騎士と女盗賊
響恭也
誓いの指輪
このところ、相棒が少しおかしい。妙にそわそわしているかと思えば、何考えてんだかわかんない顔をしてぼーっとしている。
何時からこうなったのか? 思い当たる節は先週届いたジェドあての手紙しかなかった。
あいつはすぐに手紙をしまい込んだけど、一瞬見えた封筒にはオルセリアの紋章が刻まれていた。
ひとまず問い質すことにした。危険な任務ならばあたしにだって力になれる。と言うかおいて行こうとするなら思い切りひっかく。
意を決して相棒に問いかける。
「なあ、ジェド。あたしに何か隠してないかい?」
「ん? いや、特に何も?」
嘘だ。ごくわずか目が泳いだ。だからあたしは畳みかけることにした。
「へえ? じゃあさ、一つ聞いていいかい?」
「なんだ?」
「この前、お国から手紙が来ただろう。それと関係していないのかい?」
ジェドは深いため息を吐いた。やれやれとばかりに頭を振る。
「任務とかじゃない。弟からの手紙だ」
「内容を聞いても?」
「弟の結婚が決まったらしい」
「それはめでたいじゃないか!」
「そう……だな」
「なんだい、浮かない顔をして?」
「……他人事だと思って」
「おい、あたしはね。あんたをもう他人だなんて思ってないよ!」
珍しくジェドが黙り込んだ……ってこれ愛の告白っぽくないかい?
自覚すると頬が熱くなる。なんだい、強敵を相手にしても落ち着いてる胸が波打つとか。
小娘じゃあるまいし……と相棒の方を見る。すごく真剣な表情をしていた。
胸がとくんと再び波打つ。けど嫌じゃない。なんか暖かい気分だ。頬がほてってる感触も悪いもんじゃなかった。
すっとジェドが立ち上がり、戸棚から小箱を持ち出す。ってまさか?
「シェラ。いいだろうか?」
「ななななななんだい?」
みっともなく声が上ずる。
「最近の流行りでな、冒険者同士の絆を形にして贈る儀式があるそうだ。
エタニティリングという」
「永遠の誓い、って感じかい?」
「そう。それで……だな」
無表情のこいつの表情を読み取るのはあたし以上の奴はいないと自負している。そして気づいてしまった。表情はいつもの仏頂面だが耳が真っ赤である。と言うことは……?
「シェラザード。問う。我が生涯を共に歩んでくれるか?」
「応える。ジェラルド。あんたの背中を生涯守り抜くと!」
「シェラ。ここはもう少し……だな、なんというか……」
「やかましい! 朴念仁がエルフの姿してるあんたに言われたくない!」
その答えに相棒は珍しく微笑む。そしてあたしの手を取った。
すっと引き寄せられる。ぽすんとジェドの胸元に顔が収まる。なんだい、胸がバクバク言ってるんじゃないか。だらしないねえ。
「シェラ、お互い様だ」
「あれ? 口に出してた?」
「見ればわかる」
「なっ!?」
「お互い様……だな」
あたしの左手をジェドが掴む。まるで壊れ物を扱うようにやさしく。ひんやりとした感触。ミスリルの指輪が薬指にはまっていた。
ジェドそのものを現すようなシンプル極まりないデザイン。
ああ、こいつらしい。そう思うと胸の中に暖かい気持ちが広がる。
だからその熱を伝えようと、ジェドの首にしがみついて顔を近づけた。
ガタンと入り口付近から音がする。
そこにはニヤニヤと笑みを浮かべた男女が顔を真っ赤にしている。
ギギギっと油の切れた機械のような動きで振り向くと、地獄の底から響くような声で問いかけた。
「あんたら、どっから見てた?」
「えー、ジェドが戸棚から指輪を取り出すあたり?」
「それほとんど最初からじゃないか!?」
「だからやめろって言ったんだ!」
「何かの参考になるかもって言われて黙りこくって他のだれかなー?」
尻尾と耳の毛が逆立つのを感じる。というか、ここまでの恥辱は多分生涯初めてだ。そしてそんなあたしの頭上から笑い声が聞こえた。
「ジェド、あんた何を笑ってるんだい!?」
「いや、俺たちらしい、と思ってな」
「あらー。ジェドが笑ってるところ初めて見たわ。レアだね!」
「黙れ、これはあたしんだ!」
「うわ、シェラって束縛するタイプ?」
そんなやり取りを聞いて目の前の相棒が吹き出した。あたしはジェドが声を上げて笑うというあまりにレアな事態に心を奪われていた。
なんか怒るのもどうでもよくなった。というか改めて左手の指輪の存在を思い出す。
「そういえばさ。あたしでよかったの?」
「何を言う。俺は騎士であり冒険者だ。背中を任せられる奴はお前しかいないさ」
「ふふ、そうだね。仕方ないねえ」
「ああ、仕方ないから頼む」
このやり取りを見ていた見物人どもは真っ赤になっていた。若いねえ。
そういえばあとで聞いた、手紙の中身だ。弟さんの結婚が決まったのは事実だ。だがそこに困ったことが書かれていたようで、
「兄上を差し置いて私が結婚できませぬ」
と弟さんが言い張っていたそうである。
まあ、後日オルセリア家を訪れたときに、弟がにっこり笑ってこう告げた。
「そうとでも言わなければ、兄上は一生踏ん切りを付けません」
「確かに」
あたしはさっくり即答したジェドの後頭部を張り倒す。まさかあたしがこんなふうに貴族様に関わることになるなんて思いもよらなったから。
あの日、あたしの運命を大きく変えた出来事を思い出していた。あたしとジェドの運命がかかわって、そこからすべての歯車が動き出した。そんな気がしたんだ。
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