おかえりなさい
二夜に雨が降った。
「水だな」
「ええ、水よ」
刈り上げの男は隣の豪奢な金髪の女の手を取る。愛しさと、微笑みが溢れる。
「好きよ」
「ああ、また」
二人は心を入れ替えると誓いあった。この壊れてしまった世界で、残り数十人の人間が生きていくには助け合い、励まし合い、強く歩みを進めていかなければならない。
かつて奪うだけの国で暴虐の限りをつくしていた二人は、ここから生まれ変わる事を決意した。
刈り上げ達はたまたま中央に滞在していた、盗みをし、そのまま家に隠れ、夜は愛の熱を外で覚ましていた。
そしてガラスが割れた。ヒビから湧き上がる水には触れず、賢明な判断で様子を伺っていた。
水に足をつけていたものが突然尻をつき、そのまま絶命した。次は水を飲んだ者が口を押さえその場に倒れた、死んでいた。
二人は水から逃れるように山へ登った。
山から見渡す世界に、異物があった。
月が巨大な質量を持って遠くの地に接近していた。あの辺りは丁度根城のある方向だ、二人は確信した。月はオウサマの異能であるのだ、オウサマが何かを仕出かしたのだと。
彼は王という器ではなかったが、強く、他者を這い蹲らせる力にだけは優れていた。その為それを利用しようと当時の荒くれ者達は考え、彼を王とした。
荒くれ者達はお互いが争うのを無意味と感じ始めていた、平和を装うにも決定的な規制を持って暴力沙汰を禁じる必要があった。そして考えられたのが銀の髪の青年を抑制力として玉座に祭り上げる事だった。
青年が王になって以来、力の前に誰も諍いを起こさなくなった。ありがたい、空に居座るだけの太陽が無事役目を果たし出した。
よって信頼はなかった、都合のよい王でしかなかったのだから、王からしても荒くれ者共は城に住まうネズミ等と変わりなかった。
だからああして月が二夜を襲うのも、それはある意味必然的なものであったと刈り上げはどこかで納得した。
壊れてしまったなら、直すしかない。
次は打算や利益ではなく、慈しみと優しさを持って二夜を変えよう。
刈り上げはまず一所に生き残りを集めた。元中央があった場所の側の山。
刈り上げは道に迷った子供のような生き残り達に対し、お前たちの生きる道を示すのは自分だと唱えた。今リーダーシップを務められるのは覇気のある自分だと、胸を張り、喝を飛ばす。
生き残り達は新たなるリーダーに目をやる、諦めるのではなく、先を見るその目は輝いていた。これが希望なら、自分達にもその希望を、信じる心を。
目覚めさせなければならない――。
人々は立ち上がった。一人、また一人と刈り上げの傍に集まる。手を取る、環は広がる、やらなければ、生きなければ、我々はまだ進んでいける。
団結した心は強く光を放つ。その光の環の外で、金髪の女は誇らしげに笑っていた。刈り上げとみなが纏まれば絶対に、二夜は前より大きな街として立ち直る。
早速、人々は木々の元で雨宿りしながら今後について話し合った。
――雨が止んだら畑を作ろう、山の中に恵みを残す植物を大切に育て実を付けよう、動物や昆虫を保護しよう、廃屋を建て直しみんなで暮らそう、新しく落ちてきた殺人者を説得しよう。
数人で描く未来は途方もない夢物語、だけど生きた人々が協力すれば現実になる。刈り上げが励ませば、人々は顔を上げ、少しでも夢をこの手に掴む為互いに応援しあった。
未来は希望で輝いていく、その瞬間だった。
「水は、どこにあるのだろうね」
一人の紳士服の男が立ち上がった。
「あなた方はどうして水があると言える?」
協調性のない紳士が折角の団結を野暮でぶち壊す。
「おまえなぁ、水ならいくらでもあるだろ」
「……」
「水の心配はいらねぇし、これからみんなで手を取り合っていけば幸せになれるさ」
「そうだよ、山で山菜を採って、木の実を食べて」
「育てられそうなものは俺達の手でどんどん増やしていくんだ」
「新しい人もくわわって、みんなが家族になる」
「家を建てて、ルールを作ろう」
「幸せだよ」「なれるよ」「生きていこうよ」「みんなで!」
強く願う、夢は希望、幸せの為に未来を力強く目指していくのだ。
亡くなった人の為にも、かつて殺してしまった人への懺悔の為にも、祈り、命を繋ぎ、次からは優しい社会にしていく。
二夜は第二の一巡となるのだ、その礎を彼等は絶対に作り出すと心に誓う。
「あなた方は」
けれども、紳士はどうしても夢に賛同しない。
何が紳士を諦めさせているのか、
人々は紳士を囲む。
「貴方は罪を悔いて笑えないのかもしれない、俺達の生を死者の悲しみと比べ否定したいのかもしれない」
「けれどオレたちは、生きたい、生きて笑いたい」
「一生懸命いい街づくりをして、次から来る殺人者を更生していきたい」
「善行で償いたい、わかってほしい」
「必ず、二夜を素晴らしい世界にしてみせる――」
だから。
見届けてほしい――、貴方に、未来を。
***
二夜は彼等の言葉通り優しい社会に生まれ変わった。
大きな街が、繁栄した社会がみんなを笑顔で包んでいた。
五十年という時が経過した世界、現在、二夜は一巡にも増して近代的な社会に成長していた。
仕事帰りの会社員が疲れた表情で帰宅する、車が整備された道を走り、満員電車が人の群れ抱え絶え間なく移動する、空を制覇する勢いのビル群の隙間を、航空機が飛んでいく。
ここは、何もかもがかつてとは変わった。
喧騒は鳴り止まず、人は笑顔を絶やさない。これが始祖達が成し遂げた黄金の夢。みなの祈り。満ち溢れる喜び。
そんな中、高層ビルが立ち並び、人が溢れる交差点の真ん中に年老いた紳士が立っていた。彼は黒い紳士服に黒い帽子、黒い杖を付いていた。古い映画の登場人物のような老紳士は、現代には酷く場違いだった。
タイムスリップしてきたかのような老人を、通行人は不審な目で見て避ける。やがて老紳士の周りだけ人のいない穴が出来る。穴の真ん中で老紳士は帽子を深く被り、眩しい世界から視界を下ろした。
孤独な存在だった、ここから遠い異次元に居る、過去の存在のように。
「あなた方は……」
皺の刻まれた唇が開く。それは五十年前と同じように問いかける。
「あなた方は、いつまで夢を見ているつもりだ――」
亀裂が入る。
老紳士の言葉で世界にヒビが入っていく、人を突き抜け、ビルに流れ、空に、背景にもヒビが入っていく。白煙を上げ建物が崩れ、人々が悲鳴を上げて逃げ惑う、辺り一体が恐慌を巻き込みパニック状態に陥る。
老紳士だけは映画の映像のように立ち尽くしていた。
「夢は、夢であるから夢なのだ」
静かな声が劈くと、人々も崩壊も全ての時が停止した。
バリン――
紳士を除いて、世界は砕けた。
何もかもなくなり、暗闇の中に落とされる。やがて光、色が目覚めていく。
無音の中に若い紳士が立っていた。そこは五十年前と変わらない、雨に濡れた山の中だった。
「月が去り、二夜に雨が降った。恵みである筈の雨は止まず、世界は再び水に沈んでしまった。雨がようやく止んだのはつい先ほど、そして、我々は知った」
現実を思い出していく。
山の頂と頂の間に湖、街は沈み、僅かな陸地、それ以外は何もない。
「ひひっ、はは」
笑う。
「はは、ははっ…」
ここは――
ここは――
死の約束された世界
***
「水だな」
「ええ、水よ」
冒頭に戻る。
二人は手を合わせる。
「好きよ」
「ああ、また」
続きがある
『来世で逢おう』
二人は最後の人類として水の中へ沈んだ。
世界には誰もいなくなった。
―END―
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