必殺!自殺エスコート人の最後のターゲット

ちびまるフォイ

ターゲットはいったい誰だ

『ああ、もう嫌だ……死にたい……』


盗聴先の家でターゲットのひとり言を聞いたとき、勝利を確信した。

俺の予想はぴたり的中し、ターゲットは数日後に自殺した。


「いやぁ、素晴らしいね君は」


「いえいえ、俺なんてまだまだですよ。

 自殺エスコート職にはまだまだ奥が深いです」


「そんなこといって。君はうちのエースじゃないか。

 はい、それじゃ最短記録更新分のボーナス含めた賞金だ」


「いつもありがとうございます」


職業:自殺エスコート。


この世界には死んでいい人間がいくらでもいるのに、殺すのは許されない。

そこで、俺のような自殺エスコート人が周囲に働きかけてターゲットを自殺に追い込む。


自殺までの日取りが短ければ短いほど賞金は高くなる。

エスコート人たちはみなその短さを競っていく。


「それじゃ次のターゲットはこの人だ。やってくれるかい?」


「もちろんです」


今度のターゲットはどこかの女社長。人を騙して金を奪ってはホストに貢ぐ。

そんな悪事を許せなくなった誰かに依頼されたんだろう。確実に自殺させてみせる


まずは立場を利用して部下をじわじわと休ませたり、退社させていった。


『ちょっと!! どうなってるの!? なにか不満でもあるの!?』


女社長はヒステリックに部下に怒鳴る。盗聴器越しでも動揺がわかった。

自分の環境が崩れれば誰だって怖くなる。


その後は大きな変化を与えずに社長抜きで仕事を進めていく。

俺も会社に入って仕事をこなしていく。


「いやぁ、君が入って一気に仕事がしやすくなったよ」

「いえいえ。前職でいろいろ経験したものですから」


徐々に会社での居場所を失った社長は、ホストクラブへと通い始めた。狙い通り。

お気に入りのホストには別の女をつけて独占させないように働きかける。


「ちょっとぉ! さっきから待ってるんだけどぉ!!」


「すみません。聖矢さんは接客中でして」

「倍の金払うから連れてきなさいよぉ! どんな酒でも買ってあげるわよぉ!!」

「そういう問題ではなくて……」


「もういい!!」


女社長がホストクラブを出たところで、ガラの悪い連中をぶつける。

肩がぶつかった拍子に女社長は路地裏の汚い通りに倒れた。


「いってーなこのブス! 気を付けやがれ!!」


台本通りかつ完璧な演技。ナイスやくざ。


「なんなのよ……もう……」


エキストラの通行人が汚れきった女社長を白い目で見ていく。

社長は尊厳も社会の居場所も、愛する人もすべて失ったことでどん底まで落ち込んだ。

そして取るべき選択は……。


 ・

 ・

 ・


「すばらしい!! さすがです! あの女社長を自殺させるなんて!!」


「エスコート人として当然の仕事をしたまでです」


成功報酬を受け取った。意外と楽な仕事だった。

人に強く当たる人間ほど自分自身はもろいものだ。


「それで、次のターゲットなんですが、とても厄介なんです」


「どんな人なんですか?」


「凄腕の殺し屋なんですよ。今までも何人も殺しています。

 そのくせ、いっこうに捕まる気配もへまもしない」


「それは厄介ですね……」


同種の職業の人間は精神的に強くなっている場合が多い。


「で、ターゲットの名前は?」


「わからないんですよ。あなたの一番身近な存在、というだけわかってます。

 誰よりもあなたを知っていて、誰よりもあなたをわかってる人」


「俺の一番身近な……」


「あなたにしか頼めない仕事なんです。やってくれますか」


「もちろん」


1流の自殺エスコート人としてこの仕事は断れない。

ターゲット不明の仕事なんてやりがいしかない。


「ターゲットはいったい誰なんだ……」


真っ先に疑ったのはずっと昔から一緒だった友人。

自分の悩みはもちろん職業のこともすべて話している。怪しい。


親友を自殺させて戻っても、結果ははずれだった。


「ちがいます。なので賞金は渡せません」


「親友より俺をわかっている人間がいるのか?」


いったい誰だろう。



「……あっ!」


家族だ。

どうして今まで気付かなかったのだろう。


俺のことを誰よりも知っているなんてそれしかいない。

家族を自殺に追い込んで戻った。


「ちがいますね」


「ちがうのかよ!? 家族よりも俺を知ってる人!?」


もうそれらしい人なんていない。

恋人も自殺させたし、一応飼っていたペットも自殺させた。

残っている人なんて……。


「ま、まさか、俺の知らない人だったりするのか……!?」


俺を一番知っている人を、俺が知っているとは限らない。

家に帰ってすぐに部屋を調べると、監視カメラと盗聴器が見つかった。


「こいつか!!」


自殺エスコート人が誰かに監視されていたなんてお笑い草だ。

ストーカーに気付かれないように正体を調べ上げて自殺に追い込んだ。


ミッション・コンプリート。


さっそく報告にいこう。



「ちがいますよ。その人じゃないです、ターゲットは別の人です」


「なっ……!! そんなばかな!?」


いったい誰なんだ。

俺を誰よりも知っている人って。もうわかりっこない。


帰り道、重い体を引きずりながら家へ入った。


「ただいま……」


誰もいない部屋の暗闇が疲れた体にずんとのしかかる。

愚痴のひとつでもこぼしたいが、俺の知り合いはみんな自殺させてしまった。


なんでも話せる友人も。

育ててくれた両親も。

なにもかも……。


「なにやってるんだ俺……ほんとうに……なにやってんだ……」


やっと冷静になってわかった。

自分の大事な人間を失ってまで欲しいものってあるのか。

そこまでして金なんかほしくない。評価もいらない。


こんな状況になることをどうして気付けなかったんだ。


「もういい……何もかも……もう嫌だ……」


俺は仕事用の劇薬を手に取って、静かに飲み込んだ。








数日後、自殺エスコート本社は大いににぎわっていた。


「お疲れさま。見事ターゲットの自殺に成功したね」


「はい、私はスタッフである前に、自殺エスコート人ですから」


「自殺したエスコート人の彼も、

 まさか自分がターゲットだとは最後まで気付かなかったようだね」



「誰よりも自分を知っている存在なんて、自分以外いないでしょうにね」


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