性病紀行

@hybrid

第1話 binding

注:性病は笑い事ではありません。少しでも気になる症状が出たら病院を受診し、  完治させてから性生活を再開しましょう。


 さて、日々多種多様な性生活に励んでおられる諸兄方には少々頭の痛い話にはなると思うが、それでも紹介したいのがここに記述する性病の数々である。いや、もちろん諸姉方にお読みになってもらうのも全く問題はないのであるが、如何せん筆者自身が男であることから必然、ここに記述する拙文は諸兄方から共感を得る事に注力している。諸姉方におかれてはその点に留意して読み進めていただきたい。しかしながら、大前提としてここで紹介するのはあくまでも性病である。それゆえ、以下には諸兄諸姉方が思い及びもしないような低劣な表現が含まれている。また、本紀行文は学術論文ではなく、まして行政や医療機関の類が発行する注意喚起文書ですらないのであって、各々の性病について現時点で判明している全ての特性を記述することは不可能であることにも留意されたい。それでもなお性病のことを知りたい、あるいは、性病を通じて生物・無生物の神秘に触れたいと考えるヘンタイ趣味、キチガイ趣味をお持ちの方に読者になっていただければ幸いである。


 最初に紹介するのは「尖圭コンジローマ」。性病と申すと「エイズ!」「クラミジア!」と、いわば性病界の大御所たる病魔共を無性に叫びたくなる諸兄も多いと思う。しかしこの知名度の低い病魔を最初に紹介する事には理由がある。というのも、尖圭コンジローマには性病にまつわる恐怖、神秘、危険、冒険、悲哀が全て内包されている為である。まずは恐怖から紐解いてゆきたいと思う。

 自明のことではあるが、性病のほぼ全てに共通し、かつ性病を性病たらしめている点は、切欠が性行為であるという事であり、この事に性病の恐怖が集約される。諸兄姉が各々のパートナー――それは同性でも異性でもいいし、あるいは恋人でもそうでなくともいい――とある日性行為を行ったとする。その行為では唾液を交換しあったり、陰茎を陰門や肛門に挿入したり、もしくは陰門同士を摩擦しあったりしたかもしれない。千言万語を費やしても表現し得ない快楽があったであろう。しかし同時に、その快楽により脳髄が麻痺している間は自身の舌が、陰茎の雁首が、陰門の一つ一つの襞が、相手の口腔粘膜に、陰門周辺の肌の肌理に、肛門の皺と皺の間に存在する本病魔の本性「ヒトパピローマウイルス」を掬い取っていると思料することは不可能であろう。そのことを思料することになるのは数週間後か数か月後である。

 その間ヒトパピローマウイルスは、不覚にもこの本性を掬い取ってしまった諸兄姉の皮膚に存在する微視的な傷に侵入し、新生活を始める。これが諸兄姉とヒトパピローマウイルスとの共同生活、もとい冷戦の開幕である。性行為から数週間後、あるいは数か月後、諸兄姉は自身の口腔、陰茎、陰門表面から小さい肉の塊が突出しているのを確認する。肛門を日常的に弄る嗜好がある場合、恐らく肛門にも同様の突出物があるのを手指の感触で確認できるだろう。最初は少し赤色のする恥垢だと考えるかもしれない。手指、ティッシュで除去しようと試みたところで気が付く。

 突出物に根がある。突出物は明らかに皮膚に根を下ろしており、皮膚と同化している。さながら提灯鮟鱇の雄のようである。しかし実際のところ、この突出物は外部から異物がやってきて皮膚表面に根を下ろし、同化したのではない。ヒトパピローマウイルスが生活を営んでいる証であり、皮膚の内部から生じたものである。だがこの突出物、不思議なことに触ってみても引っ張ってみても痛みも無ければ出血もしていない。

 それどころか、よく観察するとエライ人が自身の陰茎に真珠を埋め込んで、性行為の際のイイ感じのアクセントにしようとするアレに少し似ているような気さえしてくる。よし、彼女に自慢しよう。風俗に行ってこのアクセントで嬢をイイ感じにさせよう。

 尖圭コンジローマは恐ろしいことに、諸兄姉にこのような思考をもたらす程に発症者の”第一印象”が良好なのである。人間を病院に駆り立てるのは痛みや出血であり、痛みも出血もない突出物如きで病院に行く人間は少ない。それどころか、イボを病院で処置した経験のある者であれば、陰茎に液体窒素をかける事態を想定して、むしろ病院には寄り付かないであろう。そして何も処置を行わないまま諸兄姉は日常生活に戻り、性行為を繰り返し、この病魔の生息範囲が広がるのである。

 だが諸兄姉の平和な日常生活はある日のトイレにて終幕を迎える。排尿しようとしても尿が出ない。加えて、イボが口腔、陰茎、陰門、肛門に隙間なく繁茂している。岸壁一面に繁茂する藤壺、あるいは亀の手の様相を呈し、直視に堪えない。形状も最初に観察した際と異なり、鶏の肉冠状や樹氷状、花椰菜状のものまで存在する。排尿不能になる原因は、下水道管内壁に藤壺が繁茂するかの如く、尿道口に突出物が繁茂する為である。排尿不能及び口腔、陰茎、陰門、肛門の様相により諸兄姉は恐怖を覚え、性病に係る情報を調べあげる。そして尖圭コンジローマに思い当り、かのことを思料するのであろう。

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