ユウキ一人をトモとして

綾部 響

プロローグ

「ねえねえ、おかあさん! えほんよんでよーっ、えほんーっ!」


「もう、しょうがないわね。読んであげるから、もう寝るんですよ」


「うんっ! やったーっ!」


「それじゃあベッドに入りなさい。今日はどんなお話がいいかしら?」


「わたし、のおはなしがいいー! のおはなしよんでー!」


「はいはい、勇者様のお話ね。エリスはそのお話がほんとに大好きなのね。それじゃあ読みますよ」


「うふふふ」


「むかぁし、昔の大昔」


「おかあさん、むかしってどれくらいむかしなの?」


「そうねぇ……お祖父ちゃんの、お祖父ちゃんの、更にお祖父ちゃんが生まれるもっと前の事かなぁ?」


「ふーん……」


「ふふふ……じゃあ、続きを読むわよ。そんな大昔に、神様はこの世界をお造りになられました。大地を造り、海を造り、空を造り、山を造り、川を造り、森を造り、草原を、雪原を、火山を、砂漠を、この世界にある全ての物をお造りになられました」


「かみさまってすごいねー。なんでもつくれるんだねー」


「そうよ、神様は何でもお造りになる事が出来るのよ」


「じゃあ、おかあさんもおとうさんもおじいちゃんも、かみさまがの?」


「ふふふ……、よ。そうねぇ……お父さんとお母さんは、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが生んでくれたのだけれど、人間と言う生き物をお造りになられたのは神様かも知れないわねぇ」


「ふーん……じゃあ、おとうさんとおかあさんはどうやってつくられたの?」


「えっ……と……と、とにかく神様は何でもできる凄い方なのよ」


「じゃあ、おとうさんとおかあ……」


「さぁ、続きを読みますよ」


「でも……」


「おほんっ! それから神様は、動物を造り野に放ち、魚を造り海に放ち、鳥を造り空に放ちました。更に森の木には色鮮やかな果物を、豊かな大地には黄金色の麦を、広大な草原には様々な花を造りました。そして最後は、大地に人属と魔属を、雲の上に天属をお造りになりました。最初は皆仲良く楽しく暮らしておりました。しかし次第に人属と魔属の間で諍いが起こる様になりました。原因は食料、縄張り、言葉に人種。次第に諍いは激しさを増してきました」


「おかあさん、いさかいってなに?」


「そうねぇ……喧嘩って事かな?」


「なんでけんかなんかするの? みんななかよくすればいいのに」


「そうねぇ、エリスは優しいわねぇ。でも、ちょっとした事で喧嘩って起こってしまうの」


「ふーん……なかなおりすればいいのにね」


「ふふふ、そうね。じゃ、続けるわね。激しさを増す人属と魔属の諍いは、ついに戦争へと発展してしまいました。魔属はとても強い体と、牙に爪、強力な魔法を使用して人属を攻撃します。それに対して人属は、圧倒的な数と団結力で対抗しました」


「おかあさん、ってなに?」


「うーん……皆が手を取り合って一つの事に立ち向かう事……かな?」


「なかよくがんばることなんだね!」


「そうよ。人族はその団結で魔属の侵攻を抑え、戦いは拮抗し、数十年が過ぎました。拮抗って言うのはどっちも勝てなかったって事だからね」


「ふんふん」


「その間は少なくとも争いの少ない平和と呼んでも良い時間が流れました。しかし突如、その平和も破られてしまいます。魔界に巨大な魔属が出現したからです。最も力の強い魔属を“魔王”、その次に力を持つ四体の魔属を“四獣候”と人属は名づけました。今までの戦いでは見た事も無い程、その五体は人族の太刀打ちできない力を持っていたのです」


「たちうちってなにー?」


「あら、難しいわね。そうね……人属の攻撃が効かなかった……かしら? とにかく人属が団結して戦っても、倒す事が出来なかったの」


「ふーん……こわいね~」


「そうだぞー。怖いんだぞー」


「あら、あなた。道具の手入れは済んだんですか?」


「ああ、ついさっきな。それよりもエリス、まだ起きてたのか?」


「うんっ! ごほんよんでもらってたの」


「こんなに遅くまで? 夜更かしする子にはー……こわーい魔属がー……エリスを攫いに来るんだぞー……」


「ふえっ……」


「もう、あなた、エリスを脅かさないで。余計に寝れなくなっちゃうじゃない。ほら、こんなに震えて……」


「うはははっ! 悪い悪い! エリスは良い子だからそんな事はないよなー?」


「……おとうさん……きらい……」


「うっ!……お、お父さんは下でお祖父さんと話して来るよ……お、おやすみー……」


「もう、ショック受けるなら言わなきゃいいのに……エリス、大丈夫?」


「うん……へいき……」


「そう、エリスは強い子ね。今日はお話終わりにする?」


「ううん! もっとききたい」


「そう、じゃあ続けるわよ。一頻り猛威を振るった五体の魔属は、ある時魔界へと引き返し、そのまま人の住む世界に攻撃を掛けて来る事はありませんでした。しかしその強大過ぎる魔属に住処を追われた他の魔属達が、大挙してゲートを潜って来たのです」


「げーとっておおきなとんねるなんだよね? エリスしってるよ」


「ふふふ、そうよ。ここからも見えるあの大きなトンネルがゲートなのよ。あそこは魔界に繋がっていて、今でも時々魔属が迷い込んでくるのよ」


「まぞく、こっちにきちゃうの?」


「大丈夫。今も勇者様達が防いでくれているもの。でもその時は勇者様がいなかったから大変だったのよ。沢山の、それは沢山の魔属が人界に押し寄せて来ました。しかしそれに対抗しきる事が人属には出来ませんでした。人属は防戦一方で、徐々に押され始めました。同時に沢山の勇敢な戦士達が倒れて行きました。魔属の攻勢により、人属の住む大陸の中央まで押されようかとした時、それまで沈黙を守って来た天界より援軍がもたらされました」


「それが聖霊さまなんだよね。わたし、しってるよ!」


「そうよ、良く知ってるわね。まぁ、これだけ何度も呼んでれば当然ね。やって来た聖霊様は四体。屈強な戦士様、強固なナイト様、博学な魔法使い様、可憐な聖女様にその精霊様達は力をお貸しになられました。しかしどうした事でしょう。精霊様達は彼等と一つになり力を貸して下さっているのに、戦士様達に大きな変化は現れませんでした。そしてしばらくの後、戦士様達も魔属の手により亡くなってしまわれました」


「せんしさまたち、かわいそう……」


「そうね……でもその時は戦士様達だけじゃなくて、他にも大勢亡くなってしまったのよ。人属の戦士達は落胆……ガッカリしました。天界の力を借りても、魔属を追い払う事が出来なかったからです。すると不思議な事が起こりました。倒れた戦士様達の亡骸から、聖霊様達が現れて、今度は別の戦士様達に力をお貸しくださいました。しかしやっぱり、戦士様達は魔属の爪や牙に倒れていきます。そして再び現れる聖霊様達。それを見ていた人達は訝しく……不思議に思いました。精霊様達がそんな事を数回繰り返す内に、明らかな変化が起こり始めました。到底敵わなかった魔属に、聖霊様の宿った戦士様達は渡り合えるようになって来たのです。そして聖霊様達が戦士様達を渡り歩く度に、宿主となった戦士様達は目に見えて強くなっていったのです。精霊様達が十数回、宿主を渡り歩いた後、戦士様は単騎で魔属を圧倒する事が出来る様になりました。たった四人の戦士様が、大陸の中央まで攻め込んでいた魔属達を押し返し始めたのです。そこから更に奇跡は起こります。新たに表れた九十六人の聖霊様が、最初の聖霊様と同じ様に戦士様達と同化して力をお貸しくださったのです。人属も大きな犠牲を払いましたが、総勢百人の聖霊様とその力を宿す戦士様、勇者様達の力によって、魔属はゲートの奥へと追い返されてしまいました」


「すごいね! せいれいさまもゆうしゃさまもすごいね!」


「そうね……大きな犠牲はあったけど、勇者様達の活躍で魔属が追い返された事は凄い事ね。でもエリス、百人の勇者様の前に、何百人もの尊い犠牲を払われた勇者様がいる事を忘れてはいけないのよ」


「うん……うん! わすれないよ!」


「うん……と、何処からだったかしら。そうそう、魔属をゲートの向う、魔界へと押し返した百人の勇者様達。その後新たに百人の聖霊様と戦士様達が加わり、総勢二百人の勇者様達は、僅かな兵を残して魔界へと攻め入りました。目的は四獣候、そして魔王討伐の為です。魔界での戦いは熾烈を極め、多くの勇者様達が亡くなりました。僅かに残った勇者様が、二体の四獣候に痛手を与えましたが、それが限界でした。倒された勇者様の体から聖霊様が別れ、再び人界で新しい勇者様を誕生させましたが、魔界への攻撃は中止となり、以降はゲートの封鎖と監視が行われるようになりました。以後四百年。二百人の勇者様により人界には平和がもたらされ、人々は魔属の脅威から怯える事無く暮らせているのです。その後このボルタリオン王国がゲートを塞ぐように作られ、その監視役を担っているのです。二百人の勇者様を従えて……あら?」


「すー……くー……」


「ふふふ、いつも最後まで聞けてないわね。お休み、エリス。良い夢を見るのよ」

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