どうしても、

山芋娘

第1話

 今日も疲れた。

 毎日、毎日、残業続き。

 家に帰っても一人のため、夜ご飯はいつもスーパーのお惣菜。

 この時間に開いていることはとても有難いのだが、すでに売り切れ寸前のため、ロクなものはない。

 今日なんか特に酷かった。

 とりあえず、ザル蕎麦だけは確保出来たので、それと缶チューハイを二缶購入した。

「ハァ……。ただいま」

「おかえりー!!」

「え?」

 一人の暮らしのはずなのに、扉を開けると若い娘が、カーペットの上に寝転び、雑誌を読んでいた。

 ワンルームのため、玄関からすぐに部屋が見えるため、若い娘もすぐに目に入った。

「え、ど、どちら様で……」

「今日もお疲れ様ー! 夜ご飯作っておいたよ」

「いや、だから、誰?」

 娘から距離を取り、声を掛けるのが、向こうは一切動こうとしない。

「あぁー! またチューハイ買ってる! 本当にお酒好きだよね」

「……あの」

「よいしょ」

「え、」

 雑誌を手に立ち上がると、近づいてきた。

「三ヶ月後、パパはママと出会います。でも、パパとママの間を引き裂くような女が現れるの。その人の誘惑に負けないでね!!」

「はぁ? パパ? ママ? 何言ってるんだ。つか、お前どこの子どもだ。警察に補導してもらうぞ」

「そんなに子どもじゃないですー! これでも二十歳過ぎてますー!」

「え、マジか……」

「そうなんです!! まぁそんなことはいいや」

 そう言うと、手を振りながら、「じゃあね」と残すと娘は消えてしまった。

「あれ、きえ、た? ……疲れてるんだな、俺」

 今の幻のような出来事も、空腹には負けてしまい、ザル蕎麦を食べながら缶チューハイの栓を開けた。

 そして、次の日にはあの娘のことは、仕事の忙しさのせいで忘れてしまった。



 季節は秋になっていた。

 けれど、まだ日差しは強く暑くて仕方ない。

 残暑がここまで続くと、やはり地球はなにかおかしいのかもしれない。

 そんなことを考えながら、取引先の会社が入っているビルに入っていった。

 受付に行くと、見知った受付嬢ではなく、つい最近入ったというとても綺麗な女性がいた。

「あ、の」

 普段は緊張しないのに、この人にだけは何故か緊張してしまい、声が上手く出なかった。

 深呼吸をし、もう一度声を掛けようとした瞬間、近くで女性が転び持っていた書類を派手にばらまいていた。

「いたた……」

「大丈夫ですか!?」

「え、あ、はい……」

「どうぞ」

「……どうも」

 メガネを掛け、前髪も少し長かったせいもあり、顔はイマイチ見えなかったが、印象は地味。

 地味な女性は書類を手にすると、すぐに去っていってしまった。

「嫌ですね。ちゃんとお礼も言えない人って」

「え、あぁ。……まぁ、そうですね」

「アポ取られてる方ですよね。こちらの入館証をどうぞ」

「ありがとうございます」

 綺麗な受付嬢は、ニコッと笑うと、受付へと戻っていった。



 あれから、何年も経っていた。

 27歳で結婚をし、娘と息子に恵まれた。

 娘なんて、今年で二十三歳になるのだ。

「パパ〜。ウェディングドレス、どれがいいと思う?」

「んー? そういうのは、彼氏と決めたらいいんじゃいのか?」

「そうだけど、パパの意見も聞きたいの」

「はいはい。どれがあるんだ?」

「これと、これとー」

 すっかり老けてしまったが、まだまだ現役で仕事もこなしている。

 そして、嫁も老けてしまったが、俺には出会った時のまま、可愛い女だ。

「ねぇ、パパ」

「んー?」

「私ね、パパとママが結婚するように、若いパパに会いに行ったことがあるんだよ」

「……ん?」

「ほら、今さ、ちょっとした科学で時空飛び越えられるじゃん? それを利用してね、パパのいくつかの未来を見たの。その時に、ママとは違う人と結婚する未来があったの」

 最近の技術は、発展しすぎていて、若い頃なら付いていけていたのだが、こうも歳を取っていくと、最新のことにはどうも疎くなってしまう。

「でもね、パパがそれで幸せならって思ったんだけど……」

「その女の人、嫌な人だったのか?」

「うん! ママのことブスとか言ってたんだよ!! 許せなかった。しかもその人、ママに嫌がらせしてて、パパのことはお金しか見てなくて。だから、何としてもパパはママと結婚してほしかったの!」

「それで、どうやったんだ? さっきのパパと会ったって……」

「時空飛び越えられる機械使って、パパに『パパとママの間を引き裂くような女が現れるの。その人の誘惑に負けないでね!!』って言ったの」

「……それ、なんか、聞いたことあるような」

「パパ、ザル蕎麦とチューハイ買ってた」

「んー、覚えてるような、覚えてないような」

 薄らと記憶にあるのだが、彼女と知り合った頃は、本当に多忙で仕事しかして無かった気がしていた。

「ふふ。覚えてなくていいよ。今、こうしてパパとママは結婚してるんだもん! そういえば、どこで知り合ったの?」

「それは知らないんだな」

「うん」

「取引先の会社のビル。ママ、度が合ってないメガネ掛けてたらしくて、段差につまづいてな、書類をばらまいてたんだ。その時に書類拾ってあげたのが、出会い」

 そうだ。あの時、彼女が書類を落とさなかったら、きっと出会っていなかった。

 あの受付嬢も綺麗な女性だったが、彼女の方が気になっていたのだ。

 どこかか弱く、守ってやりたいと思わせる。そんな可愛い女だった。

「パパはママのこと、好き?」

「あぁ、好きだよ。二十三年前から、ずっと」

「ふふ。私もパパとママ大好き! 結婚してくれて、ありがとう」

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どうしても、 山芋娘 @yamaimomusume

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