半径2mテレポート

髙 仁一(こう じんいち)

第1話 半径2mのテレポート

第1話 半径2mのテレポート


 距離は2mほどだろうか。その銃の『目』は僕の眉間を捉えていた。


「君が持っているものをこちらに渡してもらおうか。」


 その黒スーツの男が持っている銃はニュースで見たことがある。最近開発された、銃弾制御システムを備えたシリーズの第三世代で、銃に搭載された三次元カメラは向けられた対象の顔や、骨格を計測し登録する。一度登録されてしまうと、もうその銃からは逃げられない。放たれた銃弾からは無数の羽が生え、登録された対象に当たるまで、追い続ける。それはこんな狭い路地であっても同じことだった。もし、壁や地面に当たったとしても、その精密な電気回路を仕込まれた銃弾は、跳弾を利用して対象に当たるまで繰り返し方向を変えることができるからだ。その銃のシリーズ名は『セックス・ピストルズ』。そして、最新機種は登録まで10秒。その『目』が僕に向けられてから十分すぎるほどの時間が経っていた。


「ああ、出前のうどんのことですかね。だけど、中身は空ですよ。」


 僕は出前のバイトの途中だった。うどんの器を回収してから店に戻るその道でのことだ。スクーターで信号待ちをしていたそのとき、ふと黒塗りの車数台に囲まれていることに気づいた。そして今、僕は暗い路地裏に居る。


「馬鹿にしているのか?お前の手足を撃ってから頭をその荷台に叩きつけてもいいんだぞ。」

「ええっ、す、すみませんほんの冗談ですから…ではスクーターの方に戻って…」

「ボス、持ってきました。」


 奴の部下が僕の目の前にスクーターの後ろに乗っていたその固い箱を置いた。


「さっさと開けろ。」


 僕はその男を刺激しないようにしながら、ゆっくりと、その箱の上に手を添えて目を近づけた。その箱は僕の手と目を認識し、鍵を開けた。たかがうどんの器を守るために何と手の込んだシステムだろうか。そのせいで僕はこんなひどい目にあっている。いや、逆か。このシステムが生きているものしか受け付けないからこそ、僕は今も殺されずに済んでいるのだ。

 箱が開いた。


「ど、どうぞ…」

「調べろ。」


 男の部下がうどんの器を取り出し、入念にチェックする。


「うどんの器以外、何もありません。」

「そうか、少年の体を調べろ。」

「了解です。…壁に手をつけろ。」


 僕は言われた通りに路地裏の壁に手をつき、手荷物のチェックを受けた。部下の男が服の上からポンポンと体を叩いて確認をしていく。まず尻のポケットに入っていた財布、そして右ポケットに入っていたタッチパネル式の携帯電話が取り出される。それから、左のポケットに入っていた家の鍵と、キャラモノのキーホルダーだ。それはさっきの届け先の人が、美味しいうどんのお礼にと、渡してくれたものだった。アイアンボックスロボットのアイボーというキャラで、スイッチを入れると目が光る限定品だ。せっかくもらったし、後で鍵につけようと一緒にポケットに入れておいたものだ。


「パスワードを入れろ。」


 僕の目の前に携帯電話が差し出される。男の手の中にあるままのそれに、4ケタの暗証番号を震える手で打ち込むと携帯電話のロックは解除された。


「お前のもので間違いなさそうだな。」


 そして、何やら携帯電話のデータの中身を確認しているようだ。こんな状況で考えることではないが、僕も健全な男子大学生なので、プライベートな記憶媒体であるところのそれを見られると何だかそわそわしてしまう。


「問題なさそうです、ボス。」

「念のためこちらに渡せ。投げろ。」


 僕の私的なあれこれが入っているそれは、無事に2m先で銃を構える『ボス』の元に渡った。これで警察を呼ぶこともできなくなった。

 部下の検査は続く。


「『いくたあきひろ(生田明大)』…、テメェが出前を配達した場所がどういうところか、わかっているか?」


 財布から学生証を取り出して、確かめながら男は僕に質問をした。


「大前…さん…です。」

「そうだ、大前組の事務所だな。奴らが運び屋にあるものを頼んだという情報が入った。お前、何か知らないか?」

「わかりません、僕は、何も…」

「しらばっくれるなクソ野郎が、テメェが運び屋だろ?」


 どうやら、ヤクザの抗争に巻き込まれたらしい。ただ出前を配達していただけというのに、世界一の運の悪さだ。


「本当に違うんです。僕はただあの場所にうどんを運んだだけで…」

 

 その瞬間、腹にとてつもない衝撃と痛みが走り、僕は地面に膝をついた。蹴られたのか?呼吸ができない。

 うつむいたところを続けて、頬を蹴られた。


「ぐっ、ゲホッ…ゲホッ。」


 髪の毛を掴まれ、強制的に顔を上に向けさせられる。


「なら死ね。」


 生体認証付きの出前のケースは開けられたし、僕は貴重な情報を知っている運び屋ではなかった。僕が生かされていた理由はなくなった。しかし…

 部下がナイフを取り出す。わざわざ血の出るナイフを選ぶのは、脅しのためだろうか。ならきっと殺すことはない。そう考えても、目の前の殺すために作られた刃物の形状を見ると死への恐怖心は離れることなく、ますます一層の震えと、焦りと、諦めを僕に芽生えさせる。


「まぁ、少し待て。」


 2m先で一部始終を見ていた『ボス』が口を開いた。


「谷原、ちょっとそこをハケろ。」

「了解です、ボス。」


 部下が僕から少し離れた。『ボス』は銃を僕に向け直した。


「悪いね、君。アキヒロくんと言ったか。私たちは今焦っていてね。彼の口が少しばかり悪くなるのも仕方のないことなんだ。」

「ゲホッ、ゲホッ。」


 口を開こうとしたが、先ほどの痛みでむせてしまう。口から血が出る。


「もう一度聞こう。奴らは君に何か、渡さなかったかね?どんな些細なことでもいいんだ。それはモノではないかもしれない。例えば、伝言とか。なんでもいいんだ。君が食べ物を届けた時に、部屋の奥で何か話してなかったか?私たちは焦っている。」


 『何か、渡さなかったか?』。それを聞いて、僕はハッと気づいた。その架空のロボットを模したキーホルダーは彼らにもらったものだった。いや、彼らに『運ばされていた』ものだったのか?


「あっ。」

「どうした?何か思い出したか?」


 しまった。この状況でキーホルダーのことを言うのはまずい。もしそれが本当に彼らの欲しいものだったら、僕は本当に用済みになってしまってあの世にお陀仏だろう。何か言わねば!キーホルダーのこと以外で。彼らが僕を生かしておくような、時間を稼いで逃げるチャンスを作るような、そんな一言を!


「ゴホッ…そう言えば、一人の男から、うどんのお礼にとガムを渡されました。さ…」

「テメェ持ってねえじゃねぇか!!」

「待て、最後まで聞こうじゃないか。」


「…さ、最初は断ったんです。でも半ば強引に持たされました。」

「出せ。」

「違うんです!今はもうないんです!嫌いな味で、その…道端の茂みに捨てました。」

「谷原、確かか?」

「車で追っていましたが、よく見えないこともあって、そこまでは…」

「なるほどな。そいつの顔を拭け、案内してもらう。」


 よし、この狭い路地裏から出てしまえば、何かしらの、何かしらのチャンスがあるはずだ。こいつが僕の顔を拭いているのも、目立たないように血を拭うためだ。そして、こいつらは何を探しているのかさえわかっていないようだ。今や彼らの情報源は僕の記憶だけ。大丈夫、殺されることはない。


「ところで、谷原。そのキーホルダー、何で『鍵に取り付けられていない』んだろうね?」

「あっ確かに…」


 谷原が手の中のアイボーを不思議そうに見つめる。

 心臓の鼓動が跳ね上がった。しかし、それをさらにもう一段上へ跳ね上げることが起こった。

 谷原が吹っ飛んだのだ。

 彼の手からアイボーがコロコロとこちらへ転がってくる。


「拾って!」


 その声の主は、女の子だった。女の子が男を吹っ飛ばした。


「クソッ!させるか!」


 『ボス』が、追尾式の銃に力を込める。僕は、死んだ、と思った。1.5mほどの距離を一瞬で詰めて、ボスの腕を女の子が蹴り上げる。

 水色のパステルカラーのTシャツ、淡い紫色のパーカー、黒字に紫のチェックの膝上プリーツスカート、そしてショートボブの銀髪を粒子を振りまくようになびかせている。

 死ぬ前にこんな可愛い子のスカートの中を見られるのであれば、男として悪くない人生だったかなと思ったけれども、それは無理な話だった。

 だって、銀髪の美少女は黒のスパッツを履いていたから。悲しいかな男の性…

 クリーム色のスニーカーが男の腕と手首を弾き、銃は宙を舞った。

 しかし、銃弾はすでに空に放たれていた。

 終わった。死んだ。銃弾は今は空に向かっているけれども、死ぬまでの時間が少し延長されただけだ。あの追尾式の銃弾はいずれ地上に戻ってきて、僕の頭を撃ち抜くだろう。


「拾って!スイッチを入れて!」

「女!お前何か知っているな!」


 見上げていた空から視線を下へと戻すと、今度は男が叫ぶ女の子の首に手を回し、締め付けている。


「ぐっ、はっ…」

「アキヒロくん、落ちている銃をこっちに持ってきたまえ。そうしたら、今、空にある銃弾の標的を解除してあげよう。早くしなければ死んでしまうぞ。」


 ああ、そうか。『ボス』に解除してもらえば良いんだ。早くしなければ、


 僕は言うとおりに、銃を拾ったが、拾ったところで、ある疑問が頭をよぎった。


 それを渡したところで、『ボス』が空飛ぶ銃弾の解除をするという保証は?そもそもなんだこの状況は?何故このキーホルダーを奪い合っている?そうだ。こいつが元凶だ。こんなおもちゃのために僕が死ぬ?だんだんと、腹が立ってきた。


 納得がいかない。こいつが、マフィアどもの抗争の元ならば、それが原因で僕が死ぬならば、その理由を知りたい。どうせ死ぬんだ。なら、納得してから死にたい。そう考えた。



 だから僕はすぐそばのアイボーも拾って、スイッチを入れた。



 突如、そのキーホルダーを中心にして、ドーム状の半透明の光の膜が現れた。その半径は、自分のいる位置から、ちょうど『ボス』と女の子がいるあたりだ。表面に閃光が走り、バチバチと音を立てる。最初はその音の間隔がはっきりと耳でわかる程度だったが、だんだんと、1秒間に10万回、静電気が放電しているみたいにやかましくなっていく。


 『ボス』の体のほとんどは光のドームの外で、『ボス』の両腕と、それが掴んでいる女の子の体がドームの中、だからかどうかはわからないが、『ボス』が何か叫んでいても、こちら側には全く聞こえなかった。


『…………………!!……!!!』


 そして光の膜は、こちら側を丸々『切り取った』。『ボス』の両腕が、切断され吹っ飛ぶ。女の子は解放され、こちらに倒れこんできた。外の路地と外側の『ボス』は1秒も経たないうちに闇へと消えた。


 それからまた1秒も経たないうちに、『外側』は広大な草原となった。先ほどの薄暗い路地裏と違って、一面見渡す限り新緑の草原だ。ここはどこだ!?

 しかし、それだけではなかった。


 その巨大な唸り声に、思わず耳を塞いだ。


『グワァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』


 僕のすぐ後ろには、黒と赤の燃える皮膚を持つ炎翼竜。つまり、ドラゴンがいた。

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