石のある生活

 トン、カチャ、ゴロゴロ、カチャ。


 石と石がぶつかりあう音。机に石が置かれる音。


 静寂。


 大きいだけのドームの中に、何百万人もの人が生きているというのに、あたりに響くのは石の音だけ。


 トン、カチャ、ゴロゴロ、カチャ。


 今日の作業開始から、すでに九時間が経っていた。あと、三時間で休憩時間になる。


 休憩時間はたったの十分。その後はまた六時間作業をする。


 トン、カチャ、ゴロゴロ…。


「こんなのやってられるかっ」

 一人の男が、石を叩き付けた。一瞬、単調な石の音は途切れたが、すぐに他の者は作業に戻った。


「みんなっ!こんな生活でいいのか?一生を石を後ろの人へまわすことで終わってしまうんだぞ?全員で反乱を起こせば、きっとこの昆虫野郎の支配は終わるっ!」


 静寂。


 この男に注意を払う者はいなかった。


 遠くから羽音が近付いてくるのを、聞こえていない者は誰もいなかったから。


「そこの男、作業に戻らなければ処分する」

「うるせえっ。おまえらが来なけりゃっ」

 男は石を投げた。自由意志を持たない監督昆虫には、痛覚が存在しない。黄色い体液が流れたが、気にはしていない。監督は溶解性のある毒液を、男の体中にかけた。


 男は断末魔の悲鳴をあげて溶けた。


 まわりの者にも毒液はかかり、服を溶かした。


……トン、カチャ、ゴロゴロ、カチャ。


 前の人から送られてきた石が、九個以下ならそのまま自分の後ろの人へ。十個以上なら一の位の数を後ろの人へ、十個の束の中から一個を斜め後ろの人へ。残り九個をそばにあるバケツに入れる。


 人類は、もう三十年近くをこの作業だけで過ごしていた。世代交代が進み、先程のような男は少なくなっていた。


 電子危機以降、支配者に従順になるように遺伝子調整が施された子供が、培養巣から出てきて三十年になったということだ。


 私は、ひたすら従順に三十年を過ごし、もう七十歳になる。


 電子危機以前を知る人間も、少なくなってきた。そして、支配者がやってきた時の事を覚えている人間も。


 電子危機時は悲惨だった。すべての電子的機械が動作不能になった。


 一国の国家予算をはるかに凌ぐ電子マネーが消滅し、飛行機は鉄の塊になり、病院では何億もの人間が亡くなった。


 通信機器はどれも使えず、現代文明は一日で崩壊した。原因は太陽の異常活動だという。この先一万年は続くそうだ。


 人類は真空管の力を借りながら、バイオテクノロジーでこの危機を打開しようとした。


 その時、支配者はやってきた。


 億万の軍事兵器さえ使えれば、追い返すのはたやすかっただろう。


 相手はただの昆虫なのだから。


 彼等の故郷も同じ危機に直面し、生物工学で発展したのだ。しかし、彼等には五千年も昔の話だが。


 彼等の意図はわからない。彼等は人類から真空管を取り上げ、ひたすら石を移動させる作業のみを与えた。


 彼等には逆らえなかった。


 医療設備のない人類が、どうやって相手の毒液から身を守ればいいのだろう。


 トン、カチャ、ゴロゴロ、カチャ。


 この作業が何を意味しているのかを知らないまま、三十年も経ってしまった。


 五十年もすれば、人類は文明を忘れ、ただの生体機械になってしまうだろう。


 ただ石を移動させるだけの。


 トン、カチャ、ゴロゴロ、カチャ。


 そうだ。石の数を間違えたらどうなるのだろう。


 私は次の十分の休憩時間の時に、何十人かのもと同僚に、三日後の作業時間に、石の数を間違えるように頼んでもらうことを頼んだ。


 こうすれば、一斉に何百人もの人間が間違えることになる。



.

 三日後。地球衛星軌道上。


「K302区画の計算が大規模な誤差を起こしています」

「意図的にやったのだろう。ばかな種属だ」

「計算には確かめがあるのは当然なのに」

「自分達が巨大な生物計算機の一部ということにも気付いていない」

「間違える部品はいらない。処分せよ」

「了解」

 昆虫型支配者は指令を移動昆虫に伝達した。


 二日後に、問題の区画の何百万人もの人が毒液で殺された。


  他の区画は、何事もなく作業をこなす。


 トン、カチャ、ゴロゴロ、カチャ。


 部品となる人間はたくさんいるのだ。




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7/27/2000

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