結 ―ゆい―
秋風
My name is ○○○
好きな子が居た。
その子を救うためには金が必要だった。
そうやって、金が必要だったという名目を立て
自分の本質を偽りたかったのかもしれない。
人を殺した――。
コンクリートに染みつく血の色をやけに冷静な頭で落とした。拾った頭や足、その辺りに散らばった肉片は人体から引き離され、バラバラだった。そういったものを袋に詰めて、綺麗になった現場から持ち帰った。
帰って流した。
死体も、こんな事をしている自分も――。
今日は指を捨てる日だった。毎日切り取った指を一本ずつゴミにまぶして処理している。たまに、シチューやハンバーグの食べ残しに見せかけ腕や脚の肉を袋に混ぜる。
冷蔵庫の中にある、既に解体してある部位が残り少なくなってくると、体積に対しそろそろ終わるんだなと実感する。眺める塊は物言わぬ。
風呂場に行く。バスタブ一杯に脂っこい汁が溜まっている。ぶよぶよしたそれを少しづつ薄めて流す、人間を丸ごと一人熱して溶かした薬品は、どす黒く変色し臭くなり始めていた。早くしないと近所に臭いだの苦情を出される。
厄介な部分は海に捨てた。浮かないように重しをつけたり、細かくして魚にやったり。帰りに釣り人に堂々と挨拶して帰った。
同居人が家からいなくなる頃には、ようやく解放されたかという、どっとした疲れと、対して、何も感じはしない心が寝ようと睡眠を促してきた。
僕は仰向けに寝転がった、天井には死した者達の怨嗟が浮かんでいた。そんなものを見るのは夢の中に居るからだ、僕は死者を解体し処理することを、あくまで仕事だとしか思っていない。
瞳を閉じた。
同居人が消えると新しい同居人を掻き集めに向かう。
数人の仲間とゴミ袋と薬品、かさばり合って奏でる音は夜の街を抜ける。
清掃員の格好をした人物が話し掛けてくる、殊更人懐っこそうな、晴れやかな笑顔のゴミ清掃員の中には太陽はなくて、壊れた溶鉱炉みたいな本当の顔が張り付いていた事を、僕は知っている。
清掃員は僕に並んで歩く、僕も清掃員で、隣の人も清掃員。カモフラージュの清掃員は人の波をすり抜けやがて孤独な現場に辿り着く。人気のない建物と建物の隙間、こういう場所には闇が集まってくる。
僕より上の人間が指示を仰ぐ、それが僕達に伝達される。
足元に黒い染みが見える、月明かりの角度が丁度良く染みの上を照らすと、喉を切り裂かれた、とても死ぬべきとは思えぬ、仕事帰りの女性が倒れていた。
先に喉を切り裂かれたと述べた通り、彼女は生きてはいなかった。華麗に、無残に、喉を一掻きだ、手際の良い、手慣れた犯行。
酷いことをするな……と犯人を憎んでみる、だがそれは全くの、僕に対して場違いな感情であるので、つまり、僕は哀れみも同情もなくただ夥しい量の血液を消していくのであった。
死体処理をバイトに選んだのは僕に合っていると思ったからだ。若干十代の、学生の身分で既に悪事に加担しているというのが、世間から隔離された、どうにも特別な存在のような気がして。楽しい――という事はなかったけれど、この仕事をしている事に依存のようなものはあった。
だが好きなのは現場を見て、死体を掻き集め、証拠を隠滅するところまでだ。後の死体処理は正直しんどいものがある、力仕事なのだ。
この仕事は後日臭いが気になるので、学校に行く何日か前からはしないようにしている。休みを見つけてとか、病弱で倒れがちだなんて嘘吐いて仕事をやりやすくしている。
大人しそうで、こう、背中からおはよーって小突くだけで倒れてしまうからって、友達は僕を大切に扱った。その分、僕もみんなを大切にした。
こんな事してるなんて思わないだろうな。
学校の帰りにこの前喉を切り裂かれた女性が倒れていた現場に赴いてみた。まだ夕暮れという、この前とは違ったオレンジ色の時間帯と、そこで亡くなってしまった女性が、死ぬ間際までは確かに生きていたという証明を、まるごと失ってしまった悲哀が混ざり合って寂寥感がした。
いまいま、薄い茶髪の男性がその現場の上から出てきた。そこには女性が死んでいたのに、男性は気付かず歩いていく。僕は鞄を抱きかかえて男性の横を過ぎた。過ぎ去る際に女性が倒れていた場所を一瞥した。
(ちゃんと綺麗に消えている)
笑った。
僕はこういう人間だ――。
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