高原の戦い

 バルク丘陵の敗戦から敵本隊は兵を立て直すための時間を稼ごうと陣を後退させた。ジェド様が参戦しているということはジェノバが後ろ盾にある。ジェノバのある方角、高原の北東を背に回すことを避けたのもあるらしい。

 敵軍は2700、こっちは2000あまり。数の利はあちらにある。けどこちらは先ほどの勝利によって士気が上がっている。まともにぶつかればどうなるかわからない程度の差ではあった。

 そうこうしているうちに敵陣から身形のよさそうなおっさんが出てきて声高にこちらに呼びかけてきた。


「反逆者どもよ、降伏せよ! そうすれば名誉ある死をくれてやろう!」


 その言葉に対してジェド様は無造作に弓を引き絞り、放つ。

 風切り音を発して飛翔する矢はおっさんの兜を直撃する。頭に強い衝撃を受けたおっさんはのけぞって落馬した。


「矢を防げぬ、あまつさえ馬から落ちる。そんなへぼ騎士にわれらが負けることがあり得るのか? 寝言は寝てから言うがよい!」


 味方は喝采を上げ敵はどよめく。陣の真ん中あたりで、顔を真っ赤にしたおっさんが怒声を張り上げていた。突撃命令のようだった。


 両軍は横に広がった陣を張り互いにその戦線を食い破らんと押し合う。中天に日が上ったころに始まった戦いは互角のまま推移していた。

 喊声をあげて切り結ぶ兵。胴を貫かれ絶叫を上げる。兜を槍で殴られ昏倒した兵に、敵兵が群がって寄ってたかって串刺しにする。騎乗で剣を振るう騎士が、槍に引っ掛けられ落馬し、そのまま首を取られる。

 何度も戦場に立っていたが、この凄惨さにはいまだ慣れそうにない。刻一刻と両軍は戦死者と、それに倍する負傷者を生産する。

 負傷者は後送され、神官に治癒魔法をかけられ、再び先陣に戻る。ジェノバの支援と、もともとラフェル自体が交易都市であることもあり、ポーションなどの物資も豊富であった。

 よって、戦闘能力では若干劣っても継戦能力はこちらが有利で、長期戦になれば、息切れするのは敵の方だ。遅まきながら相手もそれに気づいたようだ。


「騎兵を前面に出せ! 中央突破で一気に叩くのだ!」


 おりしも日が傾き始め周囲は血に寄らない赤みを帯びている。そしてこちらの陣営は東に位置しており、斜陽の残光が目に入っており、戦いにくくなっていた。

 それを見越して騎兵突撃を仕掛けてくるあたり敵も無能ではない。この時を待って予備兵力を投入してくるのだから。

 中央部隊に騎兵が突入し、陣列が切り裂かれていく。そのまま陣列は左右に分断されつつあった。


「アルフ、半数を任せる。敵の側面を全力で駆け抜け敵の背後で合流するのだ!」


 ここでジェド様が執った戦術は常識外れのものであった。あえて兵を二分し、敵の攻撃に逆らわず分断させ、敵の側面を掠めるように駆け抜け、敵背後で合流する。

 それを見た敵は陣を反転させようとするが、槍兵などは方向転換に手間取っている。そこにありったけの矢と魔法攻撃を加える。

 それでもさすがに正規軍。何とか立て直しこちらに矛先を向けてくる。そして最後の一手が打たれた。


「合図を送れ」

「はっ!」

 ムカリが特殊な火矢を打ち上げる。それは宵闇迫る空を切り裂き、戦場周辺に待機していたラートル族の騎兵に突撃の合図を伝えた。


「ふふん、見事と言うておこうか……。見よ! 敵はこちらに気付かず背後を向けている。一気呵成に突入し粉砕せよ!」

「「「オオオオオオオオオオオゥ!!!」」」


 剽悍極まりない騎馬の民が喚声を上げ全速で突撃を敢行する。第一陣の小隊が敵の眼前で左右に分かれ矢継ぎ早の妙技を見せ表層の重装歩兵をなぎ倒す。

 抜刀した第二陣がさらに表層を削るよう半月を描くかのように機動し敵陣を削ぎ取る。

 前面の敵に集中するあまり背後の備えが薄かったこともあり敵軍は大混乱に陥っていた。

 そしてそれを見越したクビラはまっすぐ前に向けて手を振り下ろす。円を描くような機動が一本の矢になって突入してゆく。


「右翼前進!」

 ジェド様の命に従って右翼の兵が前進する。そのまま反包囲陣を敷き、敵を北に向けて押し出す。

「囲師は窮すべからず」

「ほえ?」

「シェラ、君がもし取り囲まれたらどうする?」

「どっかを食い破って逃げます」

「うん、その時一方が抜けられそうだと思ったら?」

「そこに攻撃を集中しますね……あっ!」

「逃げ道を作ってそこに集中させ、意識の向いていない方角から叩く。こうすれば味方の損害は減らせるんだ」

「なるほど!」


 それからの戦いは一方的だった。敵は逃げるだけで精いっぱいで、逃げ遅れた兵は討たれるか捕虜になってゆく。

 血みどろの戦いは最後までそのままで、それでも何とか決着はついたのだ。

 惜しくもバラスは取り逃がしたけど、大物の捕虜も何人か得た。バラスの勢力に大打撃を与えたことは間違いない。

 そんな戦いを締めくくったのは、歓声を上げる兵たちのなかで、眉間にしわを寄せたジェド様の深い深いため息だった。

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