第9話

 第八研究班の会議がはじまる。進行役は班長であるマルタウ。

「あー、まずはどんなギア・ナイトを作るかだな」

 壁の黒板に書記役の学生がチョークで書き記す、カツカツという音が響く。

「それもだけど、まずはロイラちゃんの体に合わせた基本フレームを作らなくちゃね」

 ポーテッドはキラリと輝く歯を見せて微笑みかけるが、ロイラの顔は無表情だ。

「たしかに……モグモグ、フレームを決めておかないと、コンセプトも……モフモフ……決まりませんしね……ガツガツ」

 一週間ぶりの食事にありつけたジャックは、口いっぱいに食べ物を頬張りながら喋っている。

「ククク……しかし、それだけの部品があるんですかねぇ……キキキ」

 アイリーンは陰鬱な顔で不気味な笑みを発する。

「そうだな。よし、全員でまず整備場や倉庫にどれだけ部品があるか調べるぞ。持ってこれる部品は全部ここに集めろ!」

 マルタウの号令で研究班のメンバーは、研究所の一斉捜索をはじめた。ゼンと、関係の無いドノヴァーやグラグルも手伝いに借り出されてしまった。

 一時間ほどで創作は終了。部品は一箇所に集められ、床に並べられた。

「これは……」

「……少ないな」

「クフフ……少なすぎますねぇ……フヒヒ」

 倉庫の中だけでなく棚の下や裏、さらにはゴミ箱の中から集めた部品はそれなりの数がある。しかし、使える部品はあまりにも少なかった。

 錆びて穴が開いたパイプ、欠けた歯車、腐食して虫食いのようになった装甲板。見るからに使えないものを除外すると、残ったのはどう考えてもギア・ナイト一着分を製作することが不可能な量しかなかった。

 さらに見た目がきれいでも、規格が違ったりするものが混ざっているはずなので、使えるものはさらに少なくなるはずだ。

「流石にまずいな……」

「ギア・ナイトのフレームも、ずっと放置したままだったから、かなりガタがきてる。使える部分がどの程度あるか……」

「フフフ……言っておきますけど、金庫にはもうお金はありませんから……学園からの予算が支給されるのは、夏が過ぎてですのでどうしようもありませんよぉ……ヒヒヒ」

 研究班に支給される資金は、一年分を夏の長期休暇後に渡されるようになっていた。これはその資金を、夏の長期休暇で第八研究班のような学生たちが使ってしまわないようにするためだった。

 そして今、彼らは窮地に立たされている。まさに自業自得だった。

 研究班のメンバー達は重苦しい沈黙に沈みこむ。それから数分後、静寂を破ったのはゼンだった。

「あっ!」

「どうした?」

「そうだ、僕はギア・ナイト持ってるんだった!」

「はあ? なんで普通の学生がギア・ナイトなんて持ってんだよ。騎士科でもないのに」

「いや。個人でギア・ナイト持ってるのは騎士だけでしょ」

「本当に持ってるんです。ほらドノヴァー、あの時の」

「あ。そうだ、あれがあったね!」

 盛り上がっているゼンとドノヴァーを見て、周囲の人間が首をかしげる。そのとき、グラグルが思い出したように声をあげた。

「あ、なるほど。あのことか」

「おい。何のことだかわからねえぞ。説明しろ」

 ゼンとドノヴァーは、二人が出会ったときのことを話す。

 ドノヴァー達が盗賊に襲われていたとき、ゼンは盗賊のギア・ナイトを行動不能にした。盗賊を討伐した者は、彼らの持っていた物や貨幣を自分のものにできる。なのでゼンは盗賊のギア・ナイトを手に入れていた。

 本当は傭兵やドノヴァーにあげようとしたのだが「あなたが倒したのだから、それはあなたのものだ」と言われ、遠慮しながらもギア・ナイトはゼンの物となったのだった。

 そのことをメンバーに話し終えると、全員が驚いたり疑いの眼差しでゼンを見る。

「お前がギア・ナイトを倒したって? さすがに信じられんなあ」

「俺も同感。こんな女の子に負けそうなやつが、生身でギア・ナイトに勝てるなんて思えないね」

「本当なんですってば。明日持ってきますから」

 ゼンは必死に説明するが、みんな本当かどうか疑っている顔だ。

「そのベア・クローってものを見せてもらえれば、信じてみてもいいんだけど」

「えっと、ベア・クローは今は無いですけど、これならあります!」

 ゼンは制服の左袖をまくり上げた。そこには鈍く光る金属の塊が装着されていた。

「なんだこれ?」

 それは糸車のようなエーテル・ギアだった。複雑に張り巡らされたパイプと無数の歯車の中に、糸では無く鋼製のワイヤーが巻かれた円筒が鎮座していた。

「これは、鋼製ワイヤー射出兼回収可能歯車機構です」

「はあ?」

「見ててください」

 ゼンは左腕を天井に向ける。すると白い水蒸気とともに左腕から勢い良くワイヤーが射出され、その先にあるフックが天井にある鉄製の梁にしっかりと巻きついた。ゼンは引っ張ってちゃんとフックがかかっていることを確かめると、メンバーたちを見回す。

「いきます」

 その瞬間、ゼンがすごいスピードで天井に向かって浮かび上がった。正確には、左腕のエーテル・ギアがワイヤーを巻き取り、その力でゼンを天井へ引っ張り上げた。

「どうです」

 一瞬で天井まで上がったゼンは笑顔で足元を見下ろす。それを地上のメンバーたちはぽかんとした顔で見上げていた。

 ゼンはスルスルと、まるで蜘蛛のようにワイヤーを使って天井から下りてきた。

「これで信じてくれますか」

「いやはや……これはまいった」

「こいつ、本当に一年か?」

「キキキ……面白いですねぇ。お金の臭いがしますよ……ククク」

 何人かの学生は天井とゼンを交互に見て、さっき見たのは幻ではないかと確認していた。

「ギア・ナイトを持ってることは信じるとして、それは使えるのか?」

「ちゃんと動いてるのは見たけど、かなり古くていろいろ使えない部分もあると思うなあ」

「そうか。どちらにしても新しい部品を集める必要があるな。さて、とりあえずその事は置いといて、どんなコンセプトでギア・ナイトを作るか決めるぞ」

「コンセプトですか?」

 ゼンが疑問の表情を浮かべると、ポーテッドが答える。

「コンセプトってーのは、どういう方針でギア・ナイトを作るかってことだ。例えば装甲を厚くして防御力の高いものにするのか、またはエーテル出力を上げてパワー重視のものにするのかっていうことを決めるのさ」

「……でも、正直材料が足りなさすぎるよね。一着作れるのかどうかっていう量だし……」

 研究班の面々は腕を組み、難しい顔でうんうん唸るが、いい考えなど出てこない。

「……お前達はどんなものでもいいから、ギア・ナイトを作ればいい」

 ロイラのその声は、やけに全員の耳にはっきりと聞こえた。疑問の表情を浮かべて彼女を見ると、ロイラは横を向いてぶっきらぼうに言った。

「……少々機能が劣っていてもかまわない。あんな男、簡単に伸してやるさ」

 その言葉に顔色を変えたのは、ギア・ナイト製作にプライドを持つ研究班のメンバーたちだ。

「なんだと?」

「おい、俺達を舐めてんのか?」

「……どんなものでもいいと言われると、さすがに傷つきますね」

「自分の力に自信を持つのはいいことだぜ。だがな、少々実力のあるだけの一年坊主が勝てるほど、ギア・ナイト同士の戦いは簡単なもんじゃ無えんだよ!」

 ギア・ナイトの戦闘は装着者の実力で決まる。しかしそれはギア・ナイト同士の性能が同じだった場合だ。運動性能が違いすぎたら攻撃を当てることはできないし、パワーが弱ければ相手の剣を受けることもできずに斬られてしまう。

 ギア・ナイトを製作する者たちは、少しでも速く強いものを開発しようと苦心し、装着者の特徴に合わせて設計と調整を行って彼らが実力を発揮できるようにする。なにしろほんの少しの異常が命を奪ってしまうかもしれないのだ。だからこそギア・ナイトを作る彼らは自分の仕事に、自信と誇りを持っていた。

「あ、あの! 相手のギア・ナイトってどんな機能を持ってるんですか?」

 一触即発の雰囲気の中、必死の思いでゼンはなんとか流れを変えようと発言する。しかし表情は引きつっていた。

「……あいつら第二十九班のギア・ナイトは、言ってみれば時代錯誤の貴族装備だ」

「貴族装備ですか?」

「ああ。まず装甲が厚い。通常の二倍程度ある装甲板で全身を覆っている。見た目は重装騎士が着ていたプレートアーマーそっくりだ。そして見た目が派手だ」

「どんなふうに派手なんですか」

「まず全身磨きぬいたように光る銀色だ。わざわざ装甲の上に銀を貼っている。そしていたる所に金色の、貴族趣味まる出しの装飾を施している。さらに頭には羽飾り。はっ、成金は女の子にモテないってのにねえ」

「それの絵とか無いですか」

「昔のだけど、似たようなのがたしかあるよ……あった、これだ。あそこの班はずっとランドの家、スプル家がリーダーの班だから作るギア・ナイトの傾向は変わらない。あの人たちには研究意欲なんて無いからね。数世代前から進歩していないのさ」

 ジャックは皮肉げに唇を歪めて、ゼンにギア・ナイトの絵をわたす。

「だからって、訓練用のやつじゃ勝てやしねえ。まずパワーが違いすぎる。受け止めただけで腕が破壊されちまう。速度も相手は装甲が厚いぶん動きは制限されるが、動きの滑らかさや繊細さが段違いだ」

「部品も無いですしねえ……どうしますか……」

 また重苦しい沈黙に包まれる。今回は先ほどのよりもさらに深い沈黙だった。

「……もしかしたら、何とかなるかもしれません」

「は?」

 全員がその発言をした人物、ずっとギア・ナイトの絵を見ていたゼンへ視線を向ける。

「今なんて言ったんだ?」

「なんとかなるかもしれないって言いました。まだどうなるか分からないですけど、ちょっと思いついた事があるんです」

 ゼンは一人絵を見ながら頷くと、突然外へ向かって走り出した。

「お、おい! どこに行くんだ?」

「すいません、明日までに図面を何とか書いてみます。あとギア・ナイトも持ってきますから! それじゃあ!」

 あっけに取られる周囲を尻目に、ゼンはあっという間に走り去った。後に残されたのは、何をするかも決まっていない人間達だけ。彼らは気まずげに顔を見合すと、誰かが言った。

「……とりあえず、帰るか……」


時刻は朝。出勤や通学のピークにはまだ早く、路面エーテル機構車の停車駅には人がまばらだった。

 朝靄の中から人影が見えたとき、駅にいた人間はそれを見て言葉を無くした。

 それはギア・ナイトを運んでいる少年、ゼンだった。彼はフレーヌを伸ばして作った荷台に、ギア・ナイトをくくりつけて運んでいる。ギア・ナイトは体育座りの状態で何重にもロープとワイヤーで巻かれていた。

 エーテル機構車を待っていた人たちは、目を丸くして言葉も無く立ち尽くしている。ギア・ナイトは全て金属で作られているというのに、この小柄な少年がその重さをものともせず、軽々と自分の手で運んでいるのだから無理も無い。正確には、キャリーバッグに搭載されているエーテル・ギアの力で運んでいるのだが、常識離れした光景に目を奪われている人たちは気づくはずもなかった。

 そしてさらに彼らの度肝を抜く光景が展開された。エーテル機構車の影が見えると、ゼンがキャリーバッグのダイヤルを回した。すると白い蒸気とともにキャリーバッグから金属の足が生えたのだ。それは昆虫の肢によく似ていた。

「よいしょっと」

 ゼンは少し高い位置にあるエーテル機構車の入り口に足をかけて乗る。そしてキャーリーバッグを引き寄せると、金属でできた肢を使い、ゆっくりと段差を乗り越えてエーテル機構車へと乗車したのだ。周りの人々はポカンと口を開けて見ているしかなかった。

 そしてエーテル機構車は、駅に立ち尽くしている乗客たちを置いて走り去ってしまった。残された乗客たちは、さっきのは夢か幻ではなかったのかと、自分の頬をつねるのだった。

 エキュペント学園前の駅で降りたゼンは、自分のクラスではなく、第八研究班の建物へ向かう。さすがにギア・ナイトを乗せたまま教室へ行くことはできないので、先に研究室へ置いておこうと考えたのだ。

 建物の前まで来たところでゼンは唸る。ギア・ナイトを人間用の入り口から入れるのは無理そうだからだ。そうなると正面にある大きな鉄製の扉を開けるしかないのだが、開くかどうかわからない。そもそもゼンは研究室の鍵持っていなかった。

 どうしようかと悩んでいたら、人間用のドアから人が出てきた。それはマルタウだった。

「ん? ゼンか。どうしたこんな朝早くに?」

「マルタウさんこそ、どうしてここに?」

 そう言うとマルタウはきまり悪そうに頭をかいて言った。

「まあ、なんだ、やるって言ったのに部品が無くてできませんじゃあ格好つかねえからなあ。なんとかなんねえかな、と……」

「もしかして昨日からずっとですか」

「ずっとって訳じゃねえよ。夜中に目が覚めてな。そうしたらギア・ナイトのことが気になって眠れねえし、だったら研究所でどうすればいいか考えたほうがいい気がしてだな……ま、そんなとこだ」

「ありがとうございます!」

「別にお前のためじゃねえよ。って、それ本当にギア・ナイトじゃねえか!」

 キャリーバッグにくくりつけられたギア・ナイトを見て、マルタウは大声で叫ぶ。

「でも、これやっぱり古くて、全部使えるかどうか」

「無いよりましだ。お前はこれから授業だろ。放課後までにバラして使える部品を分けておく。早く中に入れろ」

「はい!」


 放課後になり、ゼンたちが研究室へ行くと、すでに他のメンバーは来ていて忙しく働いていた。

「ゼン、来たか」

「はい。それで、どうでした」

「お前が持ってきたギア・ナイト、装甲はかなり腐食してたが、内部はかなり綺麗だった。規格が違う部分もあるが、なあに、そのへんは俺たちの技術でカバーしてやるさ」

「いやいや。規格違いを使うとなると、改造とか強度計算とかすっげえ大変なんですけど……」

「つべこべ言うな! 時間が無えんだよ!」

「それでも、やっぱり部品が足りないっすよ……」

「気合でなんとかしろ!」

「無茶言ってる!」

 そうやって叫びあいながらも、メンバーたちは上級生らしく、素晴らしいスピードで部品を仕分けていった。そして三十分ほどで作業は終了した。

「……なんとか部品はそろった……か?」

「ククク……かなり増えましたが、それでも難しいですねぇ……フフフ」

 山盛りの歯車は大きさ別に分けられている。ものすごい数だが、一着のギア・ナイトには数万枚近くの歯車が使われる。正直この量で足りるのか疑問だった。

「歯車より、基本フレームのほうが問題です……」

 ジャックは深刻そうな表情で言う。

 基本フレームとは、ギア・ナイトの骨格と言えるものだ。基本フレームは装着者の体を覆うように張り巡らされる。材料は主にギア・メタルの角棒や円柱状のもので作られていて、これを複雑に溶接、またはボルトで連結し、人の形を形作る。その中に装着者が入るようになっている。

 さらにそこへ無数の歯車を繋ぎ、エーテルを送るパイプを血管のように全身へ張り巡らせ、その上に装甲を取り付けることでギア・ナイトは完成する。

 基本フレームは装着者の動きを阻害しないために、その体に合わせて一から作る。量産型のギア・ナイトはある程度融通がきくように出来ているが、自分の体に合った大きさが一番なので、騎士たちは自分用に改造したり専用のギア・ナイトを工房に依頼するのだ。

「ゼン君が持ってきてくれたギア・ナイトのフレームですが、もちろんロイラさんの体格にぴったりではありません。なので分解切断して調整するのですが……その材料がありません」

 このフレームはロイラの体格に合わせて作られたものではもちろんなかった。なので長い部分は切断し、短い部分は伸ばさなくてはならない。しかし切断してしまえば切り落とした部分が廃棄され、伸ばすにしても溶接やボルトで連結した場合は強度に問題が出る可能性があった。

「まあなあ。本当ならまず先に設計図を書いて、それに合わせて部品を作るものだし。有りあわせの部品でギア・ナイトを作ろうってのが無茶なんだよなあ」

 ポーテッドがぼやくように、ギア・ナイトはそれ専用の部品で作るものだ。人間の動きを正確に再現する精密さと、高速移動や敵の攻撃に耐える頑強さが必要となるので、その部品は高度な技術と優秀な材質と、それを手に入れるための多くの金が必要になる。

 学園から支給される金額は、ギア・ナイト製作するのに最低限のもので決して多くは無い。なので会議を重ね、設計図を何度も引きなおし、研究と実験を積み重ねてやっと部品の製造を行う。

 ギア・ナイトの部品は特殊なので、それ専門の工房が製作している。しかしそれは国の騎士団などに売られるのがほとんどで、一般に出回ることはほとんど無い。手に入れたとしても、それは量産型の部品なので、研究班が作っているような試作型に使えない物も多い。なので研究班はコネがある工房へ部品を発注したり、自分たちで一から部品を作り出す必要があった。

 しかし、そんな時間は第八研究班には無い。あと、たった一ヶ月なのだ。今ある材料で何とかするしかない。

「大丈夫です。これを見てください」

 ゼンは一枚の紙を広げた。

「これは、ギア・ナイトの設計図?」

「そういえば、何か書いてくるって言ってたっけ」

「マジで一晩で書いてきたのかよ……」

 研究班の誰かから感嘆の声が出る。なにしろギア・ナイトは何万枚の歯車が必要になるし、さらに無数のパイプが必要になるのだ。設計図を作るのに一ヶ月以上かかることも珍しくない。

 そしてゼンの設計図を見ていると、研究班のメンバーからさらなる驚きとも悲鳴ともとれる声があがる。

「これは……!」

「ククク……これはなんとも奇妙、いや革新的? なギア・ナイトですねえ……ヌフフ」

「いや、これは誰も思いつかないというか、思いついても実行しないというか……」

「……こいつはイカレてるのか、馬鹿なのか……」

「それって両方とも貶してませんか?」

 ある者は驚きに目を開き、ある者は感嘆の息を吐き、ある者は呆れて口を開いていた。それほどまでにゼンが書いた図面は、今まで見たことも無いほど『簡単』だった。

「これは、何だ?」

「コンセプトを決めなきゃいけないって言ってましたよね? だから僕はコンセプトを決めて、それでこの設計図を書きました」

「そのコンセプトはいったい何……?」

「このギア・ナイトのコンセプトは、省エネとエコロジー。つまり『部品の削減と製造工程の簡略化』です!」


 その日から第八研究班の、昼夜問わずのフル操業がはじまった。

 まずはゼンの書いてきた設計図をもとに、機構科の人間が改良を加え、素材研究科の人間が適切な材質を選ぶ。しかし、こっちに手を加えればこっちも改造を余儀なくされ、さらに思わぬところで問題が発生し、どんどん設計図が書き換えられていく。

 議論がヒートアップしすぎて殴りあいに発展し、それを仲裁しようとしたことでさらに飛び火したり。設計図が完成したのは、結局日付がとっくに変わった真夜中だった。

 次にやるのは材料と部品の集めることと、その部品の加工だ。

 部品集めに奔走したメンバーたちだったが、思ったように集まらなかった。その原因はたった一つ。

「フフフ……お金ありません……キキキ」

 研究班が使える資金が、あまりにも少なすぎた。第八研究班は学園から支給される研究費を、メンバーたちは自分の遊行費に使っていたからだ。ギア・ナイトに使われる部品はどれも高額だった。残っている資金では、腕の一本すら製作できない。

「どうしましょうか……」

 倉庫や建物の中に放置されていた物を使って、なんとかある程度の部品は確保できたが、どうしても足りない部品がいくつかあった。それらを買うには到底金額が足りない。

「しかたがない。こうなれば俺がギャンブルで一発当てて!」

「やめてください! 全部スっちまいますって!」

 ジャックとメンバーの一人が言い合いを続けるが、誰も良いアイディアが浮かばない。と、そのとき、アイリーンが不気味な笑い声をあげた。

「ククク……ちょっと良いことを思いつきましたよぉ……フヒヒ」

「おい、それは本当に良いことなのか?」

「フハハ……まあ、私にまかせてください……ヒヒヒ」

 その後すぐにアイリーンは多くの金を集めて持って来た。

「お前……どこから集めたんだ?」

「クキキ……それは後でのお楽しみですよぉ。さらに集めてきますからねぇ……クヒヒ」

 資金の問題が片付いた後は、ギア・ナイトの製作に取りかかる。

 まずはギア・ナイトの基本フレームの作成だ。これが無ければ何も始まらない。

「クフフ……じゃあロイラさん。こっちに来て服を脱いでくださあぃ……ヒヒヒ」

「なんで私が裸にならないといけないんだ!」

 ギア・ナイトは装着者の体形に合わせて作られる。そのために正確な全身のサイズの計測が不可欠なのだ。

 ギア・ナイトの関節と、装着者の関節は同じ位置にいなければならない。関節の位置がずれていてはスムーズに動かすことはできないし、下手をすればギア・ナイトに挟まれて怪我や骨折してしまう。

「だから、ちゃんと測るためには裸になる必要があるんだよ。ギア・ナイト接続用のプロテクターもサイズに合わせて作らなきゃいけないし。だから、ね」

 ゼンに手を合わせてお願いされると、しぶしぶながらロイラはアイリーンと一緒に奥の部屋へ入っていった。

 ロイラの体の測定が終わったら、その大きさに合わせた基本フレーム用の部品を加工する。それには放置してあったフレームと、ゼンが盗賊から手に入れたギア・ナイトのフレームを使用した。

 まずはフレームを分解する。基本フレームはほとんどが関節部位ごとに分けられる。関節部分を歯車機構で作るためだ。

 フレームをロイラの体形に合わせて切断する。切断するのにはエーテル式切断機を使用する。これは円形の刃物を高速で回転させるエーテル・ギアだ。大きさはテーブルほどで、高さは腰の位置。動かすと大量の水蒸気がパイプから噴き出し、ギャリギャリという耳障りな轟音と一緒に刃物が高速で回転し始める。

 鉄製の仮面をつけた男が手に持った一メートルほどの棒、基本フレームの一部を刃物に近づける。刃物に触れるとかん高い音とオレンジ色の火花が飛び散った。火花は保護具の仮面にいくつも当たり跳ね返る。切断を終えると切断面を確認して鉄製の物差しで長さを計測し、満足そうに頷いた。

 切断しただけでは完成しない。長短の金属棒を溶接、または接続用の部品をボルトで固定して、長方形の骨組みを作る。これらは腕と脚の、関節から関節までの長さで作られていた。基本フレームのパーツは関節ごとに分けられている。そうしなければ関節が動かないからだ。

 枠組みができた基本フレームを仮組みする。それはたしかに人の形をしていた。ここまでに一週間。

「やっと基本フレームができましたね」

「……しっかし、スカスカだなこりゃ」

 満足そうなゼンと比べて、班長であるマルタウは苦笑している。なにしろ、基本フレームはあまりにも風通しが良い。まるで子供が木の枝で遊びで作った人形のよう。こんな装着者が外から丸見えの基本フレームなど、マルタウにとって、いやギア・ナイトを知っている人間にとってはあまりにも常識外れだった。

「基本フレームは頑丈に作るってーのが常識なんだよなあ……」

「これからまだ補強用のフレームは付けますし、強度計算も大丈夫だったじゃないですか」

「そうなんだけどよぉ……」

「おいゼン! 見てるヒマがあったら手伝え!」

 グラグルは箱いっぱいの歯車を抱えながら叫んでいた。遠くではドノヴァーもギア・ナイト組立て場を走っている。なりゆきで二人は第八研究班に入ることになってしまい、連日深夜まで働き続けていた。目は血走り、黒いクマもできていた。

「おらあっ、寝るな!」

「うひいいいい!」

 別の場所では居眠りをしていたメンバーが、鉄の物差しで叩かれて悲鳴を上げている。

「寝るなら死ぬまで働いて、そして寝ろ!」

「それは永遠に眠っちゃうんじゃないですかねえ!」

 発表会まであと三週間。彼らに寝る暇などありはしなかった。


 あっという間に時は過ぎ去り、発表会の日がやってきた。エキュペント学園は学生たちで溢れ、まるで祭りのような雰囲気で騒がしかった。また学生以外にも国の研究所や工房の人間も学生の発表を見に来ている。優秀な若い人材を見つけることや、新しい発見やインスピレーションを得ることができるかもしれないからだ。

 展示スペースには掲示板に研究班の研究結果が所狭しと並べられ、講堂では研究班による研究発表と質疑応答が行われている。質疑応答では有名な研究者が聴講者に紛れている事もあって、時に間違いを指摘され、またはスリリングな議論が展開していたりする。

 しかし何より注目されるのは、研究班が製作したギア・ナイトだ。何十もの研究班が製作したギア・ナイトが訓練場に並んでいる。そのなかには通常のギア・ナイトから逸脱した姿のものも多い。大きな翼が生えたものや両手にドリルを付けたもの、足に車輪があるものに、なぜか四足歩行のものまである。立ち姿で展示してあるものだけでなく、実際に着用して動かすデモンストレーションをやっている班もあった。

「すごいなあ……ふあぁ」

「ふあーああ……しかし、よく間に合ったよなあ」

 学生たちの喧騒の中、ドノヴァーとグラグルはあくびをしながら歩く。二人の目の下には消えないクマができていて、睡眠不足が一目瞭然だ。

「まさか俺たちまで毎日夜中まで働かされるなんてなあ……」

「うん。でも完成してよかったね……ふぁ」

 第八研究班のギア・ナイトは、なんとか発表会までに完成した。しかし本当に余裕は全く無く、完成したのは前日だった。今も研究班のメンバー達は徹夜で調整や最終点検を行っている。ドノヴァーとグラグルはまだ一年で技術は未熟なのでこの段階では手伝えることが無く、早めに作業から開放されたのだった。しかしそれは日付が変わろうかという時刻で、その程度の睡眠で連日の睡眠不足が解消されるはずがなかった。

「ねむっ……ゼンは大丈夫かよ」

「大丈夫なんじゃないかなあ。あれだけ楽しそうだったし」

 二人はギア・ナイト製作中のゼンの様子を思い出して苦笑する。ゼンはどんなに忙しく連日深夜まで作業していても、まったく疲れる様子がなかった。それどころかギア・ナイトが形になるにつれて、だんだん目から生気が無くなっていく他のメンバー達とは逆にどんどん元気になっていった。

 ゼンはとにかくギア・ナイトを作るのが楽しくてしょうがなかった。故郷の村でギア・ナイトの調整や修理は手伝っていたが、一からギア・ナイトを作成することはできなかったからだ。ベア・クローやキャリーバッグのような小型のエーテル・ギアを作るほどの材料は手に入ったが、ギア・ナイトを造るほどの材料はルーたちから貰えるものだけでは到底足りず、また資金も無いので諦めるしかなかった。

 しかし今は少ないながらも部品が揃っている。設備も工具も人員もある。ずっとギア・ナイトを製造したかったゼンがこの状況で嬉しくないわけがなかったのだ。

 そして一年ながら上級生と同じほどの実力と認められたゼンは、模擬戦に向けての最終チェックを行っていた。

 本来は前日に完成させたギア・ナイトを訓練場の方へ移動させているのだが、ギリギリまで作業をしていたので時間が無かったのだ。

「どうだい、どこか動かしにくい場所や違和感はあるか?」

「いや、大丈夫だ」

 調整役の学生にロイラはそっけなく答える。彼女はギア・ナイト接続用のプロテクターの最終点検をしていた。腕や脚を曲げ伸ばし、ストレッチと一緒にプロテクターが体にフィットしているか確認する。関節部にギア・ナイトを接続するので、そこがスムーズに動くか注意して確認したが特に動きにくいということはない。練習用のものと違ってロイラ専用に採寸したものだからだ。

「おーい。そっちは準備できたか!」

 第八研究班の班長であるマルタウがロイラへ叫ぶ。

「そっちこそどうなんだ」

「ああ、もう終わる。ゼン、どうだ」

 作業用の足場に登って腕関節の点検をしていたゼンは、ギア・ナイトの後ろから顔を出す。鼻や頬が黒いオイルで汚れていた。

「はい、できました!」

「よおし! こいつを動かすぞ。ロイラ、はやく着ろ」

「うるさい。わかっている」

 大股でギア・ナイトへ向かうと、満面の笑みを浮かべたゼンがいた。

「えへへ。これなら絶対勝てるから、ロイラ頑張ってね」

「……顔が汚れているぞ」

 ゼンは袖で顔を拭うと、そこが黒く汚れている事に驚く。しかし顔の汚れは広がっているだけで、全然拭き取れていなかった。

「本当だ。気づかなかった」

「おい。時間が無いから早くしてくれ」

 ロイラはギア・ナイトの後ろへ向かう。そのときメンバーに指摘され慌ててもう一度顔を拭くゼンの姿を見て、我知らず彼女の口元に笑みが浮かんでいた。


「これから模擬戦のデモンストレーションをおこないまーす! 危険ですので、ロープの内側には入らないようにお願いしまーす!」

 メガホンを片手に青年が大声で周囲の人間へ注意をうながしている。

 ギア・ナイトの模擬戦が行われるのは、訓練場の特別ステージだ。そうは言っても、訓練場の地面に線を引いただけなのだが。

 模擬戦のステージは正方形の白線の中。そこから出ると場外負けになる。そこから十メートルほどの距離にロープが張ってあり、観客はそこから中には入れないようになっていた。

「あいつらはまだなのか!」

 すでにギア・ナイトを装着したランドは、イラついた様子を隠そうともせず声を荒げた。苛立ち紛れに地面を踏みつけると、大きな音と土煙があがる。それを吸い込んだ取り巻きの男は咳き込む。

「ゴホッゴホッ……落ち着いてくださいランド様」

「あっ、来たようです」

 ステージへ近づく複数の人影が見えた。北側の整備場や倉庫の方向からやってくるそれを見た学生たちは、ある者は驚きある者は呆れた。あまりにも既存のギア・ナイトからかけ離れた外見だったからだ。

「よう、待たせたな」

 そう言ってニヤリと笑ったのは第八研究班班長のマルタウだ。筋肉質で迫力のある立ち姿は、まるで彼がギア・ナイトを着る騎士のようだ。しかし彼の専門はギア・ナイトの整備である。

「……まさか、それがおまえらのギア・ナイトなのか?」

 ランドが指さすのは、第八研究班が製作したギア・ナイト。周囲の人間も呆然とした表情でそちらを見ている。

「ハハハハハ! そんな貧相なもので俺に勝とうっていうのか!」

 ギア・ナイトはこの世界で最強の兵器。装着者の力を何倍にも増幅し、巨大な武器を苦も無く振り回し、馬よりも早く走る鎧だ。

 しかし、そこに立つギア・ナイトはまるで鎧には見えない。

 背中にあるのは巨大な鉄の塊。その中には巨大なエーテル石が入っている。それがギア・ナイトを動かす原動力だ。そこから何本ものパイプが伸びている。これを使ってエーテルが送られて各部の歯車機構を動かす。

 胸部は大きく前へせり出している。これはほぼ全てのギア・ナイトに共通している部分だ。それは装甲を厚くするためでもあり、全体のバランスをとるためでもあった。背中に巨大なエーテル機構を背負い、またその内部にはギア・ナイトを動かすための原動力を生み出すエーテル石があるため、その装甲は厚くするしかない。そのため重量はかなりのものになる。なので背中側とバランスを取るために胸部の装甲は前へせり出し、分厚い装甲で重くなるのだ。

 ここまでは普通のギア・ナイトと変わらない。しかし手足が異様だった。なにしろ、装着者の手足が外から見えているのだ。

 手足の周囲を囲う、鈍く光る基本フレームにまとわり付いた、蔓草のようなパイプ。そのスカスカの間から装着者のロイラの手足は丸見えだ。鎧とは体を守る物の筈。これでは鎧としての機能は無いも同然である。

 装甲に守られているのは肘や膝といった関節部分と、手首から先に足首から先だけだ。まるで鉄でできた手袋と靴を履いた人形のようだった。

「ハハハ、そんなオモチャもどき、本当に動くのかよ」

 笑うランドに、第八研究班の全員は悪い笑顔を浮かべる。

「それは見てのお楽しみってな」

 すき間だらけのギア・ナイトはなめらかな動きで背を向けると、ステージ中央の開始線に向かって歩き始める。その様子に周囲からどよめきが上がった。誰もがまともに動くと思っていなかったのだ。

「ここまでちゃんと歩いてきたってのにな」

「フフフ……最初は私たちも半信半疑でしたからね……ククク」

「今でもちょっと信じられませんよ……」

 メンバー達は笑ったり呆れたりしながら移動する。全員連日の激務と睡眠不足でやつれた顔をしているが、誰もがやりきった充実感に溢れていた。

「はっ! そんなガラクタで勝てるわけねえだろうが!」

 ロイラは動きを止めると、目だけを動かしてそちらを睨んだ。

「お前こそ、ガラクタとやらに負けた時の言い訳を考えておくんだな」

「なんだと!」

 怒声を無視すると、ロイラはゆっくりと歩くのを再開した。


 周囲の人ごみの中で声を張り上げる男がいた。なにやら箱を持っている。

「さーて、賭け忘れた人はいないかなー? 倍率は八対二だよ! 大穴狙いで第八研究班に賭ける人はいないかなー?」

 次々と男が持つ箱の中へ金が入れられる。前日の時点ですでに賭けている人間もいるのだが、そういうのは賭け事に慣れている人間だけだ。これは入学したばかりの一年や、このお祭り騒ぎに感化された人間を当て込んだ商売だった。

「あれ、アイリーンさんがやってるんですよね?」

 ゼンがアイリーンへ顔を向けると、フヒヒと奇妙な笑い声を上げる。

「クヒヒ……そうですよぉ。すでに大口のカモは賭け終わってますけど、ああいう小口のカモもけっこうな収入になるんですよねぇ……フヒヒ」

「カモって……」

 不気味に笑うアイリーンを見て、ドノヴァーは少し引いていた。その隣に立つグラグルは、不安そうに自分たちが製作したギア・ナイトを見ていた。

「しかし、本当に勝てるのか? 動いたのだって奇跡なのに……」

「大丈夫だよ。僕たちが作った省エネ君一号は絶対に勝つよ!」

「……しかし、ゼンはネーミングセンス無いよなあ……」

 そんな会話をしていると、いつの間にか二体のギア・ナイトが開始線に立っていて、睨み合って火花を散らしていた。

「両者準備!」

 審判の声が訓練場に響く。ロイラとランドは武器を構える。二人とも身長の二倍以上ある巨大な剣を武器に選んでいた。

「ギア・ナイトが動けなくなる、武器を手放すと負けとなる。その他審判が危険と判断した場合、模擬戦を中止して勝敗を審判が決定する。異議はあるか?」

 無言をもって二人は了承の意を示す。

「それでは……はじめっ!」

 審判の合図とともに、ランドが飛び出す。地面を蹴り飛ばし、剣を振りかぶりロイラへ猛然と襲い掛かった。

「ああっ!」

 勢い良く振り下ろされた剣を、ロイラは余裕をもって横へ飛んで回避する。

 ランドは一直線に突進と斬撃をくり返す。ロイラは落ちついて突進と振り下ろしを横へ、振り払いは距離を見極めて後ろへ下がることで、剣で受けることもなく攻撃を回避する。

「くそ!」

 ランドは攻撃が当たらない事に苛立ち、さらに勢い良くロイラへ向かって飛び込む。しかしロイラはそれを優雅に避け、勢い余って足がもつれてバランスを崩した。

「うおおお!」

 慌てて無理やり体を回して転倒することを防いだ。しかし足は大きく開いたガニ股で、両手もバランスをとるため大きく横に開いていて滑稽な格好だった。

「ふふっ。なんだそれは。カカシでももう少し見栄えがいいぞ」

「貴様ぁ!」

 力任せに振るわれた剣をロイラは軽く避ける。次々と剣が振られるが、まるで大人と子供の稽古のようで、ロイラにはかすりもしなかった。

「いやあ。まさかここまでとは」

「……すげえ。本当に勝つんじゃねえか」

 戦いを見守る第八研究班のメンバーは、どこか夢を見ているような瞳でそんなことをつぶやく。

「見た目は完全に負けてるのになあ」

 ランドのギア・ナイトは、見るからに豪華だ。全身は銀色に光り、金色の豪奢な装飾がいたるところに施されている。装甲は見るからに分厚く、生半可な攻撃では傷つけることもできそうになかった。

「そうだな。だが、そのおかげで俺たちが優位に立てているんだがな。そうだろ、ゼン」

「はい」

 ランドの見た目は、西洋のフルプレートアーマーに似ている。さらに関節部分を覆うように装甲が増加されていた。そのためギア・ナイトの弱点である関節にダメージを与えることが難しい。しかし装甲が関節の動きを邪魔するため、その動きはスムーズとは言えなかった。

 それに比べてロイラの装着するギア・ナイトは、良い意味で言うなら身軽、悪い意味で言うなら簡素だった。装甲があるのは胴体と手足の先のみ。両手足はフレームの間から丸見えだ。

「……っ!」

 横振りの斬撃を、ロイラは軽やかなステップで回避。両足を大きく前後へ開き、深く膝を曲げて次の動きのための力を溜める。その関節の可動域の広さに、何人かの学生が息をのんだ。

 股関節や膝関節は装甲に包まれている。しかしそれは複雑な歯車機構を内部に納めているためで、しかもその厚さは軽量化、もとい材料不足のためかなり薄かった。ゼンたちの技術の結晶である関節部分は、ロイラの動きを完全に反映し、最適なエーテル出力を出してタイムロスの無い行動を可能にしていた。

「しかし、まさか関節部分だけに歯車機構を集中させるなんて、よく考え付いたもんだよなあ」

 ポーテッドは呆れたように言うと、ギア・ナイトの動きを夢中で追っているゼンを見る。最初にその構想を言われたとき、かれは夢物語だと思った。しかし実際に今、目の前でその構想のもと製作されたギア・ナイトが、軽やかに舞っている。

 ギア・ナイトは全身の動きに連動してエーテル圧力を制御し、各関節に適切な動きを行わせる。そのために何万枚という歯車で全身を覆いつくし、その動きを伝達させるのだ。しかし第八研究班にはその歯車の数が、あまりにも少なすぎた。通常のギア・ナイトでは半分以下しか製作できないだろう。

 そこでゼンは全身を歯車で連動させることを諦めた。関節部分のみを歯車で動かし、全身を連動させるにはクランクシャフトを使用したのだ。手足は基本フレームがむき出しですき間だらけに見えるが、その中を何百何千という細いシャフトが張り巡らされているのだった。

「ふっ」

 ロイラは上半身を前に深く倒し、さらに足を前後に開くことで大振りの斬撃の下をくぐり抜ける。その様子に観客から歓声が上がった。

 ギア・ナイトは関節の動きがかなり制限される。人間の複雑な関節の動きを再現できる技術が確立されていなかったからだ。上半身を直角に近いほど曲げることなど不可能なはずだったが、それをゼンたちはやってのけてしまった。歴史的な技術革新と言えるかもしれない。

 ロイラは低い姿勢を保ったまま、高速でランドの横を走りぬける。これも柔らかく頑丈な関節機構がなければ不可能な動きだ。

「なあっ!」

 背後を取られそうになったランドは慌てて向きを変える。背中には動力源であるエーテル石があり、これを破壊されると動くことはできなくなり、負けが確定してしまう。

「ふううううう」

 だが、ランドのギア・ナイトの股関節は固い。前後の動きは比較的スムーズなのだが、左右の可動範囲が小さく、その場で向きを変えようとすると細かく足を動かさなければならない。その様子はがに股でチョコチョコ動くといったものでユーモラスだった。観客の何人かの笑いが起こる。

「くそ!」

 羞恥にランドは頬を染める。彼のギア・ナイトは重装甲が売りだ。しかし脚の内側まで厚い装甲で覆ってしまったため、基本姿勢ががに股になってしまっていた。

「うははは! 見ろよあの動き」

「まるで亀だな」

「やーい、うすのろー!」

 第八研究班のメンバーからも笑いが起こる。

 ロイラの素早い動きにドノヴァーは感心したため息を吐く。

「ギア・ナイトを軽量化すると、あんなに速く動けるんですね」

「いや。軽量化しなくても、あの程度は動けるぞ」

「えっ!」

 マルタウの言葉に、ドノヴァーだけでなくグラグルも驚いた顔で振り向く。その様子に他のメンバーたちは小さく笑った。

「あいつが速く見えるのは、相手が遅いってことと、動きを先読みしてるからだろうな。さすが元傭兵だけはあるな」

「そうなんですか?」

「まあ、それだけじゃないがな」

 マルタウは口元を笑みに歪めながら首を横へ向ける。そこにいたのはジャックたち、ギア・ナイトの行動制御調整を行ったメンバーだ。彼らはニヤリと笑顔を浮かべた。

「何をしたんですか?」

「俺たちがやったのはギア・ナイトの動きとエーテル圧力の制御と、装着者の動きとの連動の調整とかだよ」

「すいません。わかりません」

「ギア・ナイトは装着者の動きと連動しているのは理解できるよね。でも、どの程度動かしたらギア・ナイトはこう動く、っていうのは自分たちで調整しなきゃいけない。例えば歩きたいのに、その動きでギア・ナイトが走ってしまったら大変だろう?」

 ギア・ナイトを人間と同じように動かすことは、今のところ技術的に不可能だ。動きに連動するといっても、機械を介して操作するのでどうしてもロスが出る。それを極限まで少なく調整しなければならない。

 さらに人はそれぞれクセがある。走るときに足首に力が入る人もいれば、膝に力が入る人間もいる。その力配分をどの程度までギア・ナイトに反映するか調整しなければならない。できるだけ装着者と同じにしなければ走ろうとしたとしてもギア・ナイトはジャンプしようとするかもしれないし、剣を振ってもその勢いでバランスを崩してしまうかもしれないのだ。

「だから、とにかく細かく細かく調整して、ギア・ナイトが動きやすいようにしてやるんだ」

「ギア・ナイトが、ですか?」

「そう。装着者が動かしてるんじゃないんだ。ギア・ナイトが動いてあげてるんだよ」

「そうだ。だから今頃あいつは、どうして思い通りにいかないんだって思ってるだろうよ」

 マルタウの視線の先には、ロイラに翻弄されるランドのギア・ナイトの姿があった。

「ちくしょう! 何でだ!」

 振り下ろした剣は避けられ、地面に叩きつけられる。右手側に立つロイラへ向けて横に振ろうとするが、なかなか腕が動かない。やっと動いたと思ったら、すでにそこにはギア・ナイトの影も形も無い。

「あああああああ!」

 ドタドタと、まるで子供が癇癪を起こしたように足踏みをして体を回す。こうするのが一番速い旋回方法なのだ。片足で強く蹴り、軸足で回ればいいのだが、ランドはそんなことは思いつかなかった。何しろ今までひたすら突撃するだけが彼の戦法だったのだから。

「卑怯者が! 背後ばかり狙いやがって!」

「卑怯? はっ、猪騎士が。剣術の一つも知らんのが悪い」

 ロイラの挑発に激昂し、ランドは背後に向けて思いっきり剣を横に振る。当たればかなりの威力だっただろうが空振りに終わり、さらにバランスを崩して激しく転倒した。

「あああああ?」

「武器を手放さなかったか。残念だ。そうすれば自爆した馬鹿として笑えたのだがな」

「ぬううう」

 ランドは剣を支えにして立ち上がる。

 剣を両手で握り、切っ先をロイラへ向ける。ロイラも同じく切っ先を向けた。この戦いが始まって彼女が両手で剣を構えたのは、これが初めてだった。

「これは……」

「勝負を決める気だな」

 正面に剣を構えた二人。先に動いたのはロイラだった。真っ直ぐに駆ける。

「おおっ!」

 ランドはさすがに頭を使ったようで、これまで当たらなかった大振りの攻撃ではなく、突きを繰り出した。体の中心に向けて伸ばした切っ先はに手ごたえは無かった。それどころか、ギア・ナイトの姿を見失ったのだ。

「消えた?」

 ランドは自分の目を疑う。一瞬の茫然自失のあと、耳に観客の歓声が聞こえた。そして、頭上に悪寒を感じた。

「まさか!」

 頭上を確認しようとする。しかし兜は胴体に固定され、のぞき穴も細いスリットだけなので見ることは不可能だ。

 観客たちは自分の目を疑った。何しろ、ギア・ナイトが空を飛んだのだ。正確には、飛び跳ねた。

 ギア・ナイトは金属の塊だ。その重量は何十人の男でやっと持ち上がるほど。そんなものが宙を舞うはずがない。しかしその常識は、目の前で覆った。

 やけにゆっくりな時間と浮遊感の中、ロイラは眼下のギア・ナイトを睨む。そして落下しながら大上段に構えた剣を、勢い良く振り下ろす。

「はあっ!」

 斬撃は正確に背中の巨大なエーテル供給装置を捕らえ、深々と垂直に切り裂いた。その瞬間、青白い光と白い水蒸気が爆発的に噴き出した。二つのギア・ナイトは一瞬でその中に隠されてしまった。

「うわあ!」

 吹き出たエーテルと水蒸気によって起こされた暴風に、観客たちは目を閉じて顔を腕でかばう。風がおさまり目を開くと、うっすらと漂う白い蒸気の中に背中を切り裂かれ倒れたギア・ナイトと、しっかりと立つギア・ナイトの姿があった。

 立っているギア・ナイトはゆっくりと剣を頭上へ掲げた。

「勝者、第八研究班!」

 審判の声とともに、爆発的な歓声がおこった。

「うわあ。本当に勝っちまったぜ」

「これで借金が返せる!」

「クフフ……これで私は大儲けですねぇ……ヌフフ」

「へっ。当たり前だ」

 第八研究班のメンバーは誰もが歓声をあげ、抱き合っている人間もいた。

「おいおい。マジか」

「す、すごい!」

 ドノヴァーとグラグルも目を丸くしてあっけに取られていた。まさか勝てるとは思っていなかったのだ。

 ロイラがゆっくりとゼンたちのもとへ歩いてくる。

「ロイラ、お疲れさま!」

「……ああ。まあ、この程度は楽勝だ」

 その言葉にゼンはにっこりと笑顔を浮かべた。

「そうだよね。だってロイラだもんね」

「なんだ、それは」

「ロイラはすごいってことだよ」

 あまりにも直接的な褒め言葉に、慣れていないロイラは戸惑って身じろぐ。

「……いや、それは……」

「いっよおおおおおおし! 祝勝会だー!」

「「「「ウオオオオオオオオオオ!」」」」

 第八研究班のメンバーの雄叫びが響く。

「おら、何してんだ! さっさと行くぞ!」

「フフフ……かなり稼げましたからねぇ。パーっといきましょうか……ククク」

「さようなら借金! ありがとう世界!」

「おいジャック。なにトチ狂ってんだよ」

 お祭り状態の様子に、ゼンとロイラの二人は呆然とするだけだった。

「どうした二人とも。今日はお前らがメインなんだからな!」

「そうだぞ!」

 ゼンはメンバーたちに腕を取られて、無理矢理に運ばれていく。

「え? え?」

「おい、ロイラ。行くぞ」

 ギア・ナイトを装着したまま立ち尽くしていたロイラは、はっとそちらを見る。

 少し離れた位置で、第八研究班のメンバー全員が彼女を見ていた。

 なぜかその光景に胸を突かれたように、目を瞬かせた。

「……ああ」


 その後、第八研究班で行われた祝勝会という名の酒盛りは、顧問のコリオルと関係ないケリーまで巻き込み、夜遅くまで続いた。

 飲み比べで何人もの人間が撃沈し、賭け麻雀でドノヴァーが一人勝ちしてジャックが撃沈し、眠るコリオルに酔ったケリーが説教し続けるという混沌状態。

 残ったのは結局酒に強いゼンと、こういったノリに慣れていないロイラだけだった。

「みんな寝ちゃったね」

「そうだな」

 研究班の建物の中はまさに死屍累々。なぜか裸の男が数人いた。

「実戦はこれが初めてだったけど、どこか不具合がなかった?」

「あ? ああ、ギア・ナイトのことか……特に問題は無かったな。思い通りに動いてくれた、と思う」

「そう。よかった」

 ゼンは床に転がる酒瓶を回収する。さらに床で寝ている人たちに毛布をかけていく。

「春だけど、まだちょっと寒いしね。風邪ひかないといいけど」

「……そいつ、白目剥いているが大丈夫なのか?」

「んー?」

 ゼンは倒れた男の顔を覗き込み、懐から出した小瓶の中身を飲ませる。すると、その体が陸に釣り上げられた魚のように、ビクンビクンと跳ねた。

「おいっ!」

「大丈夫。これに反応するなら平気だよ。動かないと危険だけど」

「そう、なのか? いったい何を飲ませたんだ?」

「ウォッカだよ。前にロイラにも飲ませたよね」

 ロイラは以前にのどへ感じた熱さを思い出して顔を歪める。

「あれか……」

 ゼンは集めた瓶を抱えて奥の部屋へ向かう。

「片付けて帰るから。ロイラは帰っていいよ」

「ああ……ゼン……その、ありがとう、だ……」

 その小さい声は、ゼンの耳に届いたのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エーテル・ギア 山本アヒコ @lostoman916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ