで」
「その衝撃波で、オレの耳が
爆発の熱波を直撃で受けたオレは、吹き飛ばされ、ガリーナと正面衝突した。
背中は大火傷、鼓膜は破れ、しばらく気絶してたらしい。
ガリーナはというと、イヤーカフスとイヤードレスが
全く、冗談じゃねえ。
ガリーナは優秀な魔法使いだが、なんというかセンスがない。
無茶苦茶な事を平気でやらかす。
例えば、ゴブリン相手にメテオストライクをかましたりする。
ゴブリンの群れじゃない。
ゴブリン一体に対してだ。
大空を切り裂きながら、自分に降り注いだ隕石を目の当たりにしたゴブリンの顔は、絶望に引きつっていた。
当然、仲間も巻き込まれた。
オレも、その一人だ。
人死にが出なかったのは、奇跡だろう。
シタデルの魔法学院を主席で退学した実力は伊達じゃない。
なんで退学になったかって?
そりゃシタデルのシンボルである
「倒壊なんて、させてないわよ」
ガリーナが、ジト目でオレを睨んだ。
「お
「読んでないわよ、あなたは心の声が外に漏れるタイプなのよ」
そっぽを向くと、呟くように言った。
「先端が⋯⋯、ちょこっと欠けただけよ」
さらに赤くなった耳が、ピクピクと動いてる。
「象牙の塔の?」
「そうよ」
「先端が」
「そうよッ」
「なにやったんだ?」
「コールストームの実験をしてたの。ビカビガビカ~って、雷が落ちて。それで⋯⋯」
「先端が欠けた?」
「そうよッ!! 何度も言わせないで」
やれやれだ。
象牙の塔の最上階に住んでたアークメイジのオリバー・オーウェン・オックスリーは腰を抜かし(情けない爺さんだ)、即日ガリーナを退学処分したって訳だ。
オレは立ち上がり、周囲を見回した。
エクスプロージョンの爆発で、罠が幾つか誤作動を起こしてる。
床が抜け、転移の門の扉が開き、フロルにミルヴァ、それにグスタフとシルヴアーナの姿まで消えていた。
罠に掛かったんだ。
「あ~ぁ。まいったな、こりゃ」
オレは口に出してボヤいたが、内心ホッとしていた。
下にあったのが転移の門で、まだ良かったのかも知れない。
もし、これが鉄串だったら、エルフにダークエルフに、ドワーフとオークの串焼きが出来上がってた所だ。
マーカーが生きてりゃ良いが。
「ちょっと!! どこへ行くの?」
慌てた様にガリーナが訊いた。
「どこって、フロル達を探さなきゃよ」
「まだ話しは終わって無いわよ」
「悪かったよ。オレが不用心でした」
そう言って、オレは深々と頭を下げた。
「それじゃ足りない」
「あぁッ!!」
いい加減ムカッ腹を立てたオレの目の前で、顔を真っ赤にしたガリーナがきっぱりと言った。
「責任を取りなさい、ノエル・パーシング」
ツンとした表情でそっぽを向いたガリーナの耳が、せわしなく動いてる。
「責任って、なんのだよ?」
語気を強めて訊くと、さらにガリーナの耳がパタパタと動いた。
まるで子犬の尻尾だ。
「決まってるでしょ、その⋯⋯、あの⋯⋯、乙女の耳を目の当たりにして、そのまま済ませるつもりなの!?」
「乙女って。アラハンのエルフ女がなにを──」
「アラハンいうな!!」
ガリーナが怒鳴った。
今のいままでパタパタと動いていた耳が、ピンと垂直に立っている。
本当に良く動くな。
「四捨五入したら、もう
「九十よ」
「そんなにゃ変わらねえよ」
「三桁と二桁じゃ大違いよ、バカっ」
オレは、やれやれと肩を竦めた。
「それで、なんだよ。責任って」
「それはその、あの⋯⋯⋯⋯」
モジモジモジモジと金色の長い髪を弄りながら、ガリーナが言いよどんだ。
「で、なに?」
いい加減
「わ、私と⋯⋯」
「私と?」
「あの、その」
「なに?」
「やっぱり女の子から言う事じゃない!」
その場にペタンと座り込むと、両手で顔を覆った。
女の子って、幾つだよコイツ?
オレの三倍は長生きしてるってのに、なんで、こんなにウブいんだ。
ん?
ウブい!?
改めてガリーナを見た。
耳は真っ赤。
顔も真っ赤。
さっきまでピンと突き立っていた両耳は、いまはしおしおとしなだれている。
俯き気味の視線は、床の一点を見つめたまま、恥ずかしそうにオレと眼を合わせようとしない。
え?
エエエェェェェェェェッ!!!
コイツ、もしかして。
ゴクリと音を立てて唾を飲み込んだ。
「ノエル」
「うん」
「心の声が漏れてる」
オレは片手で口元を押さえて、ガリーナをまじまじと見た。
まじかよ、コイツ。
「私達は、あなた達の十倍の時間を生きるのよ」
「知ってる」
「だから!!」
「だから?」
「あなた達みたいに、生き急ぎしないのよ」
勢い込んで立ち上がったガリーナの顔が、オレの目の前にあった。
また耳が立っていた。
ドジ天を衝くか。
ガリーナにピッタリの言葉だ。
それにしても薄い耳だな~。
指先に触れるガリーナの耳の感触は、人間のそれと大して変わらないが、非常に薄い感じがした。
まるで猫の耳だ。
薄くて、弾力があって、光を浴びると透けて見える感じが⋯⋯。
んんっ!?
ガリーナが両眼と口を
なんだ?
どーしたんだ!?
「おい」
「もうダメ」
ドンとオレの胸を突いたガリーナが、腰の短剣を抜いた。
「おいガリーナ」
「耳を⋯⋯。結婚もしてないのに、耳を触られた!! 私、もう生きてけない」
そう叫ぶなり、自分の喉に向け短剣の切っ先を突き立てたのだ。
「バカッ!!」
「ノエル」
「いって~」
「なにしてるのよ、バカ」
「そりゃオレのセリフだよ、バカ」
掌から短剣を引き抜くと、ガリーナが
ビリビリと痺れるような痛みが走り、見る間に傷が塞がった。
さっすがはガリーナ、魔法の腕はピカイチだ。
呪文を唱えつつも、ガリーナの眼がオレを伺うように見ていた。
「本気か?」
オレは訊いた。
ガリーナが黙ったまま、眼を逸らした。
オレはため息をついて、片膝をついた。
「ゴルジェイの娘ガリーナ。結婚してくれる?」
ぷいとそっぽを向いたガリーナが、
「いやよ」
と、囁くように呟いた。
「本当に?」
頸を傾げたオレがからかうよに訊くと。
ガリーナの両耳が、真っ赤なままピクピクと震えていた。
♠
あれから一年。
離ればなれになったフロル達を探す旅は続いている。
変わった事といえば、オレとガリーナの耳にペア耳輪が付いてる事だ。
人間なら指輪の交換って事になるんだが、エルフ族の伝統で既婚者はペアの耳輪を付ける事になっている。
これが夫婦の証しって訳だ。
それにしてもエルフっ
オレは、もっと、こうボンキュボンッと肉感的な方が⋯⋯
ガリーナがジト目でオレを見てる。
「心の声が漏れてるわよ、ノ、エ、ル!!」
パリン
と、音を立ててライトニングボルトが飛んで来た。
オレは痺れながら想った。
あの
♠
おしまい。
♥
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