理術士のセオリー

@rein-dain

第1話

理術士のセオリー

  第1話

「道の始まり」



「はぁっ…はぁっ…っ」


 全体が仄かに光る洞窟を一人の少年が走っていた。その表情は決して良くはない。顔は青く、頬や鼻には土が付き、額には小さいながらも切り傷による出血があった。

 突き出た石や段差に転びそうになりながら、出口を目指す。後ろから迫る恐怖から逃げるために。


「ギャオオオオオオ!!」


 少年の背後から響く引っ掻き音を何倍にも重く鋭くさせたような咆哮。

 足音は重く、大きな石を落としたような音が一定間隔で反響する。


「はぁっ…はぁっ、なんだよあれっ。あんな生き物聞いたことないよっ!」



 少年はいつもの日課通り、洞窟に石探しに来ていた。これまでは洞窟の入り口付近や500m入ったところの十字路などで石探しをしていたが、今日は勇気を出して十字路をそのまま奥まで進んでみたのだ。

 十字路の先には大きめの空間が広がっており壁には薄っすら光る石がいたるところにあり少年の瞳を輝かせた。

 薄明かりの広場で胸を躍らせていた少年の耳が岩が落ちる音を捉えた。音のした方に振り向くと、薄明かりの中に大きな岩の影があった。最初は落石かと思った少年。ある意味ではその推測は正しい。

 それが岩石獣でなければ。



「はぁっ…はぁっ、見えたっ! 出口だ!」


 息を切らせながら走り続けた少年の目の前に白く光る穴が現れた。

 洞窟の出口だ。

 後ろからは未だに足音が迫ってきている。だがここまで来れば逃げ切れると思った時だった。

 脚に激痛が奔った。


「があああっ!?」


 距離にして100mというところで転倒。少年は痛みの発生源を確認すると左脚があらぬ方向を向いていた。


「な、なんなんだよっ……、何がっ。なんで」


 少年は痛みと何が起こったのか分からないことでパニックに陥る。そうしている間にも岩石獣の足音がもうすぐそこまで迫っていた。洞窟の奥を見れば30mもしない距離まで近づいて来ている。

 正面を見れば出口がある。常ならすぐ出ることが出来る距離。だが今の脚では途轍もない距離。

 真後ろから音がした。

 振り返るといつのまにか目の前に岩石獣が立ちはだかっていた。


「う、うわあああああぁぁぁっ!!」


 絶叫と共に手近にある小石を投げつけるがただ跳ね返るだけで何かしらの効果も見られない。

 岩石獣が右腕を振り上げた。その腕の先には少年の頭より二周りほど大きい岩が付いていた。


「あ、あぁあ……」


 腕を振りかぶった岩石獣は力を込めるような動作から土塊で出来てるとは思えないほど滑らかな動きで岩塊を少年目掛けて振り下ろした。


「ぁぁああああああああ!!!」


 もうダメだ、自分は惨たらしく死ぬ運命だったのかと絶望しながらも本能故か頭部を守るように抱え縮こまる少年に、しかしいつまで経っても激痛どころか違和感にすらも襲われない。

 自分は死んだのか、それともまだ生きてるのか。恐る恐る目を明ける。脚の痛みは相変わらずだが他に痛みが追加されたところは感じられない。

 何故自分は無事なのか、先ほどの生物は幻だったのか。自分は夢でも見ているのではないかと恐怖と一縷の希望が綯い交ぜになった心境のまま、岩石獣が居たところを怖々振り向くと。


「え……?」


 岩石獣は岩塊を振り下ろす途中で止まっていた。

 正確には金縛りにでもあったかのように動きたくても動けないようだった。

 少年には何がなんだが理解が出来なかった。自分が未知の生物に襲われていたのは現実だったが今殺されていないことの方が非現実的に感じられた。だがそんな感覚もすぐに吹き飛んだ。



ズガッッッ!!!!



 いきなり少年が倒れている地面の両側から石柱のようなものが飛び出してきたからだ。

 飛び出た石柱は岩石獣を突き飛ばしたと思ったらすぐに土塊に還っていった。


「大丈夫かい?」


 岩石獣が飛ばされたのと反対方向、つまり入り口の方から声がする。

 一瞬何が起こったのか分からなかったがその声で出来事の半分を理解することが出来た。それと同時にあと少しで死んでいたという恐怖とそれを上回る助かったという安堵が込上げてきた。


「少し待ってて。今安心させてあげるから」


 入り口から少年のところまで進みながらそう言う声の主は、歩きながら指を空中に走らせていた。

 最初はなにをしているのか分からなかった少年だが、次第に空中に赤い紋様が浮かび上がってきた。

 少年が住む村にもその話は伝わってきていた。

 不思議な紋様を操り自然現象を自由自在にあやつることが出来る者が居ることを。

 そしてその力を道具に仕事をしている者達のことを。

紋様が完成したのか宙を走らせる指を止めて目を見開く。指を止めた手を今度は腕ごと動かし振り払うような動作の直後、それは起こった。

 赤々と燃える様な色の紋様が外側から色を失っていくと同時に中心から炎が吹き出てきた。炎が矢のような細長い形を模ると、文字通り矢の如く飛び去り起き上がって再び迫っていた岩石獣の胸に突き刺さる。途端に体の内側から炎を吹き出す岩石獣。痛みを感じているのか苦悶の声のような音を発する。


「グオオオォォォォォ!?」


 苦しみながらもこちらへ向かってくる岩石獣に、炎の矢を飛ばした人物は左から右に振り払った腕を逆向きに振った。すると今度は紋様が銀色に変わり、冷気が漏れ出てきた。白い冷気の中から氷柱のような物が伸びてきて、先ほどの再生のように岩石獣目掛けて飛んでいった。

 同じように岩石獣の胸を貫くと燃え盛っていた炎が瞬時に消え、代わりに全身を氷が覆っていく。

 5秒もしないうちに氷像が一つ出来上がった。


「まぁ、これでいいかな。残しておくのもなんだし、今回は過剰防衛ってことで」


 そう言うと手近にあった石を氷像に投げつけた。石が当たった瞬間に弾ける様に砕け散る氷像。あれでは元がなんだったのか判別も出来ないだろう。


「さて、と。これでもう安心だよ。大分やられたみたいだけど、命に関わる程でもなさそうだね」


倒れている少年に膝をついて目線を合わせた際に、これまで逆光となっていて全体像がわからなかったその人物が誰なのか、少年はようやっと把握出来た。


「あ、あなたは確か、今村に滞在している……」


 少年の言葉にその人物は微笑みながら負傷している左脚を診始めた。


「骨が折れてるね。石砲でも食らったのかな。でもまぁ、大丈夫だよ。骨折程度ならここで治せるから」


 そう言うとその人物は左脚に左手を翳して右手で紋様を描き始めた。


「痛みが走るけど、少し我慢してね。すぐ治るから」


 その言葉通り紋様が光始めると左脚から激しい痛みが走った。


「あああああああぁぁぁ!!!!」


 たっぷり5秒ほど痛みに翻弄されると、そこから先はスッと潮が引くように痛みが消えていく。少年の全身は脂汗でびしょびしょだが、左脚の痛みは消え去りあらぬ方向に曲がっていた脚も正常に戻っていた。


「はぁ…はぁ…、なお、ったの……?」

「うん、完璧に。もう歩けるはずだよ」


 そう言われて少年はゆっくりと立ち上がる。

 恐る恐る左脚を地面に着ける。痛みはない。それどころか違和感すら残っていない。

 それを確認すると少年は左脚で足踏みしたり飛び跳ねたりして喜んだ。


「もう大丈夫そうだね。じゃぁ村に帰ろうか」


 回復した少年の様子に頷きながら言う【彼】にはいと返事しながら先に進んだ【彼】を少年は追いかける。



洞窟を出て村に戻る道すがら、少年は色々話を聞いていた。

 何故村に滞在しているのか。

 先ほどの不思議な紋様はなんなのか。

 自分を襲った生き物はなんだったのか。

 色んな話を聞いている内にいつの間にか村へ着いていた。


「じゃぁ、僕は村長さんのところでお世話になってるから。また何か聞きたいことがあればおいで」


 そう言う【彼】に少年は今一番聞きたかったことを問うてみた。


「あ、あの! あなたの名前を教えてください!」


 村長の家に向かって歩いていた【彼】はぴたっと止まると苦笑交じりに振り返った。


「そういえばまだ名乗ってなかったね。僕の名前はロキ。ロキ・ゼオル。一応理術士やってるんだ」

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