空想科学SS

新井パグナス

双子

 久々に見た地球は、縁を青白く輝かせた球だった。


 俺は宇宙船のラウンジから景色を眺めていた。すでに宇宙船の減速は最終段階に入っている。あとは地球周回軌道に入り、連絡船とランデブーするだけだった。


 夜側には無数の明かりが見える。その明かりが大地の輪郭を浮かび上がらせている。


 七〇年前と全く変わらない。


 俺は客観時間で七〇年前地球を離れた。光速の八〇パーセントまで加速できる船で。


 俺の乗った宇宙船は巨大な楕円軌道を描いた。毎秒一五万キロメートルを出した船の時間の進む速さは、あいつがいる地球の時間の進む速さよりも遅くなった。ウラシマ効果というやつだった。


 地球よりももっともっと手前に、黒光りする塔が宇宙船と相対的に静止している。七〇年前には存在していなかった。


 俺は塔がどこまで伸びているのか視線を走らせた。俺の視線は下へ下へと降りていき、ついには地球とぶつかった。塔は地球の一点に向かって収束していた。


 軌道エレベータ。


 俺はどこかで聞いたその単語を思い出す。それとともに脳裏に浮かんできた言葉があった。


『宇宙空間まで伸びるエレベータ、できたらおまえと乗ってみたいな』

 あいつが言ったのだ。幼かった頃、宇宙についての本を二人で読んでいた時に。


 あいつに早く会いたかった。


 俺の半身、双子の兄に。


 俺たち双子は、政治家に利用された。世論を納得させる為に、双子のパラドックスはパラドックスではないことを証明する為に。なぜそんなことを証明する必要になったのか、当時の俺にはわからなかった。一時のパフォーマンスだったのだと思う。


 ばかげた事だと思う。だが、俺は宇宙船に乗ってみたかった。偉い政治家の意図など関係なかった。ただで乗せてくれるなら、と俺は快諾した。


 船内にアナウンスが流れる。軌道塔との接続が完了したらしい。俺はエアロックに向かった。


 エアロックをくぐり抜け、軌道塔内部に入る。軌道塔のエアロックの前で深呼吸する。俺は待ち受けているであろうマスコミへの覚悟を決めて、ドアを開けた。


 マスコミはどこにもいなかった。いたのは一人の老人だけだった。

「兄さん……」

 俺にはすぐにわかった。七〇年の歳月が兄をしわくちゃの人形のようにしていても。


 俺は走りだす。ひさしぶりの無重力でうまくバランスがとれない。俺はふわりと漂って兄の方へと向かっていった。


 あいつの手がゆっくりと俺の方へと動く。俺も手を動かす。あいつの手と俺の手が触れ合う。


 手が握り合わさった。


 見た目よりもか弱い手だった。枝のようだ、と思った。あいつの握力を感じられない。


 俺は足を地面につけ、片手で手すりをつかむ。あいつの隣に立つ。


 背丈すら変わってしまっていた。頭一つ分ある。同じ遺伝子から生まれたとは思えないほどだった。俺とあいつの歳の差は親子の差以上だ。


 だが、俺はあいつが自分の兄だとはっきりと確信していた。それは理屈じゃなかった。俺の身体が、あいつの身体を遠く別れた半身だと思っている。


「ヤスユキ、長旅ご苦労だったな」

「ただ待つだけだった兄さんの方が苦痛だったろ? 俺は主観時間で一〇年くらいしか経っていないから、そんなに待ったわけじゃないし」


 あいつは答えない。ただ俺を見ているだけだ。俺は続けた。


「双子のパラドックスがパラドックスじゃないってこの身で証明できたね、兄さん」


 俺がそう言うと、あいつはとても深い悲しみを湛えた目で、俺を見つめた。俺にはその悲しみの理由がわからなかった。その表情が俺の心を締め付けた。


 一緒にいたときはどんな悲しみでも共有していたのに、今の俺にはそれができない。


「ヤスユキ……」

 あいつが口を開く。意志の力で無理矢理絞り出したかのような声に俺はぞっとした。


「ごめん、ヤスユキ。世論はおまえがウラシマ効果で若いままでいることを信じていないんだ。すべてがでっち上げだと思われている」

「けど、俺はここにいる。俺は若いままでここにいる。それが何故証拠にならないんだ?」

 あいつはゆっくりと首を振った。それと共に、音が溢れた。


 気が付けば、俺はマスコミに囲まれていた。無数のフラッシュが俺に降り注いだ。まぶしくて目を開けるのが苦痛だった。光の中に、警官の青い制服が見えた。


「人間のクローンが非合法であることを知っているのですか? ご自身が非合法の存在だと言うことを認識していますか?」


 どこからか質問が飛んでくる。俺には理解できなかった。こいつらは俺の乗ってきた宇宙船を見ているのに、何故信じない? クローン?


「隣にいる人物があなたの頭に自分の意識を移植しようとしているということは本当ですか? 同じ遺伝子なら拒否反応が出ないということですが。ご自分の意識が上書きされてしまうことに何を思いますか?」


 俺はあいつを見た。あいつは無数のフラッシュの中で、悲しみを湛えて俺を見ている。


 この事態を悲しんでいるのか? それとも俺が死んでしまうと思っているのか? 俺はおまえの意識を入れる器になるのか? おまえは何を悲しんでいるんだ?


「俺はクローンなんかじゃない。双子だ!」


 一瞬静まりかえる。


「ご冗談を。双子なら歳が同じはずじゃないですか」


 喧噪が戻った。







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2/1/2003

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