会話劇~僕たち兄弟~

柚月伶菜

第1話 待合室にて

「おい。なに見てんだよ」


「なんだよその言い方。はじめましてなんだから、愛想よくしろよ」


「愛想だ? これから注射をぶたれるというのに、そんなことしていられるかよ」


「注射? そんなこと聞いてないぞ」


「お前、バカだなあ。じゃあ、どうしてお前はここにいるんだ?」


「僕は、病気にならないようにって連れてこられたんだ」


「それが、注射をするって意味だろう」


「そうなのか? 注射なんて一言も言われてないぞ」


「注射なんて言ったら、お前がびいびい泣いてうるさいから、親がそう言わないだけだ」


「君は、注射をすると親に言われたのか?」


「ああそうさ。僕は注射なんかで泣くような弱虫じゃないからな」


「僕だって……」


「ほら、見てみろ。今出てきたあいつ。泣いてるぞ」


「本当に注射するのか?」


「当たり前だろ」


「そうしたら、僕の親がうそつきだということになる」


「うそはついてないさ。これからうつ注射は、予防接種といって、病気にならないようにするためにうつんだ」


「注射をしたら病気にならないのか?」


「そうだ。お前には難しいだろうが、抗原抗体反応っていうのを利用したものなんだ」


「何言ってるかわかんないよ」


「親が読んでる冊子を読んでないのか?赤ちゃん気分だと頭がよくならないぞ」


「赤ちゃん気分って、君も赤ちゃんだろ」


「俺も赤ちゃんだが、お前とは育ちが違うんだ」


「育ち? 僕には優しいママとパパがいるんだ」


「だろうな。注射をするというのに、注射とは言わない優しいママとパパだ」


「君の親だってそうじゃないのか?」


「俺の親はちゃんと注射にいくと言ったぞ。なんてったって、俺は注射なんかで泣かないから、お前みたいに気を遣う必要がないんだ」


「ママとパパは僕に気を遣ってなんていないよ」


「遣ってるだろ。どうせ、このあとご褒美に好きなものでも買ってくれるんじゃないのか?」


「たしかに、このあとは新しいガラガラを買ってくれる。でも、それがどうして気を遣ってることになるんだ?」


「お前が注射が嫌なのを知ってるからだよ。お前が不機嫌にならないように、新しいガラガラを買ってやるつもりなんだよ。いいなあ。俺なんて、注射が終わっても何もいいことないんだぜ」


「注射がこわくないんなら、別にご褒美なんていらないだろ」


「なんだ? また俺に生意気言ってくんのか?」


「注射がこわくないなんて生意気言ってんのは君だろ」


「本当のことだからしょうがないだろ。注射なんてな、こんなに細い針を数秒刺すだけなんだぜ。毒蜂に刺されて死ぬわけでもないし、こわいわけないだろ」


「うるさいな。痛いんだからこわいに決まってんだろ」


「だったら、びいびい泣いて抵抗でもすればいい。予防注射っていうのは、うっておかないと、あとあと大きな病気にかかるかもしれないんだからな。それが嫌なら、俺のようにどっしり構えるといい。あとで大きな病気をしないために、一瞬の痛みがあるだけだ」


「……本当に、注射をすれば、あとで大きな病気にかからないのか?」


「そうだ。病気の予防をするための予防注射だからな」


「……僕、わかったぞ」


「なにがだ?」


「君は、大きな病気にかかるのがこわいんだ。だから注射なんてこわくないなんて言えるんだ」


「……うるせえ。注射なんかにびびってるお前といっしょにすんな。大きな病気と一瞬の注射じゃ、大きな病気のほうがこわいに決まってんだろ」


「僕は大きな病気なんてこわくないぞ」


「バカ言ってじゃねえよ。病気っていうのはな、苦しいんだぞ」


「かかるかどうかわからない病気のために、注射なんてうちたくない」


「何言ってんだ。もし病気になったらどうするんだ」


「そのときはそのときだ」


「考えてみろ。病気になれば、痛いし苦しいし、時には死ぬことだってあるんだ。お前だけじゃない。家族や友達もつらいんだぞ」


「そんな先にことなんて考えられないよ。とにかく僕は、注射をしたくないんだ」


「いいか? あとになって、あのとき注射をしておけばよかったと思う日がくるぞ」


「次。定禅寺大河くーん」


「はやくうってこいよ。この病気びびり虫」


◇◆◇


「結局、お前もうったのかよ」


「うるさいな。僕はうちたくないって言ったんだ。でも、ママとパパが連れていくから、しょうがないだろ」


「ああ知ってるさ。びいびいびいびいうるさかったなー」


「注射をうたれてんのに静かにしてる君は、おかしいんじゃないか。みんな泣いてるんだよ」


「だから、それはさっきも言ったろ?俺は育ちがいいんだ」


「そうだったな。僕はこれからガラガラを買ってもらうとするよ」


「それはよかったな、弱虫くん。じゃあな」


「ふん」


「おっ。機嫌悪い演技だな。ずる賢い奴」

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