エントロピー反転円境界線まで+100メートル

 時刻は、昼過ぎ。日差しが強いが木々が生い茂り、大木の近くだと日差しを遮り薄暗ささえ感じる。

 位置は、言語で表現するなら、岐阜県最北部の三方崩山の南側山麓のどこか。

 GPSの画面だとエントロピー反転円境界線まであと100メートル。200メートル切ったあたりからアラームモードにしてゆっくり近づいた。

 本来なら、ドームとかいう海外ドラマみたいに、見えない、半径10キロの半球体のバリアーが目の前に存在し、その中で富士林教授がエントロピーを反転させて待っている。

 しかし、半透明のバリアーや、ゼリー状の薄膜などは、微塵も見えない。

 境界線は一切見えないのだ。

 エントロピー反転円境界線を越えたものがどうなったのか、一応、内閣府と防衛省の官僚たちは教えてくれたが、思い出したくない。

 和才は、陸自の戦闘糧食を摂ることにした。最新の米軍のなんとかレーションにしてもらった。

 人生で食う最後の食事かもしれないからだ。

 それに、境界線を越えるのに空腹なのは、良くない気もした。

 なにより、ちょっと装備が軽くなるのが、嬉しかった。

 水筒の水は、もう大分飲んでいた。残りが気になるぐらいに減っていた。

(ここは、日本だ、最悪、川の水にあの貰った消毒剤を入れて飲もう)

 陸自の人間は、なにかと米軍のとつくものを和才に持たせたがった。しかも、米軍のとつけるのが、嬉しくてしょうがないようだった。それは和才には、一生かかっても理解できない喜びらしい。

 歩いて、腹が減っていたせいか、レーションは望外に美味うまかった。しかし、人生で最後の食事になる可能性があった。ハリウッド映画でみたことがある。死刑囚は最後の食事はなんでも望みのものが食べられるらしい。そして州知事の恩赦か特赦を泣きながらか、怒りながらか、笑いながらか、待つ。

「俺は、死刑囚じゃないぞ」

 和才の台詞は変わり続けた。

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