第7話 石の宿

第7話 石の宿


 その夜、僕たちは宿に戻った。だけど、用意されたのは今日僕が起きたあのベッドではない。


「あそこは医務室。君はもう病人じゃないだろう?今日は一人でゆっくり眠るといいさ。」


 と言ってから、アランは僕に小さいランプを渡してきた。


「じゃ、おやすみ。」


 アランが出て行った後、この夜の部屋を眺める。

 石でできた壁と床。木でできたベッドにふわふわの布団。

 窓の外にも石の街並みが見える。少ないけど、ボウッと明かりのついている窓がいくつかある。

 ネオンの強い光とは違う、目に優しい温かみのある光だ。

 なかなか良い部屋だ。


 さて、だいぶ酔ってしまったし、このまますぐにでも寝たい。

 エオウィンもこう言っていた。


「酔っ払いの変態は今すぐ帰って、この子は私が預かるから。」


 今頃は女の子二人で寝る準備をしているのだろう。

 銀髪の女の子はエオウィンにすっかり気を許したようで、僕が朝まで宿の部屋にいることをさとされると素直にエオウィンの部屋へと入っていった。

 二人のやりとりは仲のいい姉妹のようで、微笑ましかった。


 しかし結局エオウィンは僕を警戒し、その子とまともに話すことができなかった。

 変態でその上酔っ払いとなれば仕方ないことか…

 いや誰が変態だ。


 まぁ、酔っ払いということは否定しない。

 僕はランプをそっと置いて上から息を吹きかけ火を消して、真っ暗闇の中、ベッドに倒れこんだ。




 何か物音が聞こえた気がした。

 アルコールの入った後の睡眠というものは、質が悪く浅い眠りである。

 僕は一回パチクリと瞬きをしただけで、すっかり目が覚めてしまった。


 月明かりのぼうっとした光が(残念なことにそれが月だという保証はどこにもないが)、部屋の輪郭をかろうじて浮き立たせているようだ。

 僕はまず天井を見て、それが知らない天井だったことにがっかりする。

 夢なら今の楽しいうちに覚めてくれ…


 僕には家族もいるし、バイトも授業もある。

 夢であって欲しいと思ったが、天井のシミはいやにリアルだし、いつの間にか被っていた掛け布団の暖かさも本物の感覚のようだし、隣で寝ている女の子の暖かさもどう考えたって現実だ。

 …ん?


「いっ!?」


 変な声出た。

 銀髪の少女が目をこする仕草をしたあと、まだ眠たそうな声でこう言った。


「アキヒロ?起きた…?」


 僕はとりあえず道徳的に、倫理的に距離を取らなきゃと思って、ベッドから転げ落ちた。

 バイトも授業もあるし、自暴自棄になるような死ぬ直前でもない。

 というか、死ぬ直前なら何をしてもいいというのは間違いだということも学んだ。

 あれは何かの間違い。きっと悪魔のささやきだ。


 床に尻もちをついて、そのまま窓のある壁まで後ずさる。

 その時にゴンと頭をぶつけてしまった。

 酔いの頭の痛さと相まって、うめく、


「痛っつぅぅ…」


 亜麻布の寝間着を着た彼女は、四つん這いになって、僕の方を見る。

 まだ成長途中だけど、しっかりと体のラインは出ているようで、ベッドから転げ落ちたのも正解だったようだ。

 再び悪魔がアレするのを未然に防いだということだ。


「頭、大丈夫?」


 それはどっちの意味で…?

 変態と罵られすぎて自信がないんだけれど…

 精神的にもどうにかなりそうだった。


「な、なんで…ここに…?」

「アキヒロを守るため。」

「なんで一緒の布団に入る!?」

「エオウィンが掛け布団はしっかり被らなきゃダメって言うから。」

「一緒じゃなくてもいいよね…?」

「一枚しかなかったから。」


 『僕を守る』と『布団を被る』。両方に従った結果か…


 そんな結論に彼女を導いてくれて…


「ありがとう神様。」


 つい本音が出た。


「神様じゃない。『チトセ』。」

「え、君の名前?」

「そう。」


 何はともあれ、彼女の方から会いに来てくれたんだ。

 明日になればエオウィンがうるさいだろうし、今がチャンスだ。

 決していやらしい意味じゃない。


 この子と、そして僕のポケットの中にあるあの装置のことを聞くチャンス。

 本当にそれだけ。


「えと、チトセ…ちゃん。いくつか質問してもいい?」

「いい。あと、チトセでいい。長い呼び名は嫌い。」

「いいけど、なんで?」

「戦いの邪魔になるから。生存率を少しでもあげたい。」


 やだ怖い。この世には敬称の有る無しで生死の決まる状況があるの?

 怖いからこの話には目をつぶろう。

 僕は立ち上がり、部屋の隅から椅子を引っ張り、ベッドに向けてから座った。


「チトセ、このキーホルダー、これは何だ?」


 この状況のすべての元凶、地面と壁と人間の腕を切り取ったその事実に似合わない可愛らしいロボット、アイボーのキーホルダーを手の上に乗せて、銀髪の彼女、チトセに見せる。


「それはテレポート装置。それを中心に半径2mを別の場所に移動させる。」

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