3‐2


 ▽


 夜の闇の中、三人分の荒い息が聞こえる。

 考えなしに逃げだしたのはいいが、問題は街を出た後のことだった。

 ソーズウェルの周辺は広い草原が広がっており、多少の丘陵はあるものの、基本的には視界が開けている。

 勿論カナタがいた現代ほどの灯りがあるわけではないが、月明かりは眩しく、その中で動き回る人影を見つけるのは決して難しいことではない。

 辺りを駆けまわる馬蹄の音が、いやおうなしにカナタの心臓を跳ね上げる。

「トウヤ君、もう少し速度落として」

 背後を見れば、エレオノーラは胸の辺りを抑えて必死で呼吸を整えようとしている。

 冒険者としてあちこちを歩きまわっている二人ですら息が切れるほどの距離を走ってきたのだから、それも当然だった。

 彼女の背中をさすりながら、せめて水ぐらいは持ってくるべきだったと、今更後悔する。

 何か役立つものはないかと懐を探れば、ヨハンと合流するために渡された宝石が零れ落ちた。

「なんだそれ?」

「えっと、ヨハンさんってボクの師匠なんだけど……。これを割れば一度だけ、その人にボクの居場所が伝わる宝石」

「助けになりそうなら割っておいた方がいいんじゃないのか?」

 カナタは宝石を足元に放ると、剣先を叩きつけてトウヤがそれを破壊する。

 光の粒子がそこから漏れだして空に流れていくが、すぐに何かが起こるわけではなかった。

「歩くだけでも少しは距離を取ろう。あっちの丘の影に隠れれば少しはマシかも知れない」

 あちこちを松明の灯が動き回る闇の中を、エレオノーラの手を引いて歩いていく。

 カナタが触れた白く細い手は、思わず握るのを躊躇ってしまうほどに小さく震えていた。

「すまない。妾の所為で、二人まで巻き込んでしまい……」

「別に、俺は成り行きだし気にしませんけど。いざとなったら逃げるだけですし」

 ぶっきらぼうに、トウヤはそう言った。

「……何かの間違いだといいですね。お兄さんが命を狙うなんて」

 戦乱の世となれば、兄弟同士、親子で命を狙いあうなど決して珍しいことではないのだが、普通の家庭に生きてきたカナタにとって、それは何かの間違いとしか思えなかった。

 仮にそれが真実ならば、エレオノーラの胸中にある不安と恐怖は想像できるものではない。

 せめて、その足取りが絶望で止まってしまわないようにと、強くその手を握りしめる。

 その気持ちが伝わったのか、エレオノーラも疲れをおして、前を向いて歩きだしてくれた。

「足跡がある。こっちだ!」

 小さな希望も束の間に、闇を切り裂く叫び声がカナタ達の元へと届く。

「くそっ、急げ!」

 トウヤを先頭に、早足で小さな丘を登っていく。

 仮にそれを踏破したところで、それで助かるわけではない。何の算段もなしに、ただ距離を話すためだけに歩き続けた。

 やがて蹄の音が近付き、カナタ達を包囲するように松明の灯りが迫る。

 モーリッツが差し向けた追撃部隊はカナタ達の姿を完璧に捉えており、獲物を網に掛けるように包囲を整えていく。

「うわっ!」

 正面に回り込まれて、トウヤが立ち止まる。

 背後を振り返れば、馬に乗った兵士が数人。お互いの顔が見えるほどの距離にまで接近していた。

「世話を焼かせてくれたな。さあ、姫様をこちらに渡せ」

「嫌だよ。渡したら殺されちゃうんでしょ」

「子供とはいえエトランゼ。手心を加えるつもりはないぞ!」

 馬の腹を蹴り、一直線にカナタに突進してくる。

 馬上からの振り下ろしを避けられたのは、偶然運がよかっただけだった。剣が掠っただけでカナタの身体は吹き飛ばされ、草むらの上を転がる。

「いっ……!」

「カナタ! もうよい、妾が行けばいいのだろう。この者達に罪はない!」

「そうもいきません。勅命に逆らった者は誰であろうと罪人。それがましてやエトランゼならば……」

 冷徹に、馬上の男はそう言った。

「エトランゼが姫様を攫う。その意味が理解できないわけではないでしょう」

「カナタ! くそっ、退けよ!」

 カナタを助け起こそうとするトウヤの元にも、馬上から別の兵士が突撃し、そのタイミングを奪う。

「エトランゼ共が争いの火種となる前に、処分させてもらう!」

 馬が嘶き、剣を構えて突撃姿勢を取る。

 倒れ伏したカナタは回避行動をとることすらできない。確実に、一刀で首を刎ねられるだろう。

 だが、いつまでたってもその馬が走ることはなかった。

 ぐらりと、馬上で兵士の身体が揺れる。

 その首から先は斬り飛ばされ既になく、ゆっくりと落ちていく身体を支えるものなど何もない。

 どさりと、重い音が地面に響くのと、包囲した兵士達の叫びが木霊するのはほぼ同時だった。

「おいおい。なんか面白そうなことになってるじゃねえか」

「な、なんだ貴様は!?」

 掲げられた松明の灯りが、男の姿を暗闇の中に浮かび上がらせる。

 金色の髪、鋭い眼つき。軽装鎧を身に纏った長身の男は、先程兵士の首を斬った幅広の剣を振り回し、肩に担ぐ。

「お前等に判りやすく教えてやるなら、エトランゼだ。冒険者崩れで、毎日を命をやり取りで食いつないでる。もっと言うなら」

 にやりと歪められた口から犬歯が覗く。

 獲物を前にした獣を彷彿とさせる笑みと共に、男は名乗った。

「魔剣士ヴェスター。唯一無二のギフト、《魔剣使い》を持つ男だ」

「ま、魔剣士……!」

 その名乗りに、兵士達は目に見えて動揺していた。

 それは彼らだけではなく、カナタを助け起こしに来たトウヤも同様だった。

「魔剣士ヴェスター……。傭兵紛いの冒険者で、殺しあいを生業としてる。……この辺りのエトランゼじゃ、一番関わっちゃいけない奴だ」

「で、でも……。なんでそんな人がここに?」

 カナタの疑問に答える者はなく、ヴェスターと兵士達の間で緊張した空気が流れる。

「失せな。てめぇらを殺しても金にならねえし楽しくもねえ。見逃してやるよ」

「ふざけるな! 背徳の剣を操る貴様をここで見逃せるものか!」

「――ああ、これな? 羨ましいだろ? 普通の人間が使ったら呪いに蝕まれて、発狂して死んじまうだろう魔剣を、こうやって自由自在に操れるんだからな」

「羨ましいものか。それは神に対する冒涜の刃だ!」

「結構じゃねえか!」

 問答の時間は終わりと。

 そう言わんばかりに、ヴェスターの身体が闇に紛れて消えた。

 続けて聞こえてきたのは、兵士一人の悲鳴だった。

 いつの間にかその側面にまで移動していたヴェスターは、馬を動かす暇も与えず、その兵士の胴体を寸断していた。

 そしてそのまま次々と、動揺する兵を、馬を傷つけて倒していく。

 半数が彼の手によって討たれたところで、分が悪いと判断した一人が「撤退!」と、悲鳴のような声を上げる。

 暗闇の中に兵達が去っていき、残されたヴェスターは再び剣を担ぎなおすと、カナタ達の方へと身体を向ける。

「た、助けてくれたんですか?」

 カナタの質問に、男は黙って笑うだけだった。

 結果だけ見ればカナタ達を助けたのだろうが、安心よりも先にあの野獣のような眼光がまだ消えていなことが気に掛かった。

 目の前にいるのは確かに人の形をしているのに、まるで凶暴な獣の檻にでも入れられたかのような、胃の奥を締め上げるような圧迫感が消えない。

 だからだろう。隣に立つトウヤも、モーリッツから奪った装飾剣の鞘に手を当てたまま動かないでいるのは。

 せめて信用を得るためにこちらが先に戦闘態勢を解くべきか。カナタがそう考え始めるのと同時に、ヴェスターから口火を切った。

「決めた。丸腰の嬢ちゃん。そう、そっちの手前の方にいるちんまいのだ」

「ち……ちんまいって……」

「獲物はなんだ?」

「獲物……? 武器は、一応剣を使ってるけど」

「そらよ」

 ヴェスターが足元から、先程殺めた兵士の剣を鞘ごと放り投げる。

 くるくると空中で回転し、カナタの目の前に突き刺さったそれを、戸惑いながらも手に取る。

「あっちで、今やりあった連中の別動隊を締め上げたんだ。そんで話を聞いたら、お姫様が命を狙われてるらしいじゃねえか」

 言いながら、親指で背後を指す。

「連中をぶっ殺したはいいが、さてどうすればいいか見当もつかねえ」

「ボク達と一緒に来てくれるっていうのは……?」

「ねえな。それじゃあつまらんだろ。第一、なんでエトランゼの俺が、散々俺達を迫害してくださった王族を護らなきゃならん?」

「妾はエトランゼを迫害などしない! むしろ、共に手を取りあう道を見つけるための政策を……」

「今のてめえにその力があるのか? なくなったらしいじゃねえか。今さっき」

 どうやらエレオノーラの事情も知っているらしく、言い返す言葉もなく押し黙るしかない。

「だから決めた。命を狙われてるったって王族だろ? 首にはそれなりの値段がつくだろ」

「そんなの駄目だよ!」

 口が裂けるようにヴェスターは笑う。

 思った通り獣は牙を納めてはいない。むしろ目の前の獲物をどう料理すればいいのかを、ずっと考えていた。

「じゃあ止めてみろ。力尽くでな!」

 ヴェスターの姿が消える。

 そう見えたのは、姿勢を低くしての飛び込みに、カナタの目が追いつかなかったからだ。

 一瞬にしてエレオノーラの目の前までやってくると、振り上げた剣を真一文字に振り下ろす。

 甲高い剣撃の音が闇の中に響き、火花が散る。

 間一髪で飛び込んだトウヤが、その斬撃を横にした剣で受け止めていた。

「いきなりこっちを狙うなんて……!」

「嬢ちゃんも坊やも呆けてるからよ。だけどよかったぜ、手を出したってことはお前さんもやる気ってことでいいんだよな!?」

 力任せにヴェスターが剣を振るうと、それに抗えずトウヤは振り回されて姿勢を崩す。

 無防備になった腹に蹴りがめり込み、トウヤの身体は吹き飛んで草むらの中を転がっていく。

「このぉ!」

 背後からのカナタの奇襲にも、ヴェスターはなんなく対応する。

 振り向きざまに縦に構えた剣でカナタの斬撃を防ぐと、トウヤと同じようにそれを巻き込んで振り回した。

「うわわっ!」

「こっちに来たばっかか、嬢ちゃん? 戦い方が全くなってねえぞ!」

 そのまま腕を取られ、カナタの身体が無造作に放り投げられる。

 空中で一回転してから、背中から落ちて、カナタは咳き込みながらも気合いで立ち上がる。

 トウヤも同じように立ち上がっており、お互いに目配せをしてから同時に地面を蹴って、ヴェスターに迫る。

「いいぜ! 二人係で来いよ、相手してやるからよ!」

 剣を構えてヴェスターが立ちはだかる。

 至近距離まで詰めながらも、カナタは一度立ち止まり、手の中に極光を集めてそれを拳ほどの大きさで固める。

「あん?」

 放り投げられたカナタのギフトによる極光は、頼りない機動を描きながらもヴェスターに吸い込まれていった。

「飛び道具かよ!?」

 流石に得体の知れないものに触れるのを嫌がったのか、剣で打ち払う。

 その隙にもう一つ投擲するが、それも難なく避けられてしまった。

「それが嬢ちゃんのギフトか!? 面白そうな力だが、いったい何なんだ?」

「よそ見してんな! 俺もいるんだぞ!」

 接近したトウヤの刃がヴェスターを襲う。

 一撃目こそ軽くいなされたものの、そのまま勢いに任せて何度も攻撃を叩き込んでいった。

 その剣捌きは素人のものとは程遠く、それこそがトウヤの持つギフトの力だった。

「へぇ、やるじゃねえか! で、お前さんのギフトは何だよ!?」

「今見せてやるよ!」

 トウヤの剣が焦熱し、鍔競り合ったままヴェスターの魔剣を焼き切ろうとする。

「……ああ、成程な。いいじゃねえか! だが、生憎と俺の剣は丈夫なんでな!」

 剣が弾かれ、トウヤは片手で炎を放ちながら前進していく。

 攻撃をしているのはトウヤなのに、次第にその太刀筋には焦りが生まれていった。

 何度叩きこもうと、ヴェスターは崩れない。上に下に、左右に攻撃を散らしても、まるで見えているかのようにそれらを容易く捌いてくる。

 そればかりか炎を用いての遠距離攻撃すらも容易く弾いて見せるのだ、この男は。

 そして決着を焦ったトウヤが大振りな動きをした瞬間、ヴェスターは反撃に出た。

「まだまだお子様だな」

 掌底がトウヤの肩を打ち抜き、態勢を崩させる。

 続く斬撃をどうにか剣で防ごうとするが、その勢いを殺しきることはできず、トウヤの剣が宙を舞って地面に転がった。

「ギフトを過信するんじゃねえぞ。ちょっとばかし人より上手くできても、上には上がいるんだからよ」

「トウヤ君!」

「ハッ! 見え見えだ!」

 回転するように薙ぎ払われた剣が、トウヤとカナタの両方を切り裂く。カナタの介入により致命傷こそ避けられたものの、傷つけられた個所が焼けるような痛みを放ち、二人は立っていることもできなくなってその場に蹲った。

「なん……で…。これっぽっちの……傷なのに……!」

 カナタは腕、トウヤは首筋を抑えて、そこから発する熱と痛みに耐えきれず、立ち上がることすらままならない。

 これで一段落と、ヴェスターは剣を肩に担ぎなおし、それから二人とエレオノーラを眺める。

「言ったろ、魔剣だってな。本来ならこいつは持ち主に力を与える代わりに、相手から受ける傷の痛みが何倍にも増幅されるっていう欠点を持ってる。それが克服されて、むしろ俺の助けになるのが《魔剣使い》のギフトってわけだ」

 勝利を確信しきった顔で、ヴェスターはそう説明する。

「それだけじゃなく、傷は段々と深くなり最終的には呪いになる。さっさと傷口を抉るか切り取るかしねえと大変なことになるぜ」

「も、もうよい!」

 エレオノーラの悲痛な叫びが、戦場に響いた。

「妾の負けだ! 妾の首ならば持って行け! だから、その者達を助けてやってくれ!」

「……いい覚悟だって言ってやりたいが。ちょっと遅かったな。残念だが俺が治す方法を知ってるわけじゃねえ」

「……そんな……!」

「だいたいムシが良すぎんだろ。だったら最初っから降参しとけって話だよ。てめえが判断を誤った分だけ、余計な犠牲が増えるだけなんだぜ?」

 言いながら、ヴェスターはエレオノーラを捕まえるために一歩踏み出す。

「……駄、目……」

 余りにもか細く、それでもはっきりと耳に届いたその声を聞いて、ヴェスターは立ち止る。

 背後を振り返れば、痛みに全力で耐えながら、震える足で立ち上がる少女がいた。

「駄目、だよ……。姫様は、こんなところで諦めちゃ駄目」

「……なんでそう思う?」

 先程まで戦っていた男とは思えないほど穏やかな声色で、ヴェスターが問いかける。

 じくじくと痛みを上げる傷口を手で押さえながら、カナタはその目で自分よりも遥かに大きく強い男を睨みつける。

「理由なんかない。何も判らないまま、他の誰かの都合で殺されちゃうなんて……そんなの許されていいわけないよ! ボクは、そんなの絶対に嫌だから、認めない!」

「――ああ、そうかい」

 息を吐いて、ヴェスターは剣を構える。

 その目は穏やかで、ここで立ち上がったカナタのことを称賛すらしているようだった。

「お前みたいな奴、嫌いじゃないがね。でも残念だったな。世の中ってのはお前さんが思ってるより残酷だ」

 ヴェスターは前進し、カナタを自らの間合いの中に入れる。

「よせ!」

 エレオノーラの叫びも空しく木霊する。

 ヴェスターは確かに、目の前の少女に感心していた。だからこそ、介錯を務めようと判断した。

 きっとこいつは、この世界を生きていくには優しすぎる。

 その心が曇る前に、自らの手で終わらせてやるのがせめてもの情けだった。

 ヴェスターのせめてもの慈悲をもって、無慈悲に振り上げられた魔剣。

 それが振り下ろされる寸前に突如飛来した何かを、ヴェスターは驚異的な反応速度で叩き落とす。

 飛んできたのは瓶だった。

 ヴェスターに叩き割られたそれは、中に入っていた液体を存分にその身体にぶちまける。

「ぶわぁ! なんだこりゃ!?」

「可燃性の強い油だ。火達磨になりたくなければさっさとここから消えろ、ヴェスター」

 闇の中に、何かが光る。

 それは長身のバレルの銃だった。この世界ではまだ僅かにしか流通しておらず、彼が持っているようなある種完成された形の物は、滅多に見ることができない。

そして、その真っ直ぐに伸びた砲身はヴェスターを捉えている。

 その武器を構える人物に、カナタは覚えがあった。

「ヨハンさん!」「てめえ、ヨハン!」

 二人が叫んだのは同時だった。それから間抜けなことに、お互いに顔を見合わせる。

「久しぶりだな、ヴェスター」

「ちっ。引きこもってるって噂は聞いてたが、なんでこんなところにいやがる?」

「積もる話もあるだろうが、今はそんな事態ではない。状況を見れば判ると思うが、俺はお前の敵側だ」

 正直な話、ヴェスターの腕を持ってすれば、ヨハンの持っている武器から放たれる弾丸を避けて彼に攻撃することも、不可能ではない。

 それができたとしても、今ここで彼の相対することは躊躇われる。それだけ、面倒な相手としてヴェスターの中でヨハンは認識されていた。

「ちっ。仕方ねえ」

 剣を鞘にしまって、戦意がないことをアピールすると、ヨハンもそれに呼応して武器を下ろした。

「ったく。お気に入りを汚しやがって。クリーニング代請求するぞ」

「俺の弟子を痛めつけてくれた慰謝料で相殺してやる。さっさと消えろ」

「へいへい。おう、チビッ子」

 カナタは返事をする余裕もない。痛みで朦朧としてきた意識を繋ぎ止めて、何とかヴェスターを見上げていた。

「なかなか度胸あるじゃねえか。気に入ったぜ。もうちょっと強くなったらまた相手してやるよ」

 ぽんと、子供にするように頭に掌を乗せてから、ヴェスターは闇の中へと消えていく。

「な、何者だ……?」

 エレオノーラの声には答えず、ヨハンはカナタとトウヤの元に向かい、魔剣の呪いを掛けられた傷口に布を被せ、その個所を包帯で巻いていった。

「怪我の治療が終わったらこの場を離れる。逃げる先は……」

 視線がエレオノーラを見る。

 厄介なことになったものだと、内心で語っていた。

「……妾のことはどうでもいい。この者達には多大な迷惑を掛けた身だ。ここに放っておきたくば……」

「事情は察しかねますが、そんなことをすれば進んで『迷惑』を被ったこいつらの意志が無駄になる」

 懐から取り出した瓶の中身を、カナタとトウヤにそれぞれ無遠慮に振りまける。

「うわっ」「わぷっ。もうちょっと優しくしてよ!」

「命があっただけマシと思え。取り敢えずは俺の家に避難する。今ので痛みが消えたはずだが、どうだ?」

 二人は同時に頷いた。

「後は激しく動かなければ、明日には傷口も塞がっている。一応、化膿を防ぐために家に戻ったら消毒ぐらいはしておいた方がいいがな」

 簡潔にそれだけを告げると、ヨハンは踵を返す。

「帰るぞ。色々と、面倒なことが起こりそうだ」

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